第32話 女魔法使い

「その剣をよく見て戦えっ! 敵の攻撃パターンをみろ、刺突と打撃は無いぞ。相手のリズムにはまりこむな」

 ミルコは黒騎士を指揮し、浪人部隊を分散させた。


 右手にアナグマ、左手にモリスンが足止めされる。アンサラーの攻撃は、機械的なものだ。同じ向きに剣を捌き、同じ角度で切り返してくる。中途半端に腕に自信のある剣士ほど、同じ訓練を繰り返しこの罠にはまる。それをミルコが伝えると、黒騎士は剣をかち合わせ、足や膝を使った打撃に切り替えた。


 なおも混戦状態が続いていた。


「起きろ! 起きて戦え」

 モリスンは愚者の資質スキルを使い、感電した白騎士を起こしていった。頭数を増やさない限り、この状況は変わらない。

 

 ミルコはモリスンに目を付けた。

「アイツか……術師殺し。魔法を打ち消し、わざわざ這っている白騎士を起こしやがって。アネス、お前は魔術師を殺せ」

「……え、ええ。ミルコ様」



 魔女の胃は押し潰されそうだった。息が乱れ、汗が噴き出していた。アネスは既に味方である三人の漆黒騎士シャドウナイトを殺していた。


 冷静さをとり戻し、状況を確認する。たいして状況は変わっていないはずだ……自分の意識が錯乱した事以外は。

 だが事態は急変していた。まわりを取り囲むように数十人以上いた黒騎士が、どこにも見当たらない。


「この私が、してやられたと? 貴様があのバカの運び屋だというのか?」

「何とでも呼んでくれ」宙に浮いたまま彼は眉を潜めクビを振った。

「随分と、成長したようだが……」


「ああ。お前の皮肉にも耐えられるようになった。もう味方の黒騎士はいないぞ」リウトは体をクルリと回して着地した。「思ったより手ごたえの無い連中だったな」


 迷宮で亡霊の騎士相手に苦戦していた男とは思えなかった。たったの数か月で、魔術師としての才能があんなにも開花するものか。あの能無しにどうしてこんな芸当ができるというのか。アネスにはわからない。

 

 空中浮遊術だけ見ても、自分以上。はるかに高度なレベルにある。そして、未知の遮蔽術によってこちらは奴を見失う。これを見破らない限り攻撃を当てることは到底、無理だ。

 既にリウトとアネスはセオリー通り攻撃魔法を無効化する障壁を唱え終えていた。むやみにマジックアローを放てば何処に跳ね返って味方に当たるか分からない。



「くっそおおおっ!」魔法使いアネスは甲高い声を上げた。

「騎士の補充を。来い、漆黒騎士シャドウナイト!」

「…………」


「シャドウホールは解除させてもらってる」

 ローズはダリルと共に後方を走っていた。リウトの指示どおりの場所にあった宝珠を解封印し続けている。つまり、援軍は来ない。


「ええい、手こずらせおって!」

 アネスの元に、残った黒騎士が鋭い槍を構えて走り寄りリウトの前に立ちはだかる。魔女の顔付きが変わった。

 

 アネスの顔と身体がどろどろに溶けて行く。変装を解き、魔力を集中しているのだ。そこにアネス・ベルツァーノの姿はなく、銀髪の熟女が現われる。


 決して若くはないが、身体は引き締まっている。無駄な贅肉がおちてほどよい筋肉がついている。愛らしさはないが、色気のある女性といったイメージだった。

 同時にミルコの化けの皮も剥げ落ちていた。体格は変わらぬものの、灰色の飛び出した目はつり上がった細く暗い色に、鼻柱は細く長くなっていた。


「やっと本性出しやがったな。年増のおばさんだったんだな」

「女性を褒めるのがうまいと見える」

 とはいえ、顔の形はアネスに似ていた。魔女は自分に似た魔法使いを選び、すりかわっていたのだから。


 そこかしこから羽音のようなものが聞こえた。実際に虫が飛んでいるわけではないが、耳元でうようよと群がる虫の気配には不快を覚える。

 

 ――魔女の撹乱魔法か。いや、センサーのようなものをばら蒔き、俺の隠匿術と遮蔽しゃへい術を防ごうというのか。


 魔女は、指を舐めてワンドのグリップを握りしめる。リウトは武器を持っていない。やるなら、接近戦しかない。先のノックバックで受けた関節の痛みと筋肉のだるさが残っている。


 だが魔女は、魔術師同士のぶつかり合いを挑む。磁場を反転させ重力を利用した打撃魔法を唱え、自身の体ごと相手にぶつける。

 この衝突で、どちらかの身体は弾け散るだろう。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 最終攻撃ラストアタックだ。魔女の体は残像を残したまま、リウトの懐へとジャンプした。

 薄膜の反射障壁が魔法を発動したとたん、彼女自身に攻撃を逆流させた。


「承知の上よ!!」

 ハンマーで打ち付けられたような痛みが走る。だが重圧が致死量に達する寸前に、この打撃を反射する。打撃は二人の間を交互に行き来する。

 目の前で慌ただしく明滅する魔力に、緊張が高まっていく。二重、三重、四重と反射魔法はかけられ、威力が増幅していく。

 

 だっ……駄目だ。こいつの魔力は底なしか。

 助からない。


「アネスは港街ベルローにいる。わたしが死ねば記憶は戻るだろう。無駄な……殺しは……したくな……っくうぅ!!」


 牡鹿が角を突き付け合うかのような、魔力と魔力のぶつかり合いだった。こんな無茶をしたのは、何時のことだ。


        ※


《アメリア。あの男についていくなら、ヴィネイスもステイトも敵に回すことになるぞ。それでもいいのか?》


 ふっ……無茶は毎度だったな。ジラートフはミルコと名乗り、十年も前から白騎士のスパイをやっていた。ロザロの大隊長になり、すべての情報を持ってヴィネイスへと帰る命令だった。


 だが彼は戻ってこなかった。ジラートフは、と共に行く道を選んだ。皇帝の息子は、連隊長ロスタフを呼びつけ問いただした。

 

 父、ロスタフは娘の婚約者にチャンスを与えた。


《アメリア。これは特別な任務だと進言しておく。そのかわり最後までヴィネイスとして生きろ。そしてジラートフが、ヴィネイスの敵となるなら……お前はやつと共に死を選べ》


「分かりました、お父様。私は決してヴィネイスを裏切りません。そのうえで、ジラートフを支えていくことに生涯を捧げます」


《それでこそ儂の娘だ。それを忘れるでないぞ》


 ――ええ、父さんの娘で、よかった。先に逝くあなたの娘をお許しください 


         ※


 彼女は壊れた人形のように、吹き飛ばされた。倒れ込んで尻もちをつくと、短いスカートがまくれ上がり惨めにその場で転げまわった。起き上がることが出来ない。

「ひっ、な、なんだと! な、何故だ」


 アメリアは手の平を見て目を疑った。身体は弾かれただけで潰されていなかった。自分を殺さないという選択肢はないはずだ。

 どのみち、屈服したところで後に高い代償を払わされるのは、こちらのほう。だがアメリアは、この短期間に急成長を遂げた青年に、何故と問わずにはいられなかった。


 背後から噴き出した緑のツタが彼女の細い身体をじりじりと縛り付けていた。つる植物の種を植え付け時空歪曲で一気に成長、更に剛化する。


「こ、こんな魔法は見たことが無い。やっ、やっめっ…」

 レンギルに所蔵されている本はすべて目を通している。竜鱗の腕輪を持っていればいつでも過去に見た記憶を呼び出せる。


 リウトは肩をすくめて言った。

「さあな。お前がアネスを殺さなかった理由と同じだろうな。それに俺はステイトの全魔法を使いこなせる」

「くっそおおっ、偉そうにいいいっ!」


 ツタに縛られ、もぞもぞとしながらアネスは叫んだ。素足をあらわに身動きが取れない魔女は、屈辱感で怒りを爆発させていた。


「……ん…ん……っく」

 惨めで浅ましい姿だった。口と後ろ手をがっちり縛られ、腰のくびれは捻りあげられるように縛られ、締め付けられていく。

 

 吊るされた男を追い求めたサディストの魔女がマゾヒストに目覚めりゃ調度いいとリウトは思った。


「ぐっわあぁ!」

「うわああああっ!」

 至るところで床設置型のトラップが発動していた。起爆、スリープ、虎ばさみやフリーズまで。ローズは、どんなに解除しても無くならないトラップに混乱した。


 瀕死の騎士たちの悲鳴が響いていた。起爆トラップの破裂音と熱風、黒い煙に混ざって焦げる血の匂いが広がっている。


「ミルコ……あの男、自らがトラップを生み出しているんだわ」

 身構えた騎士達が対峙した。 ミルコは騎士の一人をすばやく斬り倒した。


「武器を捨てろ。ステータスが低い者がいくら魔法の剣を持ったところで、この私には歯が立たたんぞ。魔法使い……本気で勝てると思っているのか?」

 

 ローズは固唾を飲んだ。ミルコの剣術を、訓練場で何度か見たことがあった。簡単に勝てる相手ではない。手にしているのは同じく伝説の剣と言われるミスリルのロングソードである。

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