第22話 ゴーレム

 雨音。木々のざわめき。

 ローズの警告が響くと同時に、森に散らばっていたステイトの騎士たちの叫びが聞こえた。

 先行していた騎士ライカはショートソードを抜くより先に、危機を知らせるための魔笛に手を伸ばした。

 ぬかるんだ土に足がもぐり、バランスを崩す。

「くそっ!」


 恐怖で胃の中が一杯になった感覚。

 足が、ぬかるみにズブズブと沈んでいく。


「たっ……たすけ」

 背後に突然現れた泥人形が影を落とす。

 ゆっくりと掲げられた腕が、振り下ろされる。水を含んだ大量の泥が、騎士を頭から呑み込むように襲った。


「ぐっぶっ」

 生き埋めになった騎士は泥の中でもがき、苦しんだ。

 泥は軍衣と革鎧ボイルドレザーに入り込み、手足は鉛のように重く、思うようにならなかった。

「があぁ……あぁ!」


 目の前が真っ暗になり息が出来なかった。すぐ近くにいた騎士たちに声も届かない。誰も助からないと思った。

 戦いもせず、もがき苦しんで死ぬだけだ。

 音もなく、暗く、冷たい泥に沈んで……。


「ほれっ! 森で溺れるなんて笑えんぞぃ」

 背中から革鎧を掴まれ、身体が一気に泥から引き抜かれた。外気が温かく感じられ、一瞬上下の感覚がなくなった。


「ごっほっ……げっふぉ」

「すまんけど自分で歩いてくれんかの」

「……あ、あんたは、あの老人か? ダリルとかいう」


 顔の泥を拭いとると、泥人形ゴーレムはいたるところで騎士を襲っていた。

「ああ~、また泥に埋まった。あっちも埋まったわ。逃げりゃええのに」


「……あ、ありがとう。助かった」

「あっちの岩場に向かって逃げるんじゃ」


「助けてまわってるのか? 爺さん一人で」

「まあ、運ぶ仕事じゃからのぉ。芋ほりに来たんじゃないんだが」


 老兵は器用に泥人形を無視して、埋まった騎士たちを引っ張り上げていた。

「まあ、剣より魔笛に手を伸ばしたのだけは、よかったぞぃ」


 ライカは老兵に褒められたことで、涙がでそうになった。泥を鎧から拭いながら這いつくばるように岩場を目指して進んだ。口に入った泥が気持ち悪く、身体は冷え切っていた。


         ※


 なんとか岩影にたどり着くと焚火があった。周りには、ライカと同じような泥にまみれた騎士が五人いて、雨をよけて身体を温めている。


 無精ヒゲの騎士コリンズが立ち上がり、指をさして叫んだ。

「おい! 爺い、そっちは終わりか」

 気を失っている二人の騎士を担ぎおろすと、老兵は言った。

「……これで」


「このクソ爺い、お前が火を焚いたのか? 敵に場所を教えてるようなもんだぞ」

「大丈夫じゃろ…寒いし。火で寄ってこない敵もおる」


「ふん! まあ、いい。もう、じっとしてろ」

 コリンズの持っていた酒瓶を受け取ると一口飲んで言った。

「悪いんじゃが、あっちの部隊も見に行く」


「バカか。あっちにゃ名だたる剣士がおって、お前なんぞ邪魔になるだけだ」

「知り合いの娘がおるんじゃ」

「かっ!? またローズか。何考えてるんだエロ爺い」


 老兵は森にかけて行った。たった一人で。

 すっかり泥を落としたライカは老兵を追って行くことにした。


 剣を振り、戦っている騎士は次々と泥に飲み込まれていく。泥人形の動きは遅く、刃物を持っている訳でもない。まともに戦う必要はないのだ。


 剣を撃ち込めば、泥に埋まる。動きが利かなくなれば、相手につかまれる。パニックになった騎士たちは、冷静な判断が出来ず、もがき、慌てふためいていた。

 ダリルと呼ばれる老兵は、泥人形ゴーレムの隙を見ては埋まった騎士を引っ張り上げた。


 ライカは老兵の手伝いをしながら、騎士たちを岩場へと誘導した。

 

「きゃあああっ!!」

 森の奥で少女の悲鳴が聞こえた。

「そこの、若いの。ここは頼んだぞい」

 老兵は森へと走っていく。


         ※



 暗闇に紛れて、真っ黒なかげが広がると地の底から槍が突き出してくる。その陰からゆっくりと二人の漆黒騎士シャドウナイトが姿を現した。

 

 機械的で単純なゴーレムの動きに槍の攻撃が加わると、騎士達の隊列は簡単に乱れてしまった。窮追のジャンは片膝を着いて倒れた。

「や、やられたのか?」

 カレスは隣に立ち、辺りを警戒した。


「黒騎士だ……ヴィネイスの攻撃だ!」

 突然、ジャンは口から大量の血を吐いた。

 剣を抜いた騎士たちがローズの周りを囲み、防御態勢を整える。


 ローズは騎士達の脇から戦闘を覗き見た。屈強な白騎士が身を挺して、敵の槍を掴むと詰め寄った他の騎士が一斉に斬りかかった。

 黒騎士は、槍を捨て飛びのいた。すると、陰に沈み込むようにゆっくりと姿を消した。

「まだくるぞ!」

 カレスが叫ぶ。


 ステイトの魔法使いは泥人形ゴーレムに魔法を使い、動きを止めることに成功した。だが、泥が流れると魔法効果は薄くなり、徐々に復活しはじめた。


「うわああっ!」

「ひ、ひいいぃ」

 騎士たちは闇から伸びる槍に突かれ、ひとり、またひとりと倒れていく。

「どこだ! どこから来るんだ!」


封印シャドウホールを解かない限り黒騎士が沸いてくるわ」

「ローズ、封印を……いや、後ろにいろ」

 カレスは美しく伸びた長剣を構え、左右を見回す。


「魔法使いは、火を!!」 

(老眼でみえんわい)

 誰かが森の奥から叫んでいる。

 背後から伸びた長槍が、ローズの鼻をかすめた瞬間だった。


 老騎士は剣を放り投げ、槍を掴んでいた。

「ダリル!」

「……ギリギリじゃったの」


 ダリルは槍を掴み上げると、ひざを使って槍を折った。

 魔法使いは両手に火炎の弾を作り出し、森を照らした。


「ちくしょう!」

 カレスが声をあげた。長剣が木々に阻まれ、跳ね返る枝が身体を引っ掻いていた。あちこちで罵声が飛び交っている。


「足を! 足をやられた!」

 倒れかかったカレスを支えるように老騎士ダリルは前に出た。真っ黒な兜とチェンメイルを覆うボロボロの軍衣が見えた。

「おお、恐ろしい……まるで死神じゃのぉ」


 その動作は無造作だが、素早く、深かった。カレスを押しだすのと同時に地面を蹴りあげ、無理矢理、重心をずらす。

 革鎧の胸部分がスッパリと斬られる。ダリルは何も武器を持っていなかった。


「!!」

 ローズが叫ぶよりはやく、漆黒騎士シャドウナイトの身体が燃え上がった。

「ぐぅおおおっ!」

 騎士は体を丸めて後退していく。


「……っく」

 黒騎士は転げまわり、いつの間にか闇の中に去っていた。


 雨があがり、泥人形はみな土に返っていた。

「ふう……終わったようじゃの」

「また、あなたに助けられたわ。ダリル……ありがとう」

「礼には、およばんよ」

 ダリルの右手には口部分だけ残った酒瓶があった。燃えたのは引火した酒だった。


「また運に助けられたな、腹出し爺い」

「やな名前で呼ばんでくれ、コリンズさん」

 革鎧はちぎれ、ベルトが外れていた。

「あっはっは、みっともねえ」


 騎士のコリンズが、別動隊を率いてやってきた。酒の匂いを嗅ぎ付け、ダリルを見た。

「き、貴様。俺の酒を持っていきやがったな。しかも……割っちまってるじゃないか! この耄碌もうろく爺い!」


「こりゃ、すまんかった。いつ持ってきたんじゃろう?」

「アハハハ。どんだけボケとるんだ」

「ふぉっふぉふぉ、おかげで助かったわい」

「笑ってねぇで、さっさと怪我人を運べ!」


 始終見ていた騎士ライカは、不思議に思った。あれだけの働きをしても全くと言っていいほど文句は言わず、泥人形から救われた騎士は自分とコリンズだけに礼を言っていた。


 中にはライカに抱きつき、泣いて感謝する騎士もいた。

 老兵の手柄を奪うのは実に簡単だと言わざる得ない。


 泥人形に囲まれたときの冷静な対応。

 十人以上の騎士が生き埋めになるところを救ったこと。

 火を焚き、漆黒騎士シャドウナイトを近づけなかったこと。

 敵の槍を奪ったこと。

 敵に火を放ったこと。


 すべては、たったひとりの老兵がやってのけたのだ。あんな人が隊長だったら、よかったのに。気さくで力が強く、安心して身を任せられるはずだ。


 ライカは遠くを見るような目で、命を救ってくれた勇気ある老兵を眺めた。


(ありがとう、ダリル。でも……今回の手柄は、もらっておくよ……それで、もし俺が昇進したら、貴方みたいな立派な騎士になって、成果報酬を求めず、命に代えて部下を守る。だから俺も、礼は言わない)

 ライカは……クズだった。


         ※



 以前のローズであれば封印を解くたびに喜びを感じていたが、今では苦しみのほうが増していた。逆に黒騎士のトラップを解けば解くほど、心がむしばまれていくような感覚すらあった。


 足を負傷した剛健のカレスと、深手を負ったが命を取りとめたジャンは、野営地に戻ることになった。

 後ろめたい気持ちを背負わずにはいられなかった。もう少し早く、トラップに気づいていたら――自分はどこで間違えたのか。もっと、感覚を研ぎ澄まさなければいけない。

 もっと上手く、もっと早く解封師の仕事をこなさなければ。


「約束を果たした」

 八人の騎士の顔に白い布が被せられると、ダリルは言った。

「黒騎士を一歩も通さないという約束を立派にのぉ。少し休んだほうがええ。ミルコ隊長は、ローズにばかり大役を押し付けとるように見えるぞぃ」

 

 うめき声を漏らすようにローズは言った。

「続けます……続けさせてください」

 

 ローズの頬を、雨が濡らした。

 雨はとっくにやんでいた。


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