第25話 潜入

 黒騎士たちは順番に難民の荷物を調べていたが、何も出てはこなかった。

 しばらくするとローラの横に、痩せ細った難民の男が腰掛けた。こっそりと騎士たちの目を盗むように声をかけた。

「見たところ、貴女あなたは難民には見えない。どこから来たんだい?」

「……あなたもマンサ谷からは来ていないわね」


 痩せた男は彼女を見ながら、鼻先をつまむような仕草をした。

「さあ、何で分かる?」

「靴のサイズが合ってないし、指先がきれいだから農夫にも見えないわ」

「ああ、実はグラス山脈の尾根グラスリッジから行商にきていた。レイモン城にね。ついてないよ、こんなところで……死ぬなんて」

「殺す気なら、とっくに殺してると思うわ」


「マンサの連中は、何を隠してるんだろう。情け容赦ない黒騎士に追われ、無事に来れたってことは……」

「ふふっ。わたしに聞くのは、お門違いだったわね」


「わたしは商売人だからね。第一印象を疑う理由なんてない。それにこんな状況で話すなら、貴女のような若くて穏やかそうな美人がいい」

「女性を褒めるのが上手いのね」


 部屋の奥では、難民の泣くような声が聞こえた。

「な……何も知りません。本当です」

「あたしたちゃ、先頭の馬車に付いて逃げてきただけです。腕輪なら村長か、その娘が持って行ったんじゃないですか」


 同じようなやり取りが二時間も続いていた。

 痩せた男は胸が苦しくなったようで、前かがみにうなだれていた。

「……誰かを庇ってるのかな。何とかの腕輪を持って、村人を先導した白騎士がいたってことだろう――黒騎士は未だに何が起こったのか分かっていない。そいつが、この中にいるのかも。こいつらは、探しているんだ。目的はそいつだ」


「居ないわ。腕輪もここにはない」

「なんだって? それじゃ……わたしも貴女も殺されるぞ」



    ※   ※   ※



 ランタンホタルはリウトの足元だけを微かに照らしていたが、後ろに付いたモリスンの目には入らなかった。

「随分下に延びてるな。足を滑らしそうだ」

「うおっ!」


 モリスンが足を滑らすと二人は縺れ合いながら地下道を転げ落ちた。

「いっ…てぇな」

「わるい。苔が沢山あってな」

「いいか? 今度滑っても俺につかまるな。灯りが見えるだろ、扉の先に黒騎士ヴィネイスが二人いる」


「見りゃわかる」

 モリスンはしゃがんだままの態勢で言った。先に人影が二つあった。


「……そうだな」

「何か察知したみたいな言い方だけどよ、俺の目は節穴じゃない。見りゃ分かることを一々言うな。敵だ、とかもいらない。見てぇママ、お花が咲いてるぅっていう娘じゃあるまいし」

「……うるせぇ」

「ふん。あいつらは俺が始末してやるよ」


 地下に延びた廊下に灯りが反射している。黒光りした石段は上へと続いており、剣を吊り下げた二人の男は食料品を運んでいるようだった。

 男たちは会話していた。

「心配しなさんな。ベイン様に付いてりゃ食いっぱぐれはねえ」

「でも、死人が三人でたんだ。深追いすることは無いだろ」

「どうしても、知りたいんだとよ。猟犬もやられたんだ。こんな作戦をしてまでも調べなきゃ気がすまねぇのさ……うん?」


 モリスンは剣の柄に手を掛けた二人にむかって近づいてった。

「ふい~っ、手伝おうか? 重そうだな。食料庫で酒飲んでたら、なんか上がやかましいみたいだけど、何かあったのか?」

「……知らねぇのか。じゃ、手伝ってもらおうか!」


 男たちは同時に運んでいた食料をモリスンに放り投げた。農民風の見た目からは想像のつかない素早い動きだった。

 モリスンは鞘を使って相手の剣を跳ねあげると、同時に身を屈めて男の足を払った。

 一方の男は、冷静だった。訓練を受けた精鋭であろう。動きの止まったモリスンに迷うことなく剣を立て、突進する。


「ぐぅおおおっ!」

 男の動きは止まり、背中を反らして床に倒れた。背後からリウトが剣を刺していた。

 すぐさま起き上がった男は、リウトに向け横一文字に剣を振り切った。

 

 ブン……と剣が風をきった。

 リウトはギリギリで頭を下ろし、それをかわした。低い位置からモリスンは男の脇腹に剣を押し込んだ。

「ぐぁ!」


 ほんの僅かな時間、モリスンは躊躇した。本当に黒騎士ヴィネイスか確かめる必要があった。緑色のスモックを着た男たちを、はじめから黒騎士だと言い放ったリウトに目を向ける。


 背後から、心臓を一突き。まだ十八か、そこらのガキにしては腹の座った殺し方だった。相手はかなりの使い手で、鋭い目つきをしていた。こういう輩が、向かってきたときに手加減は出来ない。

 一瞬の判断で殺さなければ、こちらがやられる。


「お前も殺しに迷いがないな……白騎士隊で聞いていた話とはずいぶん違うな、リウト」

「俺も成長してるからな。礼はいらない」

「まあ、一人でもやれたけどな」



     ※   ※   ※



 黒騎士のリーダーと、駐在している騎士団との交渉がはじまっていた。

 老レイモン卿と農夫たちと引き換えに、占領下にあるヴィネイスの古城をあけ渡せという要求だった。他にも城に残された一部の貴族や女中と引き換えに、逃走用の馬車と馬を用意しろという要求も出している。

 

 騎士団長は、王都サン・ベナールの将軍に通信魔法を使い指示を仰いだ。返事には少なくとも一晩は掛かると言い、ただ時間だけがたっていた。


「価値のない難民から先に殺される……」

 痩せた男が、しゃがんだままボソりと言う。いつのまにか、マンサの難民たちは彼を中心に話し始めた。恐怖が蔓延していた。病原菌のように。


「ここに腕輪はない。だが持ってるやつは、まだ近くの宿屋にいる」

「でも、彼は恩人だ。ここには彼の妹だっているんだぞ」


「本当の恩人は、犠牲になった村長やマソス、マリッサ、ケーシーやジョゴだ」

「彼は逃げるのが得意だろ? ここは彼に一肌脱いでもらって」

「逃げるだけじゃない。黒騎士を三人も始末したんだろ? 平気だろう」


「だからといって、それを言ってどうなる? 状況が変わるとは思えない」

「何人かは、情報と引き換えに助かるかもしれない」

「全員じゃない。妹さんはどうなる?」


「そんなことしたら裏切り者だぞ。村の尊厳も絆も、壊れてしまう」

「どうして? 村はもうない。これ以上何が壊れるんだ」

「ピザにチーズを載せてもピザは壊れないだろ」

「……駄目だ。何て例えだ? もう黙ってろ。リウトのことは誰も喋るな」


 痩せた男は薄気味悪い微笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。


「リウトという騎士か……分かったぞ」

 難民たちは、骸骨に皮を一枚付けただけのその顔に、微笑が浮かぶのを見てぞっとした。生気のない黒い眼の奥には死の狂気が渦巻いているようだった。


「あ、あなたは何者!?」

 ローラは胸ぐらを掴まれ、軽々と持ち上げられた。まるで一度捕まえた獲物は確実に殺すといわんばかりの力だった。


「ふっ……わたしは暗黒騎士ベイン。もう少し詳しく話を聞かねばなりませんな。リウトとやらのの貴女には」

 

 この毒蜘蛛のような男は、難民に紛れ込んで罠を張っていた。しかも、蜘蛛の巣を作って獲物を待つだけではない。

 自ら動き、村々を徘徊し、敵軍の城にまで入り込み餌を積極的に探すのだ。誰もが恐怖に取り憑かれ、言葉を失った。

  

 平穏に暮らす人々にとって、これほど恐ろしい存在があるだろうか。ローラは全身が恐怖に震えるのを感じた。



     ※   ※   ※


「よう、こっちを変わってくれ」

「……どうかしたか?」

 農夫の恰好をしたモリスンは、リウトの指示に従い、黒騎士ヴィネイスを分断させていった。

 ドアや、通路を上手く使い仲間の視覚から消えた瞬間に……殺す。


「!!」

 モリスンはうめき声をあげる黒騎士の口を、両手を使って塞がなければならなかった。

 一人になった見張りは、簡単だった。リウトは敵の死角を知り尽くしていた。中にはゆっくりと、肩を叩いてから振り向きざまに反対の死角へと移動して、腕をねじり上げることも出来た。

 そいつらは殺す必要もなかったので、縛りあげて口を塞いだ。


 四人を殺し、五人は縛り上げた。モリスンにとって、こんなやり方は初めてだった。いつも大がかりな戦闘では、魔法使いがマジックアローでとどめをさしていた。背後から、近づき動いている心臓を止めるのは気持ちのいいものじゃない。


 それでも、やらなければならなかった。支持を出すリウトはもっと辛かったに違いない。殺戮は最小限の人数に抑えられていると確信した。


広間ギャラリーにローラはいないみたいだ。見張りは十人以上……どうする?」


 おそらく、残りの黒騎士はこの部屋に集中している。まとまった人数を相手にするには、こちらの戦力も足りない。

 下手に手をだせば人質の難民も無事ではすまないだろう。


 リウトは腕輪を使い、設計図を確認した。

「ローラは上だ。一人で行く。モリスン、階段こっちへ敵が来たら片付けてくれ」

「大丈夫か? 一人で」

「ああ、任せてくれ」


 二重に建てられた塔の最上部に、一本の螺旋階段が続いていた。リウトは階段を一歩づつあがる度に増していく悪寒におそわれた。

 奥歯がカチカチとなるほどの冷気。


 それは冷気ではない。上にいるやつは、恐怖そのものだった。そいつは、“死”そのものだった。近づくだけで足がすくむような威圧感が塔をつつんでいた。

 





 


 




 

 




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