第24話 レイモン城

 旅人から小男。

 雷雨に案山子を拾った。道中に野犬がいるため遅れる。


 一般的には手紙が主流ではあるが、部隊や大きな街での通信手段には、精霊魔法が使われていた。それも実際に動物が手紙を運ぶ訳ではない。鳥などを媒体に信号を飛ばし、宝珠などを使って受信する仕組みである。鳥の筋肉などに流れる微量な電気信号を利用し、別の鳥へと飛ばす。最終的に目的の人間の持つ受信機に内容は届くという具合だ。


 近くに鳥が居なければ時間がかかることもザラで、調子の悪い鳥が混ざれば文字化けといった解読不能な内容が送られてくる場合もある。さらに、魔法使いはフクロウを好み、騎士団はツバメを好んで使用する。

 

 特定した品種を使うことで機密性が増すからである。黒騎士はカラス、聖職者は鳩を使うと相場は決まっていた。

 

 神父のくれた通信用のアイテムは宝珠や水晶ではなかった。平らで四角い形をした湿った香木である。そこに、くっきりと文字が浮かび上がる。


 モリスン殿。奇っ怪な暗号めいた報告は要りませぬ。手前の用意した通信手段は、世俗で使われるものとは異なります。


 樹木を媒体としたまったく新しい通信手段でございます。安定性も速さも、機密性も比べ物にはならないでしょう。

 手前は、この革新的な技術を胞子ネットワークと名付けました。


「めんどくせぇ! いくら命の恩人でも読んでられないぞ。はやく本題に入ってくれ」


 本題に入れと言われている気がしますゆえ……話を進めます。まず、ローラ様はご無事ですか。

 本来、彼女から通信があってしかるべきところですが。


「ああ。今はリウトにべったりだ……っと」

 モリスンは備え付けの木片を使い、香木に書き込んだ。


 二日前。モリスンは二頭の馬を馬車に繋ぎ、レイモン城まで走らせた。ジョゴという大男は虫の息だったが、この村の僧侶が助けた。といっても、未だに治療は続いているようだが。


 リウトはたいした傷を負っていなかったが二日間、宿屋で眠りこけていた。目を醒ますと手当てやら飯やら、ローラ様に何もかもやらせている。風呂まで一緒とは、見ているこちらがウンザリしてくる。彼女はちゃんと下着をつけていたが、やつは真っだった。


 今は向こうのテーブルでローラ様と飯を食いながら話をしている。マンサの農夫やガキの話では、リウトという男……寝ているような無意識の状態でも、攻撃をかわしたというが……。

 

 そんなことは出来ないとモリスンは思った。モリスンの持つ、愚者の資質スキルについていえば、不意討ちされれば、そこで終わりである。底知れない魔力が無い限り、常に能力を使い続ける方法などあり得ない。

 

 モリスンはローラと話している金髪の後頭部をじっと見た。

 手元に転がっていた小石を掴むと、ヒュンと投げつけた。

「いでえぇ!」

「………」


「なっ、何するんだ! てめえ」

「あ、いや。すまなかった。虫が飛んできたもんで……」

「……ったく。なんだよ、虫かよ」

(バカだろ、こいつ)


 ともかく、何らかの偶然が重なり、マンサ谷の村人たちはここまで逃げきることが出来た。既にレイモン城はマンサ谷の難民のために、開かれていた。

 城主である老レイモン卿は、苦しむ民に心を痛め城門を開き、温かいスープと毛布を差し出した。


 村はずれにある馬の厩舎へ運ばれたジョゴは、未だに目を醒ましていなかった。昼飯を済ませた俺たちは、その足で厩舎まで歩き、村の僧侶と話すことにした。


「わたしの精霊魔法フェアリーエイドでは、治療が追いつきません。回復魔法ヒール時間逆進リカバーをかけられれば良いのですが」

 リウトがくたびれた顔色の僧侶に言う。

「城付きの魔法使いか僧侶はいないのか?」

「居りますとも。でも村はずれの厩舎には来ない……老レイモン卿の許可か、騎士隊長の指示がなけりゃね」


「騎士隊には、二人とも死んだことになっているから……交渉なら私ひとりで行くわ。二人は仲良く待っていて」

 ローラはブラウンのウールのマントを羽織ると、すぐさまレイモン城へと向かった。二重に立つ高い塔を目指して。

 モリスンとリウトは見合い、互いに両肩をすくめた。


 ジョゴの手を握って声を掛け続けるリウトにモリスンは苛立った。

「あんた、魔法大学でてるんだろ。回復魔法とかつかえねぇのか? さっきから死ぬなぁとか頑張れぇとか……お前が頑張れよ」

「………うるせぇ」

「はあ!? なんだって」

「どっか行ってろよ。別に仲良く待ってなくてもいいだろ。地下牢送りにされたことは忘れてやる。俺がバカでよかったな」

「根に持ってんのか? ふっ……そうだな、バカでよかった」


 ふらふらと厩舎小屋を出て外の空気を吸っていた。いつの間にか日が落ち、集落は夕闇に包まれていた。

 ドサ……と何かが倒れた音がする。

 モリスンは剣の柄に手を掛け、物音に近づいた。


「り、リウト兄ちゃん……城に……黒騎士が……」

 マンサ谷の少年が倒れていた。



      ※   ※   ※



 ローラが城門に入ると衛兵に声を掛けられた。武器やアクセサリーを持っていないかチェックされたが、想定のうちだった。


「谷から来たのか?」

「ええ。いいかしら」

「……いいだろう」


 そんな調子で広間ホールへ案内されるとは思わなかった。老レイモン卿はずいぶんと心が広いお方のようだ。ローラはでこぼこした石段を駆け上がり、白騎士の大勢いる兵舎を横切り城内に入る。

 室内に噴水のある豪奢な造りの部屋を抜け、細長い広間ギャラリーに着くと、大勢の難民が敷布をひいて座っているのを見た。五十人以上、マンサ以外の難民も多くいる。


 白騎士の隊長か、あるいは僧侶でもいい。話を聞いてくれる人間を探しながら、ローラは部屋の隅から難民の間を抜けて歩いた。

 部屋は広間を中心に七つあった。


 奥の部屋に人だかりがあった。誰かが村人の手をとり、話を聞いている。赤く長いマントと装飾品を纏った老人は、一目で老レイモン卿であることを物語っている。

 ローラは襟をただして、衛兵の脇をすりぬけようと前に出た。


「動くな……」

「!?」

 部屋の扉が、大きな音を立てて閉まった。無防備な村人たちは、寄り添うように息を飲んだ。扉には体の大きな男が剣を抜き、立っていた。


「全員その場にしゃがめ!」

「きゃああっ」

 女達の叫びが聞こえ、部屋を見まわす。至るところに男達が剣を構え囲んでいた。


「お前たちは人質だ」

「あ、貴方達は……黒騎士ヴィネイス!」


 ローラは血の気が引き、背筋に氷が滑るような悪寒を感じた。農夫や村人に変装した男達が紛れこんでいる。ざっと十五人はいるだろうか。

 老レイモン卿の側にいた衛兵までも黒騎士だった。状況を把握するのに時間はかからなかった。

 

 黒騎士は極めて少数だという事実。

 老レイモン卿と村人を囲む黒騎士、それを城の外から白騎士隊が囲んでいるようだ。

 黒騎士は手を使って互いに合図を送っていた。ハンドシグナル、つまり精鋭部隊。

 綿密に組まれた作戦行動。そして、村人と衛兵に紛れこんだ優れた隠蔽術。


「目的は、わたしの命か?」老レイモン卿は立ち上がって言った。

「いや、あの谷には……」

 黒騎士のリーダーらしき男が口を開いた。

「竜鱗の腕輪と呼ばれる宝があったはず」


「………」

 村人たちはざわめいた。たしかに村長の家には腕輪が祀られていたが、それを受けとったのは村の恩人である青年、リウトである。


「その腕輪にどんな価値があると?」

「レイモン卿、あんたの持ち物も調べさせてもらうが、黙っていられないなら殺してからでもいいんだぜ」

「……っ」


   ※   ※   ※


 駆けつけたリウトは、城内の入口を探したが、堀に囲まれた城に隙は無かった。

 足音をたてずモリスンが近づく。


「いま、衛兵から情報がとれた。やっぱり城内は黒騎士に占拠されてるぞ。なかに人質がいて、踏み込めない状況らしい」


「くそっ、間にあわなかったか」

「ああ、ローラ様は中だ」


「……待てよ。レンギルの図書館にレイモン城の設計図があったはず」

「はあ? 今から借りにでもいくつもりか」


 リウトは腕輪に指先をあて、瞑想に入る。


「おお、やっぱり地下に抜け道がある」

「何でお前がそんなこと分かるんだ? 普通じゃないとは聞いていたが、ぶっ飛んだ野郎だな」

「失礼だな、俺が普通の訳ないだろ。マリッサの腕輪と隠者のカード、ついでに雷光の指輪をはめたチート級の男だぞ」


「バカ……じゃないのか? なら、なんで小石ひとつが避けられない」

「やっぱ、わざとかよ。俺が避けていたら、石はローラに当たっていた」


「……冗談だろ?」

「いいや、俺はただのバカじゃない。でも他人にどう思われたって、構わない。自分が正しいと信じることをやるんだ」

「そりゃ……みんな、そうだと思うけど」


「あんたに言った俺がバカだった」

「やっぱりバカなんじゃねぇか」


 リウトは村外れにある井戸に隠された扉をひらいた。

「こっちだ。おい、一緒にローラを助けにいくのか?」

「ああ、お前と意見が合うとは思わなかったが……いくぞ」



 

 





 

 

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