第20話 樹輪の宝珠

 

 結論から言って、指輪の回収は不可能だと神父は言った。

 それを告げた娼館の占い師〝節制の女神〟も、三日前にこの街から姿を消している。

 

 ミルコは峠の戦いに向かい、休息を求めたはずのローズも峠の戦線に駆り出されている。文句も言わず……正式な白騎士でも、ミルコの部下でもないというのに。

 

 雷光に変わる高濃度アクセサリーを探さねばならない。

 心当たりがないわけではない。アネスは爪を噛んだ。

 水の指輪、風の指輪、賢者の石。あるいはロザロ教会の聖堂にまつられている樹輪じゅりんの宝珠。

 指輪に加工するのは惜しい気もするが、問題ではない。



      ※   ※   ※


 小さな男と黒髪の若い女が、ロザロの参道を歩いている。女はこれ程ゆっくりな足並みはでは、火を灯さないと教会に着くまでに真っ暗になってしまうと思った。


「不本意ですが、過去を偽っていただく必要がございます」

「自分から娼婦だったとは言わないわ。実際、体を売ったことは五回や六回……ってこともないけど」


「マグダラのマリアが若き日々を放埓に過ごしていたという説もございますれば、恥じることはありません。されど、サマー。貴方はローラさまとあまりに近い立場にあられた。彼女の意図では無いにしろ、協力者であると見られるのは必至」


「じっとしてられないよ。ローラはスパイの正体を知って、街を出て行ったのよ。しかもスパイの親玉は〝吊られた男〟っていうじゃない。私が吊るしあげてやるわ」

「……どこから、そのような自信がうまれるやら。なんの武器もない女中が」

「あら、女の武器を知らないの?」


 ラルフはいつかの晩、彼女の豊満な谷間に紙幣を挟んだことを思い出した。


「その軽薄さ故、貴方を見張る必要がございますれば……」

「敵の目的とか正体を探るとか、あるでしょ? やることが。あなた、ロザロ教会を預かる身なのに何もしないつもりなの? しないで済むつもりなの?」


 ラルフは無表情に答えた。

「……巡り合せを恨みましょうが、この事実を知るものは大都市に、我々二人だけでございます。手前も出来るだけのことはさせていただくつもりです」



         ※   

 

 神父とサマーは、ロザロ中心部に位置する教会に入る。高い塀に囲まれ木々が植えられた広大な庭の奥に、長く伸びた階段が見える。十字架のたてられた中央棟は、高く神々しくそびえている。

 サマーは、美しく立派な建物に目を惹かれた。


 粛々とした中庭には、幾人かの修道士の姿があった。いつもは静まり返っているはずの時間に、あわただしい気配が流れている。修道士のフウロとウォルドは、神父の元に駆け寄った。


「神父様、兵舎より夕刻に白馬が連れられまして……ひどく弱っております。今しがた、医療室に運び込み、チコリとロセニアが治療にあたっております」

「なんと? 白馬を医療室にと言いましたか?」

「そ、それが、白馬は一角獣ユニコーンにございます」


 階段を駆け上がり聖堂を抜け、医療室に入る。大きな敷布が広げられ、鈍い蝋燭の灯りが照らしていたのは、ちぢこまって寝ている一頭の白馬だった。


 両耳の間、額の中央には、確かに一本の角が伸びている。王家の紋章にも描かれる神聖な生き物が、目の前にいる。その白馬が弱っていることに神父は不安を覚えた。


「驚いた……ぐ、具合はどうですか? ロセニア」

「はい、神父様。脈拍が落ちています。しかし、何かの前兆でしょうか」


精霊魔法フェアリーエイドを続けなさい。外傷が無いのであれば、回復魔法ヒールも使いましょう」


「神父様、私も何か手伝えますか?」

「サマー、ではチコリと一緒にお湯と綺麗な布を用意してください」


 二時間か三時間、サマーが厨房と医療室を往復させられるうち、治療は終わった。


「大分、落ち着いたようです。神父さまはお休みください。容態が変われば、チコリを部屋に行かせます」

「よろしい。このことを知っているのは?」

「修道士二人と、修道女二人、あなた方だけです」


 ラルフは蝋燭を持って自室にこもった。途中、サマーを個室に案内し寝間着を用意し、おとなしく寝るように促した。


 しばらく、ラルフは暖炉にあたり仮眠をとった。長時間の詠唱で、疲労困憊していた。


(だが……誰が、あの一角獣を教会に運ばせたのだ? ミルコ様は峠の野営地にいるはず)

      

         ※



 ラルフは重い体にムチをうち、ふたたび医療室を訪れた。


「!?」

 死体が二つ。ひとつがロセニア、もうひとつは小さい、チコリ。どちらも、マジックアローによって心臓を撃ち抜かれ、死んでいた。

 神獣の姿が消えている。


 ラルフは足音をさせないよう聖堂に向かう。犯人はまだ教会内にいる。

中央に掲げられた十字架の元に〝樹輪の宝珠〟が祀られている。犯人が誰であろうとこの教会で狙うのは、宝珠以外にない。


 ただし本物は地下室に安置されている。

 聖堂の入口と脇に修道士の死体があった。見るまでもなくフロウとウォルドだ。


「本物を出して貰おうか」

「――手の込んだことをしますね。ヴィネイスのスパイ、アネス・ベルツアーノ」

「ふん、知っていたか。やはり信用ならん」


「手前がやすやすと宝珠のありかを話すとお思いでしょうか?」

「本気では思っていない。だが、これでどうだ?」


 魔女は寝間着姿のサマーを見せた。口と手首に荒縄を巻き付け、喉元には小刀を突き付けている。


「いやはや、神の御前でそのような行為に出るとは……して、宝珠をお渡ししたところで、娘と手前が生きて太陽を拝めるという保証が、何処にありましょうか。どちらにしても助かる見込みがありませぬ」


「駆け引きではないぞ、神父よ。私は宝珠を出せと命令しているんだ」

 アネスは甲高い声を上げ、サマーの白い寝間着にグサグサと刃を入れた。血で浮かび上がった模様が白い服を、赤い花模様に変える。


「どうだ? 貴様も同じように無惨に殺されたいか?」

「………助けてくださいませ。関りの無い娘です」

「ならば、すぐ出せええっ!!」


「手詰まりですな。分かりました、地下の宝物室へご案内しましょう」



        ◇◆◇



「神父様、兵舎より夕刻に白馬が連れられまして……ひどく弱っております。今しがた、医療室に運び込み、チコリとロセニアが治療にあたっております」

「なんと? 白馬を医療室にと言いましたか?」

「そ、それが、白馬は一角獣ユニコーンにございます」


 階段を駆け上がり聖堂を抜け、医療室に入る。大きな敷布が広げられ、鈍い蝋燭の灯りが照らしていたのは、ちぢこまって寝ている一頭の白馬。

 両耳の間、額の中央には、確かに一本の角が伸びている。王家の紋章にも描かれる神聖な生き物が、目の前にいる。


 その白馬が魔女の作り出した幻影だと神父は知っていた。


「治療は、手前一人で充分です。これは機密事項ですので、修道士はすべてこの教会から退去してください」

「は? ら、ラルフ神父。何をおっしゃいます」


「大丈夫です。神獣は精霊魔法フェアリーエイドしか受け付けません。人が近くにいては本来の治癒能力が働かない故、手前が聖堂で祈るのみ……心配はありませんよ。チコリ、このことは他言無用です」


「……わ、分かりました。我々は近くの民家を借りて静かに祈りを捧げましょう」


 サマーは横たわる神獣を前に、神妙な表情を浮かべる神父をみた。

「私はここに居ていいのかしら……」

「無理強いはしませんが、心の準備がおありなら聖なる腕輪をはめてただきたい」


 彼女は銀で出来た対の腕輪を渡されると、器用に両手首にはめる。

「この聖堂に祀ってある宝珠はご存じですな」

「はい。樹輪の宝珠ですね」


「その効果を知るものは、少ないですが……死したものが一度だけ復活すると云われる、輪廻の宝珠です。これに祈りを捧げれば新獣に効果がありましょう」


「ラルフ神父。それで、私は何をすれば?」

「――何も。手前が勝手に楽しませていただきますゆえ」


 腕輪は、カチャンと音を鳴らしくっ付いた。呼吸が乱れ、胃が限界以上に持ち上がる。血の気が引き、吐き気がする。全身の力が抜け、立っているのがやっとだった。 


 物音ひとつしない部屋に神父の怒声は響いた。

「この売女め! 貴方が節制のスパイと知らぬと思ったか」

「なっ、何よ! 人を呼ぶわよ、叫ぶわよ!」


「無駄だ、バカな娼婦。わざわざ手前に近付くとは愚かな。じっくり聞かせて貰おうとしましょう……その体にね。さあ、来なさい」


 蝋燭の火が落ち、部屋は暗闇に覆われた。医療室に一角獣の姿は無く、魔女アネスが扉を開いた。


(娼館の女に先回りされては堪らなかったな。しかし、あの神父。本当のクズと見える……くっくっく)


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