第23話 正しいこと

 村とは言えない小さな集落。レイモン城を囲むように建っている家屋かおくは、どれも四半世紀を過ぎ、外装は剥がれ、屋根には何重にも板が立て掛けてある。治安は悪く、住人の心は荒んでいた。


 少年は屋台に並んでいる焼き菓子をじっとみていた。

「買わないなら、さっさとあっちにおいきよ! しっしっ!!」

「………」


 指をくわえながら離れようとしない。甘い香りに捕らわれ離れたくても離れられなかった。服はボロボロになり、土のこびり付いた細い足に靴は無かった。

「よだれを付けるんじゃないよ。汚いガキだねっ」


 後ろにはボロキレを纏った老人がいる。靴はよれ、パカパカと音をたてていた。

「すいません。ジャガイモか麦があったら分けてもらえないかね」

「ふん? 金は持ってるんだろうね」

「ああ、少しじゃけど」

 老人が手を差し出すと、古びた銅貨が二枚あった。

「足りないよっ! これじゃ、芋一つしか買えないよ」

「す、すまんの。一つで結構じゃから」

「ほらよ!」

 女主人は一番小さなジャガイモを老人に投げつけた。


 老人はジャガイモを拾い、少年の頭を撫でた。 

「すまんの……菓子は買ってやれん」


 カウンターの裏から、エプロンを付けた大男が顔をだした。じっと睨み付けるように老人を見る。手には芋を五個、持っている。右手に二つ、左手に三つ。

「銅貨二枚なら、これだけ持っていきな」

「……あ、ありがとう」

「はあ!? あんた、店潰す気かい。芋は…」


「銅貨二枚なら、菓子も一つ買えるぞ」

「あ、あんた! 何考えてるのよ」

「見てわかんねぇのか。こいつらマンサ谷から来た難民だぞ」

「そっ、それが何だっていうんだい。うちだって食っていかなきゃなんないんだ。あんた……何だって……何だってんだよっ」

 

 女主人はハンカチを持って泣いていた。自分がどれほど醜い行為をしているか、言われなくても分かっていた。誰も余裕なんてものは無かった。


「良かったな、ぼうず。ほらよ」

 髭面の剣士はカウンターに銀貨の入った袋を置いた。なめし革のズボンとベストを着た旅人風のいでたちだった。

「これで、難民が来たら食わせてやんな。二、三日は誰もひもじい思いはしなくてすむだろ」

「あ、あんた。こんな大金……何者だい」

「ああ、今はただの用心棒」


「ぼうず、リウトって騎士はいなかったか?」

「え? あの兄ちゃんだったら、昨日まで一緒にいたよ。兄ちゃんのこと知ってるのぉ?」


「ビンゴ。で、どっち行った」

「あのね……みんなが、ジョゴばっかりに馬車を引かすから、兄ちゃんが怒ったの。僕たちはちゃんと言いつけ通りに進んだんだけど、はぐれた人たちが一杯いて」

「うんうん。だから、どっち行ったって聞いてるんだ……」

「や、山のほうだよ」


 モリスンは立ち上がり、腰に掛かった二本の剣のスリングを直した。

「あってるみたいですぜ。ローラさま」

「詳しく聞かせて」

 やれやれといった風に剣士は肩をすくめた。


     ※   ※   ※


 リウトたち村人の一行がマンサの谷を出て二日たっていた。彼の脳みそは破裂しそうだった。これ以上、黒騎士のルートを外して三百人近い村人を避難させるのは無理だと思った。マリッサの家のベッドが……彼女が恋しかった。

 農夫のバイスは、ふらつくリウトを支えて言った。

「あっちの馬車で少し寝たらどうだ。隣村までは、あと半分だ。もう大丈夫だろ」

「あ、ああ」


 レイモンの村。俺たちは、小さいながらも堀に囲まれたレイモン城という拠点に作られた集落を目指していた。馬を走らせれば二日の距離だが、徒歩では最低でも四日はかかる。


 生返事をして前に進む。道はわだちがなければただのでこぼこした、草むらでしかなかった。

 先頭を行くホロ付きの馬車を引いていたのは、巨漢のジョゴと呼ばれる男だった。十人か、もっと乗っている馬車を一人で引いている。


「……すげぇな、あんた。まさか二日間ずっと引いてたのか?」

「引いてたよ」

 返事をしたのは馬車に乗っていた少年だった。リウトは、驚嘆していた。二メートル近い巨体ではあるが、一睡もせずこの重量を運び続けることが、人間に可能だろうか。


「な、なあ、あんた。たしか黒騎士との会合にも参加してたろ? まったく休んでないんじゃないか」

「……じゃが……じゃが」


 農夫はリウトの肩を叩いた。

「あははは、そいつの名前はジョゴだ。何を言っても無駄だよ。ジョゴしか喋らんね。会合に行ったのは、ハッタリ効かす為だ」

 バイスはこめかみを指差して、くるくると回した。ジョゴは頭が悪いというジェスチャーだった。

「ジョゴはバカじゃない! もとは、ジョナサン、ガーファンクルって立派な人だったんだぞ」

 少年はバイスに小石を投げた。

「……じゃが…じゃが」


 中年の女が笑った。

「アハハ。ジョゴはジョゴよ。バカだけどオークの血が混じってて体は頑丈なのよ」

「だからって、こんな無理したら死んじまうだろう」


 リウトは自分がバカにされているようで、無性に腹がたった。

「歩ける奴は馬車を降りろよっ! 老人と、赤ん坊以外は外を歩くんだ」

「なっ、なんだよ。急に怒りやがって」


 女や子供たちが愚痴を言ったが、構わなかった。リウトは、ジョゴと一緒になって馬車を引いた。

「体力のある奴は、老人や子供をオブっていけよ! この人を見ろ」

 

 ジョゴの手からは血が滴り落ちていた。泥の跳ねた服はかさぶたのように固まり、ひび割れている。

「あんた、無理するなよ」

「……じゃが……じゃが」


「あんたら、自分たちが何をやってるのか分かってるのか? 最低だぞ。捕虜になっても生き残りたいとか……逃げるとなったら、ジョゴをバカにしてに馬車を引かせるとか」


 すると何人かの農夫も、馬車の後ろを押し始めた。だが、ジョゴは休めという言葉を無視して、馬車を引き続けた。


 三日目の夜、ジョゴは歩けなくなった。

 手や足のマメは潰れ、その下にできたマメがまた潰れていた。かかとはひび割れ、くるぶしまで肉が裂けていた。


 歩けなくなったジョゴを置いて、村人たちは先に進むことになった。

「……昨日はごめんよ」

「本当に、ごめんね」

 バイスの奥さんや彼を笑った村娘がジョゴの脇に立ち、彼に謝っていた。


 リウトはジョゴと馬車に残った。黒騎士の追っ手がくるとすれば、必ずこの馬車を見つけると思ったからだ。ここで時間を稼げば、きっと村の連中は城まで無事に着くはずだ。


 辺りには誰も居なくなった。最後列の村人たちも、夕闇のなかに去って行った。


         ※

 


 ――何かの遠吠えが聞こえる。


 煙のように消えたマンサ谷の村人に、黒騎士は犬を放った。雲が避けて月明かりが草むらを照らすと、馬車は猟犬ガルムに囲まれていた。

 黒い毛並みに赤い眼がそころじゅうで、こちらを見ていた。


 リウトは馬車の中でピクリともしないジョゴを揺すった。

「ホロの上に登ってやり過ごそう。三十匹はいる」

「………」


 ジョゴは目を覚ますと馬車から飛び出した。

「おい! やめろよっ。二人とも死ぬぞ」

「……じゃが……じゃが」


「くっそお、何を言っても無駄か? このバカ野郎!」


 リウトはハッとした。ここで、猟犬ガルムは始末しなければならないのではないか。そのために自分はここに残ったのではないか。

 自分は生き残りたい……ジョゴをバカにして、先をいかせる……昨日、自分が怒鳴った言葉がこうも、あっさり自分に返ってくるとは。

 やっぱり自分は本物のバカだと言わざるを得ない。


 猟犬は、ジョゴの攻撃をかわして腕に喰らいついた。深く食い込んだ牙は、簡単には離れない。無理に引き離せば、自分の腕の肉をねこそぎ、持っていかれる。


「……ジョガアァ!」

 猟犬はまとめて宙に舞った。喰らいついた猟犬を振り回し、足元に這いよる別の猟犬にブチ当てたのだ。


「俺も……俺も、行くぞ」

 リウトは馬車から飛び降りた。短剣を抜き、迫りくる猟犬に構えた。疲労がたまっていた。足がもつれ、武術舞踊もままならない。

 紙一重でよけ続けるのがやっとだった。


「……ジョガアアアァ!」

 巨漢は猟犬を掴み上げ首をへし折った。だが、既に彼の体には無数の引っ掻き傷と噛まれた傷があり、殺されるのは時間の問題だった。


「ハァ…ハァ…駄目だ。こいつら、魔力で操られてるんだ。最後の一匹まで襲ってくるぞ」

「……じゃが……じゃ…が」


         ※



 いつの間にか太陽が昇っていた。俺達は何時間もこうやって、猟犬と戦っていた。眼が霞んで、前が見えない。ジョゴは……膝を着いていたが、腕を振り猟犬を追い払っていた。


 夢を見ているような気がした。白昼夢というやつだ。

 長い、長い時間、ジョゴと戦っていたリウトは、ジョゴの声を聞いたような気がした。


 もう、駄目だ。俺達、死ぬぜ?

『はは、そうだな。だが、村のみんなは助かるだろう』

 

 バカだな。誰も感謝してないぞ。褒めてもくれない。

『だが、それが世の道理だ。自分の仕事を果たすことに代わりはない』

 

 どうしてこんな無茶までして、みんなを助けようするんだよ。

『さあな。だが、それが正しいこととは思わないか?』


 ――正義か。


 どこからか、馬のいななく声が聞こえた。

 飛びかかってきた猟犬は真っ二つに切り裂かれ、飛んで行った。両手に剣を持った髭面の男が、手慣れた剣捌きで猟犬を斬りつけて行く。

 

「……さんっ!」

 何処かで見た顔だ。いつか、俺を脱走兵と決めつけて独房に放り込んだ男だ。


 不味いな。また逃げなきゃならない……のか。


「兄さんっ!!」

「ええっ! ろ、ローラ!?」

 

 不思議なことに、猟犬ガルムはしばらくすると戦意を失い、逃げて行った。それが、この剣士の特別な生まれ持った資質スキルだと知ったのは、ずっと後のことだ。


 リウトとジョゴは命を取り留めた。



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