第18話 死神

 一日前。

 マンサ谷の村長は、吊り橋を渡り黒騎士のリーダーと交渉の席に着いた。村一番の剛腕ジョゴ。剣の使い手マソスや魔法使いケーシー、農夫バイスといった年齢のバラバラな五人が、テントに招かれた。


「交渉はゲームではない。隠し事や裏があっては決断できるものも出来ますまい。まずは、自己紹介を。わたくしのことは、気軽にベインと呼んでください」

 黒騎士のリーダーは、頭蓋骨に革だけを張ったような薄気味悪い男だった。黒く磨き上げられたリングメイルに黒いマントを羽織った痩せた男だった。


「温かいお茶を前に、武器もアクセサリーも不要。まずは、これをご覧ください」

 黒騎士ベインは天幕を外し、狭い平野に野営している黒騎士の部隊を見せた。ケーシーはざっと見て千人はいる兵士をはっきりと見た。この軍勢が、攻め込んでくれば小さな村などひとたまりもない。

 

「わたくしがお救い申し上げようというのは……」

 部下に幕を戻させ、ベインは続けた。

「今までの戦争の歴史に心を痛めたから、等というつもりはございません。疑問に思ったからです。死に対して」


 村長は唾を飲んだ。

「何にだって?」

 彼は肩をすくめた。「死ですよ。貴方は輪廻という概念を知っていますか?」

「あ、ああ。生まれ変わって、命は廻るという考えだ」


「その通り、ならば死してヴィネイスの民となることもある。つまり、死の前に我々は平等であるといえます」

「時間稼ぎの戯言だったら、他所でやれ。これでも我々はステイトの民だ」

 剣士マソスは言い放った。


「ほっほう、血気盛んな者もいるようですな」

 ズタ袋が運びこまれると、テントに悪臭が広がった。

「わたくしは、優秀な人間は死ぬ必要はないと考えています。死ぬべきではないと……我々は、協力できることを模索するべき時にきている。このような悲劇がくりかえされない為に」

 

 浅黒いズタ袋が広げられると、そこには行方不明になっていた村人たちの生首が入っていた。


      ※  ※  ※



 資質を表すタロットカードには様々な解釈がある。

 一つの物語として見ることも可能だ。誰しも『愚者』のゼロで始まり、最期には二十一番のカード『世界』だけが残る、というように。

 

 問題のカードは九番目だ。

 その前には『力』を表す八番目のカードが存在し、大きな楯となるであろうことが読める。

 このスキルは、単純に腕力が強いという意味ではない。『力』のカードの真の価値は、相手の意志や行動をコントロールすることにある。


 この猛獣を手なずけているカードの絵柄にもあるように本当の力とは、思いやりと寛容な精神にしか宿らない。

 『力』のカードの本質は優れた説得力にあるといえる。


 あとには『運命』のカードがきられ、『正義』を求める存在へと成長する。勿論、運命の輪が上手く回らなければ物語は終わりだ。

 

 もし、この説が事実であれば、十二番目『吊るされた男』と『死神』が障害となって現れるだろう。


『節制』を持つ仲間は、隠者に希望を与えるが、『悪魔』と『搭』で戦う運命からは、逃れられない。

『星』は奇跡を、『月』は恐怖と不安を表す。


『太陽』は成功と栄光。そして『審判』が下され――二十一番目『世界』を変える真理へとたどり着く。


「これが隠者の背負った運命だというが、これ以上こまかく説明したところで君は、この予言を理解しないだろうね、マリッサ」

「ちょっと、難しいわ」

「理解しないだけでなく、僕の専門知識は抽象的すぎると愚痴るだろう。更には無駄な学問だとバカにするに違いない」


「あははは、その予言はあってる」

「こらこら」


 現在――吊り橋を渡る、十五人の中にマリッサはいた。いつか聞いたケーシーの授業をきちんと聞くべきだったと後悔していた。後半を、かなり端折ってもらったのが残念でならない。

「心配しないでいい」横からケーシーは言った。

「僕は絶対に君のそばを離れないからね。それに、あのテントの向こうには村長おとうさんもいるから」


 遠くに、もう一つの吊り橋から五人の村人が引き返してくるのが見える。

「残念ながら、テストに合格しなかった者たちだ。連中は、優秀な協力者を集めている。だが、捕虜になって敵に利用されるとしても、我々は生きるべきだ」


 振り返ると村には、彼女たちの次に渡る十五人の村人が待っている。従順で無垢な善人ばかりの村、そんな故郷の村が愛しくうつる。

「うん。ケーシー、貴方を信じている」


 橋のたもとに着くと、長槍を持った黒騎士が村人を一列にならべた。

「今から簡単な試験をする」擦れた声の主は黒騎士の中隊長だった。


「この課題をクリアした人間は死なすには惜しい人間だ。ヴィネイスは優秀な人間には敬意を持って対応する。相手がステイトであろうとだ」


 マリッサは課題の紙切れを受け取った。テントの中で魔力のある武器を指せ、とだけ書いてあった。すぐに自分の順番がまわってきた。


 彼女は案内に従い、テントに入った。小さな机に棒きれと、半月刀、リングピアスが並べてあり、背の小さな騎士が見張っている。

 余りにも簡単な問題だった。字が読めるか確認するテストなのかと思いながら、そっとリングピアスを指す。

「行け。右手に進め」

「………」


 言われるまま彼女は進んだ。谷から吹き降ろす北風が髪を乱したので、手で覆った。ホロ付きの馬車の後ろには、一回り大きな屋形馬車があった。

テントと馬車に遮られ、風の少ない中庭が造られている。


「ケーシー!」

「おお、来たね。村長もそこにいるよ」

「すごく心配したわ。先にいっちゃうんですもの」

「心配するなと言ったろう」

  

 中庭を黒騎士が二十人ほどで囲んでいた。

「なんと優秀な民族だ。ここにいる七人のステイトが課題をクリアしたぞ」

 黒騎士ベインは拍手をした。

 鼻で笑いながら周りの黒騎士からもパラパラとした拍手が起きた。


「残念ながらクリア出来なかったものは、一旦村へ戻って貰う」

 ケーシーは誇らしげにマリッサと村長を見た。村長は微笑みを浮かべうなずいた。答えを誤った村人たちは、ぞろぞろと村へ引き返して行った。


「では」隊長は残った村人を見まわして言った。「残った全員は天に召されることを許そう! 与えようではないか、名誉ある死を!」


 黒騎士が一斉に剣を抜き村人たちに斬りかかった。初めの何人かは意味も分からないまま串刺しにされ、音も無く膝を付いた。


 状況を飲み込んだ者は、慌てて逃げ出そうとした。あるものはクビを跳ねられた。あるものは足元をすくわれ転ばされたところを刺された。生暖かい血しぶきが飛び散り、ケーシーの顔にかかった。


 やっと血の匂いが辺りに充満したころ、マリッサの絶叫が谷に鳴り響いた。だが北風に阻まれ、その声は村には届かない。

 ケーシーはマリッサと村長を交互に見ると叫んだ。


「嘘だ! 嘘だ! どうしてだ! 何故なんだ」

「黙れ、そんなに理由を知りたいか?」

「そうだ、僕たちは優秀ではなかったのか?」ケーシーは跪いた。


「お前らは優秀だったさ。だから死ぬのだ」

 単純な嘘だった。テストと言って呼び出し、半分を殺す。邪魔になりそうな人間から先に殺せば、後の仕事は楽になる。

 軍隊など存在しない。黒騎士ベインの見せたフィールド魔法に乗せられたのだ。


 マリッサは涙を浮かべ、綺麗な刺繍のベストを両手で必死に抑えていた。指先の間からはピンク色をした臓物が飛び出していた。 


 ケーシーが最期に見たのは真上から降り下ろされる黒騎士の剣だった。


        ※



 リウトは馬を引いていた。目の前の平らにならされた田舎道を見ながら、村人を次々と村の外に向かって誘導していた。

 急いで吊り橋に向かいたかったが、同時に村人を救うというマリッサとの約束を守らなければならなかった。


「何か聞こえるわ」村人の妻が言った。「叫び声じゃないかしら」

「聞くな」夫がみんなに言う。「神に祈るんだ」

 村人達は子供の手を握りしめ、じっとリウトを見ている。 

 

「やっぱりテストなんてインチキだ。村人を全員、非難させてくれ」

「分かった。全員で声をかけて非難させる」

「俺は吊り橋に行く」


 リウトは走った。力いっぱい、全力で。下り坂を転げ落ちながらも、足を止めずに。

 川沿いにいた村人たちに声をあげた。

「マリッサはどこだ!」

「テストに行って戻ってない」


「ど、どういうことだ?」

「ケーシーと川の向こうに行ったままだ。それで、合格した人は向こうに残るんだ」

 向こうで何かあったってことか。


『リウト、私たちはもう助からない』


 マリッサの声だった。腕輪を通して声が届いてくる。

「い、いますぐ助けに行くっ!」


『駄目よ。もう助からないっ……て言ったでしょ』

「そんなっ!」


『今…からトラップを発動して、吊り橋を…落とすわ。村のみんな…を導いて』


 吊り橋に張られたロープは、言葉どおり、次々と切れていった。固く太いロープが大蛇のように跳ね回った。


『あなたは…間違ってなかった。やっぱり私の信じたっ…とおり、…っく』

「マリッサ、死ぬな。死なないでくれ」

『わかったの。貴方…なのよ。貴方…が変える…のよ』

「なんだ、何言ってるんだよ」


『貴方に…会えて幸せだった。あなたの…運命、あなたの…資質カードを信じて』

「俺の資質カードって、何のことだよ」


『――九番目のカードよ』

「………」


 橋は完全に崩れ落ち、マリッサの声は聞こえなくなった。


「む、向こうに残った人たちに何かあったんだっ。こ、殺されたんだ」

「逃げろ、黒騎士はしばらく川を渡れないぞ」

 村人たちは、状況を理解してすぐに逃げる準備をはじめた。

 

「ほら、あんたも逃げろ」

 村人がリウトの腕を掴んで言った。


「ま、マリッサ……君は」

「死んだろうよ。でなけりゃ、神に祈るしかないだろう」


「ああ、分かったよ――祈ろう」 

「逃げろ! 逃げろ!」

「だけど……神が……神が……バカの祈りを聞いたためしがあるかよっ!」


 それからは一言もしゃべらなかった。ただマリッサのくれた腕輪を握りしめ、無力な自分を呪った。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます