第31話 浪人部隊

「は、速い……」

 御者台の下からダリルが顔を出す。目の前に立っていた騎士は喉に槍を受け、首の後ろに刃先が飛び出していた。

 あちらこちらで槍が伸び、血が飛び散っていた。


「ふうっ……ふうっ」

 呼吸を整えながら剣のグリップを握る。皺のよった指先を見ると、爪には土がはさまり手のひらに汗をかいている。

 ――恐怖は自分をコントロール出来なくなること


 剣の擦れる音、鞘の擦れる音、鎧の当たる音、騎士たちの絶叫と罵声に混じってミルコの声が響く。


「白騎士を皆殺しにしろ!!」

「……まずいぜ、全員殺されちまう」

 ホロ付きの馬車から初めに飛び出したのはモリスンとアナグマだった。さらに後ろの馬車からは十名近い浪人騎士が飛び出し黒騎士に斬りかかった。

 

「みんな死ぬんじゃないぞい!」

 一番最後に、後方を確認した老騎士は叫び、重い腰をあげて走り出した。



「……なんだと? まだ悪あがきするバカがいるのか」

 ミルコは冷静にあたりを見た。這いつくばっている白騎士を除けば、動いている人間は十名程度。こちらには精鋭部隊がその五倍はいる。


 無謀な戦いを挑まれるのは、大歓迎だった。用なしの騎士をまとめて始末するため、ここに集めたのだ。更に少数の雑魚が引っ掛かるなら酒を用意したかいもある。


「おいおい、術殺しのモリスンに臆病者と、運び屋。なんだ? 貴様は穴熊あなぐまのザックか。まるで役立たずのオンパレードじゃないか。貴様らが手を組むとは、どんな魔法にかかったんだ?」


 アナグマは伝説の剣アンサラーを向け真っ直ぐにミルコに走った。斬りかかる黒騎士に見向きもせずに剣を捌いていく。


「ふん! 魔法なものか」

 囲んでいた黒騎士達は同時にバタバタと倒れた。さして戦力にならず、部隊からはじかれた浪人騎士のはずだった。

 まず、理性と欲望を自制できもしない連中がまとまって行動していることに驚く。そして隙のない剣捌きに。


「……腕をあげてきたのか。いや、武器に秘密があるのか」

 止まらずに前進を続けるアナグマに黒ローブの魔法使いは、慌ててマジックアローを放った。着弾したと思われたアナグマの体の前には傷一つ付いていない。


「なんだと!?」

 マジックアローは弾かれてはいない。つまりリフレクトリングや防御魔法のたぐいではない。魔法はかき消されたのだ。


 アナグマは魔法使いの心臓を貫いて笑った。無限増殖された伝説の剣、アンサラー。同じく愚者のスキルを付加されたリリィの指輪を浪人騎士の全員が持っていた。ラルフが考えうる最強の組み合わせである。



「ひゃっはっは! 役立たずで悪かったな」

 ロザロの兵舎で手を組めと言われた時、勿論アナグマは断った。

 あの魔法使いが、どんな説得力のある話をしたとしても、酒場の女が詫びに娼婦を寄越したとしても断るつもりだった。



        ※   


 あの晩、ロザロの兵舎に現れたリウトは高笑いをして目の前に飛び降りてきた。

 するといつのまにか俺の手を握っていた。指を落とされ血も乾かない俺の手を、あの野郎はしっかりと掴んでいた。白かった包帯が赤く滲んでいく。

「……いっ、痛え! は、離しやがれ」


《アナグマよ、本当は穴熊のザックっていうんだろ。あんたかどんな命令違反をしたか調べたよ。ヴィネイスのガキ共を逃がしたらしいな。人を臆病者扱いしているわりには、随分と甘いじゃないか》


「ふんっ……俺さまは臆病者じゃねえ。バカな団長や百人隊長はガキや女が怖いのさ。俺たちは怖くねえっ、怖くねえ奴らをわざわざ殺す必要なんかねえだろう」


《じゃ、また同じ命令をされても背く気か?》

「俺たちは高山育ちよ。高山じゃ、どの民族だとうと子供にだけは刃をむけねぇんだ。それが敵の子だろうが悪魔の子だろうがな」


《まさか、あんたと気が合うとはな》

「いっ……痛っ…く……ねえ」


 指はすっかりと元に戻っていた。組むつもりの無い俺の手はしっかりと、やつと握手を交わしていたのだ。リウトがどんな魔術を使ったかは問題ではない。


 やつの考え方は、シンプルで公正だった。子供に罪があろうはずがない。誰しも罪を持って生まれてくるわけなんかない。


 ずっと軍の規律や命令を愚弄して生きてきた連中にとって、それは救いの言葉だった。

 

 法や教会までもが、自分達をのけ者にしてきたと思っていた。


 だが、ど田舎の村から来た魔法使いは、高山育ちの連中と共に誓いをたてた。


 ――罪のない子供は誰であろうが殺さないと。たったそれだけの誓いが、アナグマとその仲間たちの忠誠心を勝ち得た。



         ※   


「俺が見たのは魔法なんていうインチキじゃない」

 剣を引き抜き、黒騎士を蹴り飛ばしてアナグマ叫んだ。


「……あれは本物の奇跡だ!」


 リウトが立ち上がった。「アナグマ、まだトラップがある!」

 叫び声に反応し、倒れている白騎士の間から一筋の青い光――マジックアローが放たれた。リウトは両手で光を受け止めると、手を開き火花を左右に散らした。


「アネスか!」

 一瞬にして中庭全体に青い煙幕が広がり、視界は遮られたがアネスの居場所だけは丸見えだった。リウトはマントを脱ぎ捨てて真っ直ぐ上空に舞い上がっていた。

 

 かすかな青い煙の筋が一本、空へ立ち上っている。この煙は妙な刺激臭がして、長く留まれば意識を奪われる麻酔煙だった。彼のマントは、煙を吸い込むように回転して青い煙幕を吹き飛ばしていく。


「教科書どおりの魔術で俺に勝てると思うなよ」

 女魔法使いは、煙で身を隠そうという試みだったが見上げた瞬間にリウトと目を合わせてしまった。


「貴様、魔法が使えたのか!?」

 慌てて魔女はマジックアローを撃ち放った――今度は二発。

 リウトは空中で角度を変え、二本の閃光弾が交わる場所に立ち両手で受け止める。


「本物のアネスは元気かよ」

 また、手を開き火花を左右に散らした。


 アネスは笑って言った。

「何とも言えぬな。二年も前に死んでいる」

「……くっ」

 学生時代に新品の術着を着て微笑んでいたアネスが過る。指先の腹の皮が裂けて、真っ赤にただれていた。


「お返しだ!」

 リウトは両手を振り上げると三本のマジックアローを撃ち出した。

 アネスは魔法の矢を一瞥し、その能力を推し量っているようだ。〝風〟の呪文を使い左右へジグザグに後退する。マジックアローは足元に轟音を鳴らしながら着弾していく。一発、二発。砂利がまき散らされるように、巻き上がる。三発目は違った……フェイクだ。


「ただのマジックアローではないな」

 三発目は――まき散らされた砂利に紛れて、粒子状になって降り注いだ。小さなつぶてとなったマジックアローがアネスの頭上から襲い、その体を蜂の巣にした。

 しかし、そこに魔女の姿は無く穴だらけになったのは脱ぎ捨てられた外套だけだった。


「!!」

 突然、魔女のなだらかな肌が目の前に飛び込んでいた。肩の開いた服から伸びた腕は、真上に振り上げられていた。


「ほら、ほら、動きが遅いな」

 彼女は半透明のアローグラスを乱造し、足場になる階段を作り駆け上がった。しなやかな動きが曲線を描くように見えた。一気にリウトの背後まで距離を詰めると手にしていたワンドを振り降ろした。


「くたばれ!」

 リウトは振り向き様に頭部を殴られた。鈍い音と飛び散る鮮血。

 少しでもワンドに当たれば、重力を利用した打撃魔法によって相手は地面に叩きつけられる。

 魔女は、血で黒く濡れたワンドを横に振った。打撃と魔法効果の合間に生じる、ノックバックによりグリップが指の関節に食い込んでいた。細腕で、慣れない者がこの魔法を使えば何本かの指を飛ばしてしまうこともある。


「ちぃ……雑魚が」


 舌を鳴らして地面を見下ろし、微笑んだ。潰れたハエのようになって死んでいるリウトの姿がそこにあった。


「ふふっ、ふはははははっ」

 脳髄をしたたらせながらリウトはうごめいていた。よたよたと、少しずつ立ち上がろうと、もがいている。


「………何がスケルトンになっても倒すだ。クソが」

 魔女はためいきをつき冷酷な眼を落した。魔法を唱え火炎を纏いながら急降下してリウトの身体ごと踏み潰す。


「しぶといガキめ」

 炎が消えると消し炭になった死体が横たわっていた。アネスは袖を口にあて煙の匂いを避けようと息を止めた。足を器用に使い、黒焦げの体を仰向けにする。


「ひっ!!」

 魔女は驚きを隠しきれず、奇声をあげた。死んでいるはずのリウト目がパチリと開いて、こちらを見ている。


「足を退けないとスカートの中がまる見えだぜ」

「こ、これは……幻覚魔法のたぐいか?」

 

魔女は〝風〟の魔法を使った跳躍により左手に十メートル飛び退いた。

その肩に手が掛かる。


「わたしだ。落ち着け! 術にかかっていたのか」

「ミ、ミルコ様」

「お前が叩きつけたのは味方の漆黒騎士シャドウナイトだ」


「はっ……はっ……ははは…は…なんだ…って!?」

 肩に重い石を載せられたような重圧感だった。重ねた失態に魔女の気は動転していた。腹の中で冷たい虫がのたうちまわっているような気がした。

 

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