第8話 老騎士と勾玉の剣

 最後に飯を食い、水を飲んだのはいつだろう。


 ダリルは剣を構えたまま、ほとんど動くことがなく二日たっていた。

 ゴブリンは近づけば不思議な剣が勝手に動き、反応することを学んでいた。


 なかに――業を煮やしたゴブリンが槍を持って飛び出すこともあったが、不思議なことに、軽く剣先を当てられて転倒させられた。


 激しくあたれば、激しく返され、場合によっては気絶してしまうゴブリンもいた。だが、当の老騎士は微動だにせず、じっと剣を構えているだけだった。


         ※


 半年前

 ダリルは 白騎士三人とともに森を探索していた。 昔よく母親と山菜をとりにきたのも、こんな森だった。


 二人の白騎士と一人の魔法使い。三人は楽しそうに笑い、若さを過信していた 。

 ダリルは馬を撫で手入れを終えると大きな荷物を担いだ。


 最後にシルバーソードに手をのばすと、若きリーダーのヴォルカが言った。


「爺さんには杖のほうが似合ってるな」

「やめなさいよ、老体に向かって」

「老体っつーより老害だけどな。なんで馬の世話なんてする? そんなのは魔法使いの連中がやる仕事だ」


「違うわ。一緒にしないで。厩舎で働いてるのは呪術師のたぐいよ」

「ハハ、とにかく爺さんはそいつら以下だ」

 勝手に二人で会話をしているのかとのんびりと聞き流していたが、どうやら自分の話しを聞きたいらしい。


「ああ。動物はわしに、よくなつくんじゃ。それにあんたみたいに噛みつかん」

「はん? 上官をバカにしてるのか」


「めっそうも、ありません」

「もう、いいじゃないの。荷物運びは必要よ」

「ああ、必要じゃとも。最近じゃ百人隊長にもよく褒めてもらえる」


「隊長もついに諦めたんだろうな。ヴィネイスを一匹も殺せやしない臆病者に」


 魔法使いは、まだ若い女でリーダーのヴォルカにくっついていた。ダリルよりもずっと若く背の高い男。茶褐色の胸毛がモジャモジャしたプライドの高い男だった。


 小さいがだだっ広い鼻をした目力のある男、グラウンは言った。

「あんまり、気にするな。高貴な産まれのヴォルカは初仕事が探索任務で苛立ってるんだ」


「ほう、あんたが用心棒ってわけか」

「だっ、誰に聞いた?」


「いや。剣に勾玉まがたまのアクセサリーが付いておったから、ピリピリ剣を使うんじゃろうと思って」

「変な名前を付けるな。スタンスラッシュだ」


「そっちのほうが、よほど変な名前に聞こえるわい。なんじゃって? タンスダンスか」

「ぷっ、箪笥たんすじゃなくて。まあ、いいや、名前なんぞどうでも」

 

 日が傾きかけたころ、それは起こった。

「ひゃあああっ!」


 二十メートル先でヴォルカの叫び声が聞こえ、グラウンが走った。老体とからかわれては堪らないのでダリルも急いで追う。


 森に自然と出来た窪地に死体が転がっていた。女は口元を抑え、グラウンは尻をついているヴォルカを抱えあげていた。


「う、動いてる。動いてるぞ、アンデッドだ」

 死体がうごめいている。

 アンデッドを見るのは初めてだった。泥にまみれて悪臭をはなち、うじでふくれあがった大きな眼をむけている。


「危なかったの。窪地に落ちたら、帰りはアンデッドになってた」

「冗談は言ってられないぞ、最悪のトラップをひいちまったようだ」

 死体があちこちでムクムクと起き上がっているのが分かった。


 すかさず女魔法使いはワンドを構えマジックアローを放った。

 しかばねは魔法攻撃を素通りするように、進んできた。命中率が低いうえ、的確に頭部に当てないかぎりダメージがないようだ。


「き、効かないわっ!」

「……当たっておらんからのぉ」

 決して素早い動きではなかった。


 ただアンデッドは鋭い矢尻を持って、まっすぐにヴォルカの心臓に押し込んだ。

「よけるんじゃ」

「ぎ、ぎゃあ! 貴様はすぐに迎えがくる歳だろうが、俺はまだ死にたくない」


「なんて失礼なこと言う」

 寸前のところにグラウンがしかばねを凪ぎ払う。やはり、腕を飛ばしたくらいでは、ダメージにはならない。返す剣ですぐに、かぶりつこうとする頭部を斬りあげる。


「落ちつけ、ヴォルカ。勝てない相手じゃないぞ」

 リーダーは腰を抜かし、くるぶしまで浸かる湿地に足をとられていた。


「泣いてるのか?」

「い、いやだ。こいつ、何の、何の躊躇ちゅうちょもなくこいつ……」

 初任務の洗礼だとダリルは思った。


 実際にあんな遅い攻撃が、避けられなかった。相手の、ためらいなく殺すという単純な行為を頭が理解しないのだ。そして意味のない涙が溢れ、自分を丸裸にされる。どんな訓練をしてこようが、経験に勝るものはない。


「ほれ、わしが担ぐ。敵は頼むぞ」

 パニックにおちいったのはヴォルカだけではなかった。女魔法使いは、すぐさまアンデッドに効果がある水属性の詠唱をはじめ、聖水を合成した。


「ホーリーランス!」

 矢のような流水がアンデッドを次々に吹き飛ばしていく。


「!!」

 倒れたのは一瞬だけ……屍はよろけながら、立ち上がりゆっくりと四人を取り囲んでくる。グラウンは唇を舐めた。


「たかが、動きの遅いアンデッドだろうが……な、なんで効かない。魔力が足りてないのか?」

「分からない。アンデッドと戦った経験はないけど、詠唱にミスはないわ」


「くっそぉ! 揃いもそろって役に立たないとはな。みんな俺の後ろについてこい。元居た場所まで引くぞ」

 ぞろぞろと寄り付く屍を左右に切り分けながら、必死に道を切り開く。


 グラウンの使うアクセサリー付きの武器には魔法スキルが付加されてる。効力は物理的な衝撃を与えた相手を気絶・失神、あるいは転倒させる能力。

 アンデッドが気絶や失神などするはずもないと思っていた。


「……えっ」

 無駄にスキルを使えば、それだけ気力も体力も奪われるのだ。


「……つかえっ」

 まとわりつくように襲ってくる屍を踏ん張りと手数で押し通す。


「ピリピリ剣を使えと言っとろーが!」

「!?」

 言われるままにグラウンはスタンスラッシュを発動した。すると、アンデッドはいともたやすく転倒し、転げまわった。


 後ろの老騎士が叫んでいる。グラウンは、酸欠状態になる寸前で背後を守る女魔法使いの姿を見た。


 アンデットは苦しむようにもがきながら動きを止めている。

 ホーリーランスの効果があったのか……。いや、女魔法使いは首をもたげて老騎士の後ろに隠れているだけだ。


 汗で乱れた髪をあげ、老騎士を見る。

 ダリルは荷物から取り出した白い粉を撒いていた。


「塩じゃよ。こいつらはアンデッドじゃない。顔をよくみてみい」

「はあ?」

 丸い目に丸い口を開け、よたよたと歩いている。

 ――うじ


 腐敗の進んだ頭部が熟しきっているものだと思った。いや、本能的な恐怖が屍の顔をよく見るという単純な行為を無意識に拒否していたのかもしれない。


 丸い目には乳白色の透明な蛆の腹が飛び出している。丸く開かれた口は――おぞましいことにヒルのように細かい牙が何重にも生えており吸いついて体液を奪う構造になっている。


「うげぇえぇ……なんだ、この生き物は」

「ワームスラッグじゃろ」


「聞いたことがあるわ」女魔法使いが言う。

「レアなモンスターよ。動物を食い荒らして頭部を奪い、自由に動き回るのよ。こんなに繁殖力があるなんて」


「分かったところで、対処は?」

「塩なら、もうないぞ。はやく逃げよう」

 

 息も絶え絶えに四人は森を進んだ。しばらくすると、初めに馬を降りた丸太が見えた。一頭の白馬がダリルに向けて走ってくる。


「よくきてくれたのぉ!」

「くっそ! なんで一頭だけなんだっ」


「……そりゃ、そうじゃろ。お前さん方は馬にリスペクトがなさすぎる」

「馬は貰うぞ。お前の図体はデカすぎる」

「は!?」


 グラウンは馬の荷物を投げ捨てて真っ先にヴォルカを乗せた。続けて自分と女魔法使いを乗せるため、武器も鎧も投げ捨てた。


「その勾玉のアクセサリーをくれてやる。礼はいらない」

 白馬は命令にそむけないため、さっさと三人を乗せて消えて行った。


 十日が過ぎ、自力で本隊に戻った老騎士は無断での単独行動を罰せられ十回のムチを受けた。ヴォルカやグラウンの姿はなく、既に別動隊に配属されたと聞いた。


 森では何も無かったことになっていた。

 女魔法使いだけは、まだ本隊に所属していたが名前も知らない女に会いに行く気力も無くなっていた。


 あのときの白馬だけが、ダリルを歓迎した。皺だらけでエラの張ったダリルの顔をべろべろと舐めた。


「本当に動物はよくなつくわい。人間は誰もわしの話しを聞こうとせん」



         ※

 

 今――ダリルのもとに一匹のゴブリンが大きなカバンを持って現れる。


 激しく当たれば、激しく返される。ならば、この老騎士に出て行ってもらうには、彼が坑道の奥で落としていったカバンを渡し、そっとしておくしかない。


 ダリルはカバンを受け取り、薬草や非常用の食事をそのゴブリンに渡した。自分よりも腹を空かしているいるように見えた。


「ギイイ……ッギ?」

「ああ、それは怪我をした仲間に塗るんじゃ。分からんかのぉ」

「ッギ! ッギ!」

「そうじゃそうじゃ」


「あとは……カバンに宝石が入っておるけど、おまえらは興味ないかの」

「キイイ。キイイ」

「綺麗、綺麗じゃな。あっははは」


「キッキキキ、キッキキキ」

「こっちこいか? まさか持て成してくれるのかい」


 老騎士は、剣を放し無邪気に微笑んだ。

 剣と手のひらの間に握り込んだ勾玉のアクセサリーがコロコロと転がり落ちた。


 幼いゴブリンは珍しい形をしたアクセサリーを拾うと、楽しそうにオモチャにして遊んだ。



 



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