第17話 マンサ谷の娘

 議論はそう長く続かなかった。ほとんどの意見は、ケーシーと村長を信じ村に残るというものだった。全く数列を解けない老人や子供たちも村に残りたいという始末だった。

 逃げることは無理だと思ったのだ。リウトに賛同して村を出ようという人間は居なかった。


 ケーシーは何もかも覚えていた。リウトが大学でどういう立場だったか、どういう人間だったか。誰とも対等に関わることすら出来ない劣等生だった時代を知っていた。


 村人の一人がリウトを突き飛ばした。リウトは力なく後ずさりをすると尻もちを着いた。

 忘れていた訳じゃない――忘れたかった事は否定できないが。マリッサが駆け寄りリウトの前に屈み込んだ。両手を差し出し、その手を握った。

 彼女の手は柔らかく、暖かかった。


「し、知っていたのか? 君も俺がバカだって」

 リウトは少女の胸の刺繍に目をやった。まっすぐ彼女の顔を見られなかった。


「……ごめんなさい。でも、恥じることじゃはないわ」

「君を助けたいんだ。一緒に行ってくれるね」

「そ、それは無理よ」マリッサはちらりとケーシーを見た。その目を見れば、この頼みが無駄であることは明らかだった。


「……彼と婚約しているの」

 マリッサの気持ちはケーシーに向かっていた。


 その晩、村の外で有力者達とケーシーは黒騎士のリーダーと交渉の席についた。そこにリウトは、参加させてもらえなかった。


 何も考えられなかった。慣れない山登りでひどく疲れていた。

 マリッサは何もしゃべらなかった。家に着くと、鍵のかかっていない自分の部屋へそのまま入った。


         ※


 しばらくは一人で泣きたい気分だった。家には村長もケーシーも居らず、とても静かだった。明日にも黒騎士が襲撃してくるかもしれないというのに、誰も普段の生活を辞めようとはしない。

 

 俺が少ない荷物を纏めていると、彼女の気配がした。

「出て行くの?」

「あ、ああ。どっちにしても何も準備が出来てない」

 彼女はずっと前からそこにいた。

「だれだってできてないわ。死ぬのに」

「死ぬ必要なんてない」

 

 彼女を見て驚いた。彼女は下着のような姿だった。

「なっ、どっ……どうして」

 簡単にかわせる動きだったが、その必要はなかった。マリッサは俺の胸に飛び込んで細い腕を背中にまわした。石鹸の匂いがして、温かい肌のぬくもりが伝わった。


「さっきの話し、本当なんでしょ」

「信じてくれるのか?」


「ええ……」

 彼女は俺にキスをした。ごく自然な流れのように。

「避けなかったわね」

「う、うん」

「あなたが寝てるとき、イタズラしてやろうと思ったけど、避けられたわ」


「それは、残念」

「偉大な魔法使いは、無意識でも危険を察知するって聞いたわ」

「バカでカッコ悪い魔法使いもいるよ。俺は初級魔法しか使えない」


「嘘よ。最高純度のアクセサリーを持ってる」

「ははは。でも使えない」


「知ってるわ。ケーシーから色々聞いているから。貴方は魔法使いじゃくても資格を持ってるのよ」

「愛を語る資格かな」

「ははは、バカねっ」

 

 リウトは教師の名前を聞いて、マリッサを抱く手を緩めた。ランプに照らされたオレンジ色の素肌に、すらりとした美しい体型が浮かびあがった。


「貴方に嫉妬してた」

 ――あなたのカードに。

「俺には何もない。君を連れ去る資格もね」


 マリッサはそっと目を落とした。連れ去って欲しいという気持ちは本物だった。婚約者が教え子に暴言を吐くのを見て、真実が見えなくなった。だが、知らなかったでは済まされない。村長の娘は、曖昧な態度をとる自分が許せなかった。


         ※

 


 夕暮れにドアが叩かれた。いよいよ、明朝に黒騎士の試験が行われるといって吊り橋がひとつ落とされたらしい。


 小さな馬車が二つ、止まっている。魔法数列とは縁のない、二十人ばかり、五組の家族が待っていた。

「あなたは、彼らを連れてロザロへ向かうのよ。みんなを助けてあげて」

「マリッサ、君も来るんだ」


「うふふっ、私は婚約者と行くわ。貴方には心に決めた人がいるでしょ。ずっと、うなされてるときに、聞かされた。ローズぅ、ローズうぅって」

 マリッサは、銀色に光る腕輪を見せた。

「あと、これをあげる。大事にして」

「魚鱗の腕輪? 皮肉かよ」


「アハハ、まあ、そうね」

 この腕輪は過去に見た記憶を再投影する、いわば学習アイテムである。授業や文献を繰り返し見るには絶好のアイテムだが、再生回数が少なかったり、映像クオリティが急に落ちたりするため、学生時代にしか世話にならないアクセサリーと言われている。


 彼女はこの腕輪で、今夜の記憶を忘れないで欲しいと訴えたかったのかもしれない。リウトはまだ目に焼き付いていた彼女の姿を思い出し、顔を赤くした。

村長とうさんたちが、戻る前に出発して」


「マリッサ……俺は……俺」

「つべこべ言わないで。貴方なら出来る、さっさと行って」


 リウトは馬車の後ろを通りロバの前に立った。年寄りだらけの村人はマリッサの希望通り、若い白騎士に従うと言った。

「俺が先を行く」

「ああ、よろしく頼む」


 日暮れ、林に差し掛かる道で小さな馬車から荷物が崩れた。長持ちが倒れ衣類や調度品が散乱していた。慌てて準備をしたのだから仕方がないとはいえ、先が思いやられた。

 

「大事な物だけ、持っていけよ。丘に向かっているんだ。坂を登り切れないぞ」

「あんたは、その腕輪があるからな。この村に代々伝わるお宝だ。それひとつで、相当な価値がある」


 リウトは着ていたチュニックの袖を捲って、村人に見せた。

「こいつは見たことがある。魚鱗の腕輪だろう」

 学生の時には欲しくて欲しくて堪らなかったものだ。

「付けて寝るだけで記憶が定着しますだの、有名な魔法使いはみな魚鱗の腕輪をしているだの噂があったな。そんな噂は全部――ただの宣伝に決まっている。インチキ、騙されて買うヤツはバカだ」

 

 実際に魚鱗の腕輪を着けても記憶を再投影出来るのは、一度か二度で、場合によっては全く投影されないこともあった。


「よくある話だ。だがそいつは本物の竜の鱗で作られた腕輪だ」

「なんだって?」

「何時でも、何処でも鮮明に記憶の世界へと飛べるうえに、記憶した画像は永遠に残しておける。不死のドラゴンの鱗を使っている本物だ」


 頭の中には、レンギル魔法大学の図書館が映し出されていた。書物の中には、意味も分からずパラパラとめくっていた本も山ほどあった。だが、リウトは四年間ですべての書物に目を通していた。


(そうか……見えるってのは、こういうことか。本を探そう)

 

 ヴィネイス――隠匿術インビジブル……フィールドにいる兵士を遠目から見えなくする魔法。フィールド内効果……隠匿魔法の効力増加。


 フィールド魔法――大群を見せたり、部隊を隠す魔法。蔓延する病気のように広がることから死神の魔術と呼ばれる。


(つまり昨晩、フィールド内に立った俺は、隠匿術かくれんぼの効力が増していたんだ。だから、黒騎士の目の前でも見つかることが無かったのか)

 

 雷光の指輪――加速魔法。いかずちによる攻撃魔法。雷雲による天候の変化。他、魔力増加。

(回避行動、予知能力が加速して現実を飛び越えたのか。それで妙な幻覚が見えていたんだ。頭や体を慣らすか、きちんと鍛えていなければ、到底使いこなせる代物ではないってことか)


        ※


 村人のひとりが聞いた。

「白騎士の兄さん、林を抜けても黒騎士はいないのか?」

「あ、ああ。丘に三人、その先は分からないけどな」

「どうやって知ったんだ」

「鬼だから……って、説明すると長くなるなぁ」


「農夫や木こりに戦えっちゅうのか?」

「いや、俺が先に行って何とかしてくる。あんたらは、俺を信じて指示するまで、待っていてくれ」

 

 昨晩、二十人以上いる黒騎士をリウトは見ていた。一度見た騎士をリウトが〝鬼〟と認識すれば、その騎士たちに見つからないようルートを割り出すことが出来る。リウトの生まれ持った特技である。


 完全に夜が更けたころ、ひとり丘に登ったリウトは短剣を握り、覚悟を決めた。

 

 素早く岩場に駆け込み、昨晩と同じ場所にいた黒騎士の首を掻き切った。

 一度見た光景の再現だが、今度は間違えたりはしない。


「………っ!」

 すぐ裏の岩影に立っていた騎士は、物音に気付き、ゆっくりと倒れている騎士に近づいた。


「おい、どうかしたのか?」

「……っく……っく」

 喉元を抑えながら蒼白になった騎士を見ると、片ひざを付いて様子を見た。

 その瞬間、騎士の後頭部に短剣が突き刺さった。


 もう一人いた黒騎士は、見晴らしのいい場所にいたため、リウトは正面から行くしかなかった。


「誰だ? 貴様は」

「……さすがに隠匿術アップでも、目の前に現れたらバレるか」


 黒騎士はロング・ソードを抜き、構えた。

 リウトはすぐに岩場に向かって逃げた。


「ま、待て!」

 一度彼を見失った黒騎士は、もう見つけることは出来なかった。

 岩場に誘い込み背後にまわると、短剣を黒革の鎧の間に押し込んだ。


「ぐがっ!」

 

 その黒騎士はなかなか死ななかった。三度目に短剣を刺したとき、やっと膝をついてその場に倒れた。

 死んだと思って、そいつの顔を見た。


「……っ、このクソ野郎……この卑怯者」

 口には赤い泡がついていて、喋り出すと血がガボガボと出た。リウトが短剣をぬくと騎士は死んだ。


 リウトは静かに震えていた。一人で三人の黒騎士を倒しても、少しも誇らしいことには思えなかった。


 夜が明けようとしていた。リウトは丘の上に立ち黒騎士が先には居ないことに気付いた。


(なんだ。なんだよ。こっちは、安全だ……そんな……そんな少ない人数で、あいつらは村を襲ってきたのか……)


 逃げ道は開かれている。

 村人は助かる。だが、間に合うだろうか。


 村を見下ろし、リウトはマンサの村に向けて走っていった。


 


 



 


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