第28話 バカの魔法使い

 ダリルの背後から、薄汚れた格好の男が歩いて来た。モップのようにちぢれた頭が、よけいに汚らしく目に映る。

 後ろに続いて三人の疲れた顔をした男たちも続いてくる。三人とも、共通してずんぐりとした体形で、そろって目の下にはクマが出来ている。鎧こそ着ていないが、彼らが白騎士であることは明確だった。銀のショートソードと革のストラップを携えている。


「楽しそうだな、魔法使いと言ったか?」

 女中たちの顔色が変わった。「ごめんなさい、そっちに座りましょ。騎士さま」


「あら、ワインが切れているじゃない」

「どけ、このアバズレ共が」ちぢれ頭は女中を突き飛ばした。


 こいつらは元々一番隊の古参だったが、問題を起こしてから除名され次の部隊から声がかかるのを待っていた。番号を持たない浪人部隊。ちぢれ頭はそのリーダーでアナグマと呼ばれていた。


「きゃあ!」女は他の男に抱きかかえられ悲鳴を上げた。

「あんた見たことあるぞ」薄汚れた男が言った。「レンギル大学の恥さらし。脳みその足りないクズ野郎のリウト・ランドじゃないか?」


「は、はっはは」苦笑いを浮かべて言った。「おっしゃる通りです、白騎士様。一杯ごちそうさせてください」

 

 四人の男たちは、黙ったまま二人のテーブルを囲んだ。

「相変わらず酒場で馬鹿やっているのか? 女共に一体どんな馬鹿をやるのか見てみたいものだ。ほら、見せてくれよ」

「…………」リウトは黙ってエールを飲んだ。


「こいつは、用務員の婆さまをプロムに誘って断られたんだ。女と話したことなんて一度も無い童貞野郎さ」

「ぎゃははははっ! そんなバカが、酒屋で偉そうに女中を口説いてるのかよ」


「……精一杯やっておる」ダリルが言った。

「峠の戦いは、かなり不利な戦況じゃったが」老騎士は立ち上がった。「白騎士は勇敢に精いっぱい戦い、砦を占拠したんじゃ」

 男はダリルの顔に向かって顔を近づけた。


「こいつも……今は精いっぱい努力をしておる。どんなに不利な戦況じゃろうが、白騎士は決して負けない」

 ダリルはジョッキを掲げた。「白騎士に乾杯!」


 薄汚れた男は老騎士のジョッキを地面に叩き付け、エールが床にこぼれた。

「知らんな」アナグマは言った。

「俺たちゃ、戦争なんてどうでもいい。騎士は聖人だとでも、思っているのか?」


 騎士の中には、罪人や人殺しがいる。これは、事実だった。

 犯罪者であろうと、民衆のために騎士となり前線へと赴く者には恩赦が与えられた。そうでなくとも、つらい日々に、つらい判断を積み重ねてきた騎士たちが、聖人でいられるはずはなかった。


「……ただ喧嘩がしたいなら、他所へ行ってくれ」ダリルは言った。

 薄汚れた男はリウトの胸ぐらを掴みあげた。


「大魔法使いだと。ホラ話をしていやがったな。頭の空っぽのバカ野郎のくせに。バカバカしいにもほどがあるぜ」

 男たちはゲラゲラと声をあげて笑った。


「……バカじゃない」ダリルが言った。

「訂正しろ。わしの友人はバカじゃない」

 彼が本気なのは声を聞けば分かった。


「お、俺は……俺は」言葉が出なかった。 

 ダリルは更に続けた。「バカじゃない、バカなんかじゃない!」


 薄汚れた男の腕を掴んで締め上げ、もう一度言う。


「バカじゃない」

 その手をひねるように突き放すと、薄汚れた男は腰をテーブルに打ち付けて倒れた。大きな音をたてて食器と酒が床に落ちた。


 とっさに目の前にいたアナグマがダリルを殴った。老騎士は崩れ落ちるように膝を付くと、もう一人の男に思い切り肝臓を蹴られた。その瞬間、息が止まり真っ青な顔をして、ゼイゼイと喉を鳴らした。


「ダリル?」ちぢれた髪を揺らし、アナグマが言った。

「……ダリルってのは……お前も聞いた事があるぞ。臆病者のダリルだ。まさか、臆病者とホラ吹きが飲んでいたっていうのか? 揃いもそろって」

 彼らはお互いの顔を見合わせてゲラゲラと笑った。


「訂正しろ」今度はリウトが叫んだ。「臆病者じゃない!」

 ダリルは真っ赤に腫れた顔をしてこちらを覗き込んだ。何か言いたそうな表情で、口をパクパクとしてリウトを見た。


 だいたい何が言いたいのか分かっていた。自分と同じで、素直に礼を言えないタイプ。一生はずれくじを引くタイプ、一生貧乏暮らしをするタイプだ。


 そう思うと、何故かリウトははらわたから湧き上がる不穏な怒りに両手が震えだした。どうして自分の事より腹が立つのか分からなかった。散々、今までお互いに罵り合ってきたセリフを、何故か他人に言われると許せない。

 

 生まれた村では喧嘩ばかり、大学では嫌というほど孤独に耐え、百人隊では誰も正面から本音で話す人間など居なかった。この老人だけがリウトを対等に扱ってくれた。お互いに不名誉なレッテルを貼られた二人は、いつのまにか強い絆を感じていたのかもしれない。


「……お前らのほうが、よっぽど臆病で卑怯じゃないか」

 言い終わる前にリウトはアナグマに力いっぱい殴られ、椅子ごと後ろにぶっ倒れた。怒りと興奮――違った。避けられない、避けない――違う。老騎士の言葉が嬉しくて、臆病と罵られた言葉が悔しくて……避けたくなかったのかもしれない。ダリルと一緒に殴られたかったのかもしれない。


「ぺっ……バカじゃない」

 ダリルがふらふらと立とうとすると、すかさず男が殴りつけた。テーブルに顔面をしこたま打ち付けられて床に崩れ落ちる。大勢いた酒場の客たちはいつの間にかどこかへ避難しているようだ。


「はは……はは……臆病者じゃないぞ」

 今度はリウトがテーブルに手を付いて立ち上がる。肩越しに椅子が振り上げられ、叩きつけられた。ほこりと木くずを巻き上げて、派手な音が響いた。


 リウトは魔法について考えていた。モヤモヤした頭の中はあらゆる魔法の可能性が書き綴られたレンギルの図書館を見ていた。そして、巨大ピラミッドと溢れ出す魔力を感じ取っていた。


「バカじゃない」

 大きな頭を左右に振り、しつこく起き上がろうとする腹に一撃。このバカじゃないという言葉――それを聞いてはじめて真剣に、リウトは魔法と向き合えた。はじめて、自分に何が出来るのか気が付いた。


「お、臆病ものじゃない」掴まれたリウトのチュニックが裂かれた。

「…………ない」


 騎士たちは、いやらしく勝ち誇った顔をして笑っていた。

「待てよ。リウト・ランドって……死亡報告があったな? 脱走兵じゃねぇのか」

「へへ、だったら大手柄ですよ、アナグマのだんな。騎士宿舎まで引っ張っていきやしょう」


「なにも、馬車まで用意するこたぁねえ。どうせ死罪がお似合いのクズ供だ」

 アナグマと呼ばれる男はショートソードを抜き、項垂うなだれていたダリルに振りかぶった。

「貰うのは頭だけでいい」


「やめろ!」

 リウトは、とっさにアナグマの剣の前に立ちはだかりダリルを庇った。


「な、なんてことじゃ!」

 雄叫びをあげたダリルが見たのは、避けるだけが取り柄の男が剣を体で受けている姿だった。


「……なんてこと…するんじゃ! 死ぬのは……わしでよかったのに。お、お前が避けないなんて……専門外じゃろおが…」


「よく、見ろダリル。まったく臆病なうえに泣き虫な爺いだな」

 銀のショートソードがリウトの右手に収まっている。柄の部分は入れ替わり、刃が相手の手のひらに乗っていた。


 スッと剣を下ろした瞬間、アナグマの指が四本飛び散った。血を撒き散らし尻をつく姿をよそに他の男たちが剣を抜いて駆け寄ろうと動く。


「ひいぃ!」

 左右の男たちの首筋に刃が突きつけられていた。リウトはショートソードをいつの間にか両手に持っている。


 血を見て逃げ出そうとした四人目の男は奇声をあげた。酒場の入口にはショートソードが三本も刺さっていた。

 ダリルは何が起きたのかすぐには分からなかった。そいつの脚にもショートソードが二本も……刺さっていたのだ。


「ど、どういうことだ? 剣の数が……増えてる」

 リウトは、腫れ上がった唇を持ち上げて言った。


「これが、本物の魔法ってやつだ」


 固定保全こていほぜん魔法により剣を時間ごと受け止め、空間歪曲くうかんわいきょくによって向きを変える。同時に時空歪曲じくうわいきょくループによって剣を増殖させたら、『パンと魚』を無限に生み出すと云われた失われた魔法と同じ原理の完成だ。


 無限増殖魔法。


 増やした剣を飛ばすのはマジックアローと同じ原理だ……。この究極的な複合魔法を証明しようとしたのが学生時代のアネス・ベルツァーノだとは思いたくない。


 ――まさか本当に出きちまうとは。




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