第26話 深淵

 塔の最上階。暗闇を抜けると吹きさらしのこじんまりとした部屋があった。月の光がさしこんでいる奥には、テーブルがひとつ。


「話をしたいと思っていたよ。リウト・ランド」

「!!」


 椅子に座っているのは、妹のローラだった。口と後ろ手を縛られ、身動きが取れないようだ。

 後ろに立っている男は、背の高く痩せた男。くぼんだ目に輝く鋭い眼光にいすくめられると、それ自体に魔力があるかのように、足が震えた。


「あんたは……何が目的だ?」

「わたしは黒騎士ベイン。死神ベインと呼ばれることもある。君と話をするのが目的だ。私たちは似ていると思わないか?」

「光栄ですなんて言われると思ってるんだったら、鏡をプレゼントするよ」


 リウトはベインの死角を探りながら、じりじりと間をとった。暗闇に目を向けると大きな半月刀が光った。振り下ろされればローラの首に掛かる位置だ。


「特別な資格スキル、隠蔽術と隠匿術。我々に与えられた特権をふるうには、反面でうんざりするような義務が期待される。領主が農夫に負う責任の何十倍もあるだろう」

「むしろ、期待されたいね」


「はっはっは、面白い。運命の女神が君を選んだのも分かるな」

「マリッサを殺したのは貴様か!!」


 直観的に思った。マリッサはリウトにとって運命の女神だった。

「お前のやっていることと何が違う? わたしの部下を何人殺した?」

「……お、俺は殺戮者じゃない」

「いや、お前は誤解している。わたしが殺したのは、殺さなければならなかった者たちだ。それは最小限のものだ。他の村人は、村に戻したのは知っているだろう」

「詭弁だ。全然違う!!」


「そうかな……死神わたしのカードは誤解を受けやすい。そこも君と似ている。このカードは、実際の死を表してはいない。いわば、物事の終わりと新たな始まりを暗示している。人は無意識に変化を拒むものだ。それには、不安や恐怖が伴うがね」

「………」


「では聞こう。君の能力……開花させたときに、見たはずだ」

「なんだって?」


「それは大樹に似ている。一瞬で覚えていないのか? 魔力の根源、ユグドラシルの樹。それが何か気付いていないのかな」

「………触れたら、戻ってこれない」

「そうだ、それだよ。わたしも見た」


 坑道を出た時だった。ローズに頬を叩かれなければ、戻ってこられなかった。あの時リウトが見たものは、光と大樹。


 真下には大きなピラミッドがあった。何かの暗号かメッセージだとは思ったが、幻覚か妄想だとばかり思っていた。

 その後、賢者の石は砕け散り、モリスンたちに出会ったのだ。


「それが、何だって言うんだ」

「魔力の流れを意味している。枝葉のように分かれていただろう。あれを理解し、動かすことが出来たとしたら、どうだ」


「………何を支配しようっていうんだ。貴様の冷酷な知恵は何のためにあるんだ」

「誤解するなと言っただろう」


 死神は根気強く、慎重に言葉を選んでいた。月の光が半月刀の曲線にそって流れるように光った。


「すべて終わらせてから、始めるんだ」


 リウトは自分のあやふやな人生を振り返った。この言葉は彼にとって大きな意味を持っていた。信じることは簡単だ。自分の都合のいいように解釈することも、こうだと思い込むこともできた。


「違う。それじゃダメだ」

 自分はバカじゃないと世間に向けて言いたかったわけじゃない。なら、どうして運命の女神は自分を選んだのだ。


 いや、勿論マリッサは俺を選んだわけじゃない。選んだのはケーシーだ。あんまり親切だから、俺のことが好きなのかと思ったけど、彼女が誰にでも親切なのは分かっていた。


 俺はやっぱり、残念なバカなのかもしれない。だが、妹の目の前で敵の軍門にくだるほど落ちぶれてはいない。そして、誰にどう思われようが、彼女を殺した男を、俺は殺す。


「前向きになるんだ、もう殻に閉じこもる必要はない。わたしと君は本当に似ている。わたしは君だ。そして、君はわたしなんだ」


「冗談じゃないっ! そんな脅しにはのらないぞ」

「脅し? 脅しではなく事実だ」

「ふざけるな。なら、妹を解放しろ。脅しじゃなくて何だってんだ」


「……お前の持っている宝と引き換えだ」

「はん!? やっぱりそっちが目的かよ。信頼ってのは無条件で出すもんだ」


「………もういい。お前には失望したよ」

 ガタガタと音をたてテーブルと椅子が倒れた。ベインはローラを片手で軽々と持ち上げ、吹きさらしの外へと引っ張り出した。


 塔からの足のすくむ高さは、落ちれば即死することを意味していた。でこぼこの足場は頼りなく、右手と左の塔には紋章の入った旗が揺らめいている。


 リウトは二人を追いながら高さに眩暈めまいがして体がこわばるのを感じた。自分の縮こまった筋肉を上手くコントロールしなければ、ならない。この高さで月は目の前で、より近くに感じる。


 風はびゅううと長い音をだして、自分を引きずり込もうとしている。

 ベインは片手でローラを掴んだまま、絶壁に突き出した。ローラの足元にあるのは真っ暗な深淵だけだった。


「やめろっ!!」

「バカめ。人間は永遠には生きられない。誰もが死を迎える」


「その大発見は、ひけらかさないでも知ってる」

「手を離せば、お前の妹はマリッサと対面できる。おもてを見ろ」


 平原には篝火が炊かれていた。何百騎もの黒騎士ヴィネイスが大挙してこの城を囲んでいるように見える。

「……落ち着け。本物だとは、思わないが本気は伝わった。宝は渡すよ」

「フッ。初めからそうしろ、バカが」


「ほらよ」

 リウトは雷光の指輪を投げた。ベインは一瞬、目を疑った。


(こいつは、何を投げた? わたしが求めていたのは竜鱗の腕輪だが、小さい指輪ではないか!? なんてバカなんだ。こいつは、きちんと人の話しも聞けないのか)


 月夜に煌めいた黄色い宝石を見て、気付いた。

(高純度アクセサリー! これは……の求めていた宝珠か)


 黒騎士のリングメイルが邪魔だった。指輪を取るには仕方のないことだ。

 ベインは掴んでいたローラから手を放し、指輪に手を伸ばした。


「!!」

「うんぐっ…!!」


 ローラの身体が宙に浮いた。金髪ブロンドが舞い上がり、背筋が凍るのを感じた。ローラはそのまま重力にまかせ、深淵に沈んでいった。

 

 ベインは月を見上げ、雷光の指輪を掴んでいた。足元に目を移すと、リウトは寸前のところでローラの手を掴んでいた。

「ん!? んん?」

「加速魔法ってやつだ」


 雷光の指輪に付加する特殊スキル――使いこなしたのか。

 リウトは黒いリングメイルに思い切り頭を打ち付けて、ベインを押しやった。

「おおっ……なんだと……っ」

「死んだ村人たちに対面できるな」


「お……おおおおおおおおおおおおっ!!」

 黒騎士は塔から落ちて行った。リウトは妹を引き上げると、しばし目を瞑って呼吸を整えた。その場にへたり込んで、ローラを抱きしめた。


「あ、ありがとう! お兄ちゃん、怖かった、怖かったよぉ」

「すまなかった、ローラ。すぐに助けられなくて」


 目がまわっていた。ローラも塔も平原さえもぐるぐると回っていた。ローラの足首には鉄の鎖が引いてあった。

「お?」


 ――落とす気はなかったのか


 虚ろな眼で、平原に広がる篝火をじっと見て指をさす。

「あ、あれ……あの軍隊って本物なのか」

「いいえ、死神の映し出した黒魔術だと思う。ここで、術式を唱えるのを見ていたから」

「なんで、消えないんだ」


 リウトは這いながら塔の下を覗き込んだ。深淵から風が吹き上げてくる。

「…………」

「ベイン!!」


 

 空中に――浮かんでいる。死神は月夜に宙に浮いていた。

「簡単な仕掛けだ。アローグラスを空間固定しているだけだ。足の裏でね」

「なっ、なんて奴だ」


「お前の兄妹かのじょへの気持ちだけはかってやろう。わたしの負けだ」

「………」

「だが、今度会う時にはお前の首を貰う」


 黒騎士ベインは、死神のように深淵へと姿を消していった。


    ※   ※   ※


 レイモン城の門が開かれると、難民や農夫たちが一斉に走りでた。

「いやあああっ」

「きゃあああああっ」


 白騎士の軍隊は、飛び出してくる難民を見分け、剣を持った男を切り捨てようとした。


「待て!! 待つんだ! 斬るんじゃない」

 モリスンが叫んでいた。

「そいつらは、本物の農夫だ」

「なっ、なんで分かるんだ? 区別がつかないぞ!」


 厩舎から馬のいななきが聞こえた。

「……本物の黒騎士ヴィネイスはあっちだからだ」


 十頭の馬に乗った男たちは平原へ駆けて行った。篝火が炊かれている平原に白騎士は追っ手を出せなかった。


 篝火は夜明け前には消えていた。

 





 

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