第27話 再会

 二千人いた白騎士は十分の一にまで減っていた。ヴェルファーレ山頂へ攻め入るという日まで百日が費やされたが城砦は数十人ほどの黒騎士ヴィネイスを残し、もぬけの殻だった。


 たった一晩の戦いで軍はあっさりと砦を奪った。

 この日、ローズの所属部隊も城壁をくぐる。防御に重点を置いた城砦は政治機能を持たないため、美しさは無かった。城壁だけはしっかりと作られてはいたが実情、中身は広い空き地が占めていた。

 

 木造で建てられた矢倉が立ち並び、互いに建物が寄りかかることにより幾分か強度が増し、順に建物が大きくなっているだけの代物だった。煉瓦で建てられた屋敷は元々あった見張り台を改造したものだった。慌てて創られた城砦は粗野で、荒れていて――誰の目にも薄気味悪く映った。


 峠の戦いは終わったという情報が流れ、城砦は歓喜に溢れた。

「恐れをなして逃げ出したんだ」拳を突き上げ、白騎士たちは叫んだ。

「やっと、黒騎士を追い出したぞ!」


 城砦を築いたとたんに、消耗し疲弊しきっていた敵軍は逃亡した。敵軍がいないうちに先発隊は、この城砦に入り勝どきをあげた。


「隊長を呼べ、ミルコ隊長はどこだ」

「野営地に使いをだせ」

「酒をもってこい、やっと国に帰れるんだ!」



         ※



 その日のうちに、騎士コリンズは老兵のダリルを呼びつけた。峠道に作られた小さなテントで、腰をおろしたコリンズが酒をちびちびと飲んでいた。


「きたか? 老いぼれ」

「やあ、コリンズさん」


 ダリルは騎士たちの防具を担ぎ、馬を引いて現れた。

「そんな荷物は新兵にでも持たせろ。昇進が決まった」

「ふぇ!? ついにわしが認められる日がきたのか」


 コリンズはグラスを渡すと、少しだけ悲しい顔をして一口飲んだ。

「おめでとう。嬉しそうだな……カンパイ」


「カンパイ! わしは、騎士隊の命令系統は見直さんといかんと思うとったんじゃ。でもわしは、まだまだ動けるから王家とクリケットをやってご機嫌を伺うような将軍なんかには、向いていないと思うんじゃ。テントでふんぞり返っている団長や副団長なんかも、嫌いじゃのぉ。情報連絡用のつばめに餌やって、水晶とおしゃべりばっかりしてるからの。何の話しとるか、聞いたことがあるんじゃが、興味あるか?」


「………な、なんの話しだって?」

「ふぉっふぉっ、女魔法使いの妊娠と生理の話しをしとった。ぷぷっ」


「あのなぁ、ダリル。お前は運搬兵から白騎士に戻るだけだ。なんの権限もあたえられない」

「ひぇ!? わ、わしは運搬兵じゃったのか」


「とにかく、お前のボケッぷりが聞けなくなると思うと俺は……俺は」

「わしも寂しいわい」

「バカ野郎、先に言うんじゃねえよ」


「す、すまんの」

「二週間のいとまがでた。街でゆっくりしてくるといい。次の配属先は七番隊だから、山脈リッジになる。冬支度をしておけ」

「そうか。また一人で馬車に乗るのか」


「あんた身内はいないのか? あってきたらどうだ」

「別れた妻がロザロにおるが、新しい旦那に出くわしたらややこしいわい」


「独り身の爺いか。まあ、興味はないけど」

「どうじゃろう。砦にいるローズに挨拶もしとらんし……もう少し、ここに置いてくれんかの」

「バカ野郎! さっさと出ていけ」


 小さな荷物をひとつだけ持ってダリルはテントを出た。

 そこには尖った顎髭の中年男が立っていた。

「ダリル殿、わたしは修道士のフロウと申します。神父様が呼んでおります」


「あの、小さいおっさんが? ああ……ローズのそばに配属してもらうのに、手をかりたんじゃったな。でもわしは、有能すぎて昇進しちまったわい」

「そう手をまわしたのも、ラルフ神父でございますが」


「……わしにも分かるように説明してもらえんかの」




      ※   ※   ※


 

 レイモン城を後にしたローラとモリスン、リウトの三人はロザロ教会へ馬を走らせた。村人やジョゴに別れを告げ、どうしても確かめなければならないことがあった。三日後、教会の厩舎でローラはサマーと抱きしめ合った。


「ようこそおいでくださいました」

「すっかり修道女シスターね。その姿、とっても似合ってるわ」

「ラルフ神父は、丈の長さにうるさいけどね。短すぎるとか」


「うふふっ。聖書から盗用するつもりはないけど、人はパンのみにて生きるにあらずよね。可愛く見られたいんでしょ?」

 サマーは修道服をまくり上げ、太もものガードルを見せて言った。

「アハハ。求めよ、さすれば与えられんって言ったら逃げて行ったわ」

「あはははは」


 案内されたのは、教会の屋根裏にある個室だった。ステンドグラスに囲まれた幻想的な隠し部屋といったイメージである。リウトの失態により、敵に指輪が渡ってしまった以上、何かが起ころうとしているのは神父も感じていた。

 

「……これを」

 ラルフは教会に保管してあった古く大きな本を開いた。見開きに大きな大樹が描かれており、小さな文字がぎっしりと書き込まれている。


「これがユグドラシルの樹なの? 字は……今の文字じゃないわね」

「古代文字でございます。解読不能な個所が九割もございますれば」


 ローラの横からモリスンが顔を近づける。

「ふうん、実物を見てるリウトに詳しく聞きゃ、いいじゃないか。他に見たっていうピラミッドってのは?」

「いわゆる古代の術式計算機と申しましょうか……ところで、リウト殿本人に立ち会っていただく訳にはいきませんでしょうか?」


 足元にノックする音がした。床の扉を開け、修道士のフロウが顔を出した。

「ダリル様を案内しようと思ったのですが、リウト様と会いまして……」

「どうしました。手前に言いづらいことでも?」


「……酒を飲んでございます。街はずれの酒場にて」

「こ、こんな大事な局面で!?」


「あいつがバカなのは、もう触れないでやれ」モリスンが言う。「よし、俺が連れてこよう」


「待ちなさい。貴殿が言ってもジョッキの数が増えるだけにございましょう。それにリウト殿なら、得意の隠蔽術で身元がバレることもない。このままチコリにでも見張らせましょう」



      ※   ※   ※



 ロザロの街はずれ、この〝孤独な花嫁亭〟でリウトとダリルは再会を果たした。

 老騎士は懐かしい金髪の青年を見つけ、笑って握手を交わした。


「信じないかもしれないが、あんたに会いたかった」

「信じないかもしれんが、わしもだ」

 リウトは白いチュニックを着て、村人のような格好をしていた。ダリルも風呂に入り二か月ぶりに綺麗なシャツを着ている。


 二人は酒を酌み交わし、坑道で別れてからの出来事を話しあった。

 ダリルは坑道で、何日もゴブリンと対峙するうち、お互いに意志の疎通が出来るようになったという。

 リウトはダリルが勝手に、そう思っているのだろうと思った。実際は、ダリルに恐れをなしたゴブリンが言いなりになったのだろうと。


 白髪の老騎士がゴブリンの使う二十以上の言語を理解したとは、簡単に思えなかった。だが、ゴブリンのボス、その家族と可愛いゴブリンボーイと出会った話は興味深かった。

 

 ぜい肉が落ちて引き締まったダリルは、いきいきとしていた。リウトは酒を飲みながらゲラゲラと笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだった。


「お兄さんたちは、商人かなにか?」

 大きく胸の開いたドレスを着た若い女中は聞いた。

「いや、魔法使いさ」

「きゃっ、きゃっ。本当? 凄く格好いいじゃない」


「おいおい……」

 ダリルは肩を落として言った。魅力的な腰つきの女中たちにいいカッコをしたいのは、分かる。痛いほどわかるのだが、酒の力を借りて偉そうなことを言うのは真っ黒な歴史を作る愚かな行為でしかない。


「こいつはカッコ悪いほうの魔法使いじゃから、あっちへ行ってくれ。頼むから」

「やだわ、魔法を見たいもの」

 女中は更に胸元を開いて胸の谷間を見せた。

「見せてくれたっていいでしょ」

「駄目じゃ、駄目じゃて」

 真っ白でシミ一つないすべすべの肌に老騎士は目を奪われた。


「……エロ爺い」

「お前だって、この谷間を見ていたくせに」

 ダリルは娘の胸元を指さして言った。


「爺さんの三倍は見ていが、バレるような見方はしてない」

 きりりとカッコよく言っているつもりらしいが、内容は酷く低レベルだった。

「何を言っておる」ダリルは娘に聞いた。

「よく、女性は男の目線がはっきり分かるというじゃろ? こいつは全然見てないと言っているが、そうだったかの?」


「うん、全然見てなかったわ」娘は微笑みながら自分の胸を持ち上げて谷間を強調した。

「わたし、魅力ないのかと思っちゃったくらいよ」

「あ、あんなにガン見しておったのに、本人は気が付かなかったのか?」


「ええっ? そんなに見ていたら気が付くわよ」

「なんだって……すげぇバカバカしい特技じゃな」

 一体どんな魔法を使ったのか――ダリルは不思議に思ったが、そんな事を考えている場合ではなかった。


 リウトはジョッキを宙に浮かせたまま、酒を飲んで見せた。さらに魔力で造り出したガラスのトレーに料理や小皿を載せて見せる。


「簡単な仕掛けだ。アローグラスを空間固定しただけの」

「ほお……。いつから、そんな複雑な魔法を使えるようになった?」


 しばらくして若い方の娘がささやいた。

「面白いのね。奇跡のようだわ」

「初めて見たわ。貴方達、ただの村人じゃないわね」

 娘たちがブツブツと話し出す。


「つい最近だ。まあ……今朝かな」汗をぬぐいゆっくりと顔をあげてダリルを見た。

「それにしちゃ、なかなか上手いじゃないか」


 たった今――目の前で起きた事が、どういう事か分からなかった。

「話してくれ。わしにも分かるように。わしも今から魔法使いになれるかのぉ?」

 リウトは着ていたチュニックの袖を捲って、左腕を見せた。


「そいつは知っとる、見たことがある。魚鱗の腕輪だろう」

「何時でも、何処でも鮮明に記憶の世界へと飛べるうえに、記憶した画像は永遠に残しておける。不死のドラゴンの鱗を使っている本物だ」

「……竜鱗の腕輪ってわけか。お前は随分と、お宝に縁があるの」


 あれから毎晩、瞑想を怠らなかった。賢者の石で一瞬だけ、あるものを見た。

 見たのは〝巨大ピラミッド〟と〝得体のしれない大樹〟。


「何が何だか分からなかった。今でも、情報が多すぎてワケわかんないけどさ。でも瞑想を繰り返して、ついにピラミッドのあった記憶にたどり着いた」

「寝ていただけのように聞こえなくもないが……頑張ったんじゃな」


「頑張ったんだ。そのまま寝ちまう場合もあったけど」リウトは努力を強調した。「ずっと何が書いてあるのか分からなかったが、今朝やっと解ったよ」

「ついに目が覚めたか?」

 真面目に聞いている表情だった。


「あ、ああ。ピラミッドは数列が全て分かる計算機みたいなものだった」

「……はあ?」大口を開けて聞いた。


「つまり、巨大ピラミッドを覗けば、俺でも魔法が使えるってわけだ」

 やっと、理解したように指を立てて彼に聞いた。「じゃあ何か。カンニングし放題って事か」


「そういうこと」リウトは得意げに言った。

「このインチキ野郎。もう、魔法数列は組み放題になったんじゃな」

 ダリルは魔法使いにジョッキを合わせ、ニヤリと笑った。


「ハハハ、この竜鱗の腕輪さえあればね」リウトは慌ててエールを飲むと喉に詰まらせ、胸を叩いた。ダリルは優し気に背中をさすって言った。

「おめでとう、魔法使いリウト。でもテストに腕輪は付けられないんだろ?」

「何で、さっきからテストとか勉強に結び付けるんだ? まだ俺をバカだと思ってるのか」

 リウトは呆れたように手を広げた。


「アッハハハハ」

 ダリルはジョッキを下ろして言った。

「お前は優秀な魔法使いになると信じていた。わしは間違っていなかった」


「ぜ……全部、お宝のおかげだけどな」

「いや」ダリルは喉をさすって言った。

「……お前の力じゃよ」

 

 リウトは鼻柱が熱くなった。

 老騎士は、優しく微笑んでエールを美味うまそうに飲んだ。

 

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