第30話 城砦

 朝焼けの光に映し出された少女が高台から駆け下りてくる。峠の城砦じょうさいの前にローズは立っていた。伸びた髪は一つに纏めて編んでおり、冷たい風が白い軽鎧ライトアーマーの下に着たスカートをなびかせていた。


 食料や装備といった物資を積んだ馬車がぞろぞろと列をなしている。エールとハチミツ酒が運び込まれたが乾杯に使う葡萄酒だけは、ホロ付きの特別な馬車が運び込んだ。


 白騎士の旗を掲げた従者を左右に二人ずつ引き連れ、隊長のミルコが向かってくる。ミルコは美しい白馬に乗っていた。

 チェーンメイルの上には、白く煌びやかに装飾された腰まである袖なしの軍衣を着ており、遠目に見ても派手で存在感があった。彼は馬上からローズに声をかけた。


「ご苦労だったね、ローズ。この数ヶ月、休みなく数々のトラップを解除してきた功績、感謝している」

「役目をはたしただけよ」

 ローズは馬の頭を撫でて言った。白馬の鬣は三つ網状にしてあり、馬飾りも美しかった。


「城砦の中のトラップは全て解除したけど、いやな予感がするの」

「君が確認してくれたのなら安全だ。さあ、今日くらいはゆっくりするといい」

 風格ある大隊長にそう言われると、説得力があった。

「……そうするわ」

「そうだ、君の父親ノア・ジョードだったね。近々会わせることが出来るかもしれない。中に入ろう」


         ※



 はじめて門をくぐった日、ローズは空の城砦自体が黒騎士のトラップではないかと、神経を張り巡らせた。

 だが簡易トラップ以外は何も見つからなかった。ミルコの言う通り、長い戦いは一時終わりを告げたのだ。美しい朝日を見て感傷的になっていた。隊長の到着によって城砦には歓声が沸き上がった。

 戦の終わり、勝利が確信となったからだ。


 料理人は玉ねぎの入ったウサギのスープを作り、塩漬けの羊肉や牛肉を焼き始めた。腹を空かせた騎士たちは、いつの間にか城砦の広場に集められ座り込んでいる。

 

 森の娼館から紛れ込んだ女中たちが給仕の姿で、騎士たちに食料を配っている。

 最後の荷馬車が城門を通ると二人の騎士が御者台から降りた。


「顔を隠さんで平気なのか」

「俺が見つかると思うか?」

 手前に行き交う白騎士たちの向こうを、ダリルが指さした。顔は兜で隠れている。


「ローズじゃ。やっと見つけたな」

 兜の下に老騎士の無邪気な笑顔が見えた。リウトはじっと目を細めて、護衛達のそばにいるローズの横顔をながめた。

 

 その穏やかで美しい横顔に、視線が吸い込まれていくようだった。あの頃の無垢で、おてんばな、少年のような印象ではなかった。


 はじめて会ったときから、そんなものはなかったかもしれない。

 もう子供ではない。前線で仕事をこなし、騎士たちから信頼を集めている立派な解封師だ。

 

 世界中のどんな人より強くて賢くて美しい一人前の女性に成長したのだ。リウトにはそれが誇らしかった。そんな彼女を守ってやりたかった。


「やつらの元じゃがの」

 護衛たちの先頭には大隊長ミルコの姿があり、さらに前方には迎え入れる魔女アネスの姿があった。

 給仕の姿をしたローラが歩みよりリウトの尻を叩いた。

「兄さん、しっかりして。やっぱり運び込まれた馬車には仕掛けがしてあるわ。怪しい馬車の位置を言うから、全部覚えてちょうだい」

「さすがは俺の妹。そこまで調べるとは」


「わかっていても解除できるのは解封師だけだわ。兄を頼みます、ダリル様」

「あとは、わしが風邪に掛からんようにでも祈ってくれ。臆病風っていう風邪にな」


「ふふっ、その病気は短所じゃないわ」

 女中の姿をした節制の女神は二人を順に抱きしめた。

「ありがとう。みんなや料理人を避難させてくれ、あとは俺たちの仕事だ」


「うん。気を付けてね、兄さん。また一緒にダンスする約束、楽しみにしてるわ」

 二百人もの白騎士の歓声の中、壇上にミルコが迎えられた。横にいるのは女魔法使いアネスだ。 


「白騎士の諸君、今日は記念すべき日だ!」

 ミルコの演説が始まる。

 一昨日、教会に着いたリウトは神父ラルフより事実を伝えられていた。目の前で饒舌をぶった男、ミルコこそが『吊られた男』本人であると。にわかには信じられなかった。


 その風格と自信、カリスマ性。大隊長という大役を担う男が黒騎士のスパイだとは思いたくもなかった。


「長く苦しい戦争は終わった。このベルファーレの峠で、多くの同志が命を失ったのは悲しい事実だ。だが、彼らは歴史に名を遺す異業を成し遂げたのだ」


 今日を迎えるリウトたちには、たった一日の猶予しかなかった。この男の企みを見破り、阻止する手段は神父ラルフが握っていた。


 ラルフはリウトと共に時間跳躍タイムリープを繰り返し魔術の訓練をさせた。およそ二週間にのぼる時間を繰り返し、今日に至ったのだ。

 十六回目の時間跳躍タイムリープを終えたとき、ラルフは膝をついた。目はくぼみ、頬はやつれ果てていた。髪には白髪が混じっていた。彼の気持ちを無駄にはできない。


「年代物の葡萄酒を用意させてもらった。今日だけは、全員そろって乾杯といこうじゃないか」

 ミルコが指示を出すと、葡萄酒の樽がズラリと並べられた。

 魔女アネスは白い外套に深いフードをかぶり、アクセサリーの付いた短いワンドを手にしていた。ゆっくりとワンドを両手に持ち直し、合図を待っている。


「そうだ、これで、お前たちは終わりだ!」

 ミルコは隊長だけが持つことを許されるミスリルのロングソードを抜いて叫んだ。


「まとめてあの世に行くがいい!」

 アネスがワンドを振り上げた瞬間、広場の中央にあった樽が爆発した。

 耳をつんざく爆音が響き、閃光がはしった。


 ローズは耳を塞ぎ、その場に座り込んだ。彼女に向かって来た眩しい光はマントに阻まれていた。真上から舞い降りたマントによって目の前が真っ暗になった。


「久しぶりだな、ローズ」

 マントの中から懐かしい声が聞こえた。


「あなたは、リウト、リウトなのね! 生きているって信じてた」

「ああ、簡単に死んでたまるか。聞いてくれ、あの隊長のミルコって野郎はヴィネイスだ」

 リウトがマントを取ると、目の前にいた白騎士達がバタバタと倒れ始めた。


「何をされたの?」不安げに彼女はリウトを見上げた。

「スタン・トラップだな。気絶しただけさ」

 ローズは後ろからリウトに抱き着いた。


「……会いたかった」

「へへへ、嬉しいけど、ちょっと待っていろよ」

 リウトはポンポンと彼女の頭を撫でると、自分の後ろにそっと座らせた。


「背を低くして……また何かありそうだ」

 白騎士たちは次々と痙攣しながら、地面に突っ伏した。数名の白騎士と白の魔法使いが防御呪文やリフレクトリングによって、その場に立ちつくしていた。

 だが何が起きているのか理解している者は一人として居なかった。


「み、みんなどうしたんだ」

 誰とも知れず騎士から声が起きた。

「なんと言ったんだ。あの世に行けだと。ど、どういう事ですか? ミルコ隊長」

 何も把握できずにうろたえる白騎士がミルコに聞く。


「……まだ十五人も立っているのか」

 ミルコは軍衣を脱いで言った。「残念ながら、私は黒騎士ヴィネイスだ。武器を捨てて投降すれば、君たちだけは逃がす事を約束しよう」


「なんだって……ど、どうして?」

 白騎士の一人が言った。

「どうしてか? 驚くのも無理はない。さあ、私を信じて武器を捨てろ」


 立っている白騎士達は、お互いに顔を合わせてザワついている。中には、隊長の命令だと理解して武器を捨てようとする者もいた。


「武器を離すな!」

 フードを降ろしリウトは叫んだ。


「俺の経験じゃ、武器を捨てた騎士は必ず殺される。剣を構えろ!」


 女魔法使いアネスは言った。

「貴様、やはり生きて帰ったのか!」


 一瞬、目をきつく閉じるとゆっくりとアネスを睨み付けた。

「ああ、スケルトンになってもお前は倒すぞ、アネス」

「はははっ! 面白い」

 その目は楽し気にさえ見えた。

「死にぞこないに何が出来る」


 アネスは再び、ワンドを振りかざし叫んだ。

「行け陰影の漆黒騎士シャドウナイト


 白騎士たちの足元の陰から、鋭く尖った槍が飛び出す。心臓を真っ直ぐに突き抜かれた白騎士が次々に膝を着いた。


 突然の攻撃になす術もなく、バタバタと仲間の白騎士たちが血を吐いて倒れていく。あっさりとヴィネイスは白騎士達を取り囲み一方的な虐殺が始まろうとしていた。


「はーっはっは!」

 ミルコはロングソードを持ったまま、壇上から跳び下りた。リウトは、足元の陰から伸びる槍を脇で持ち上げ、影の騎士を引っ張り出すと肩を入れて放り投げた。


 流れるような動きで影の槍を奪い、同時に敵の意識を眠らせていた。直ぐにミルコの向かった先の白騎士に叫ぶ。


「気を付けろ!」

 そばにいる白騎士は、足元の陰からの攻撃に気を取られている。


「…………」

 一瞬のうちに白騎士のクビが飛んだ。


「きゃあああああぁ!!」

 ローズは、恐怖のあまり声をあげた。


 黒騎士ミルコは、リウトを見てニヤリと笑った。たてがみのような黒髪に灰色がかった目が光ったように見えた。

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