第11話 亡霊の騎士

 ボロボロの布を纏った亡霊の騎士〝スケルトン〟は各々、ハンドアックスや鋼鉄の剣を携え、ヨタヨタと三人に向かって近づいてくる。


 リウトは剣を抜きながら敵を数えた。

 右に五体、左に六体――来た通路には百体にも及ぶ死者達がこちらを見て並んでいた。


「アネス!」リウトは既に走り出していた。「左右のスケルトンを何とかしろ。俺は部屋の入り口を押さえる。ローズは出口を探せ」


 頭を下げて剣をかわすと同時にスケルトンの肩を掴み、後ろを向かせると尾骨のあたりを蹴り飛ばした。扉の前でスケルトンは崩れ、うようよと密集していた何体かの死者は扉の後ろに押し出された。


 広間に続いた入り口はアーチ状の通路ひとつだけだ。ここから同時に攻撃にくるスケルトンには限度がある。

 今は時間を稼ぐしかない。

 トラップを意識せず鍵を回したのはリウトのミスだった。後悔の念を抑えながらも、スケルトンに剣をぶつけた。


 剣と剣がかち合う音が響くと、ローズの緊張感は一気に高まった。

 暗闇に閃光が走る。

 アネスが両手から放ったマジックアローはスケルトンの胴体をすり抜けた。


 魔法攻撃との相性は最悪の結果を招いたようだ。スケルトンはローズに剣を降り下ろした。

 寸前でかわしたローズはバランスを崩しスケルトンと体が密着した。実体のある亡霊に触れるとローズは少しずつ冷静さを取り戻した。


「足を使え、ローズ!」

 リウトの声が響き渡る。

「左のダガーはスピードだ。威嚇にも使え! 引き手を素早く」


 言われるままに、ローズはミノタウロスと戦ったリウトの足の動きを真似てダガーを振った。

 シュッ……シュッ……という小気味良い風切り音が鳴る。左手のダガーをスケルトンの目線におよがせると、スケルトンは目前のダガーに反応しているのが分かった。


「そうだ。ナイフの基本は動きを止めないことだ――そして相手より先に主導権を取ることだ」

 まるで見えているかのような指示だったが、リウト自身も他のスケルトンと格闘していた。

「右はトドメの一撃かターンに使う。やってみろ!」

 ローズは踊るように剣をかわすとクルリとターンをしてスケルトンのクビにダガーを刺した。

 ダガーは小さく〝シュッ〟とだけ音をたてた。陰鬱な地下の墓場に、まったく別の世界から、さわやかな草原のグラスウインドが吹き込んだようだ。


 少しだけ間隔を空けてから……スケルトンの頭部は胴体から落ちた。


「……やったわ!」

 リウトと女魔法使いが笑いだした。二人が笑ったのは、この極限に近い状況で恐れずやってのけた、この少女の不思議な大胆さと対応の早さに対してだった。


 風の属性を付加された武器ダガーは、瞬間的に使用者の素早さを上げるという。

 多くのナイフ使いは、その効果を発動させる手段として視覚以上に聴覚を重視している。


 ローズは無意識に風切り音を鳴らして、スケルトンの注意を引き、加速したナイフでクビを切断してみせた。

 その行為は、必死に戦う少女をよそに、見ている二人に笑いをうんだ。


「ふははっ! あと何体やれる?」アネスが言った。

「せ、せいぜい二体……いえ、一体、いや、無理無理無理!」

 今度は冷気を帯びた衝撃音が響いた。それは何体かのスケルトンが破裂する音だった。


「どいてな!」アネスは青く光る氷晶の指輪を使っていた。指輪からの冷気を纏い、スケルトンに殴りかかっていた。一瞬にして凍り付いたスケルトンは僅かな衝撃で粉々に弾けとんだのだ。


「こんな攻撃をしていたら魔力が持たない!」アネスの必死の声が聞こえた。「ローズ、部屋の奥に排気口か何かないか? 見てくれ!」


 ローズはステップを踏むようにスケルトンをかわし、部屋の奥に向かった。僅かな水の音が聞こえる。迷宮と言っても水や食料を通す道くらいは存在するはずだ。また時間との戦いだった。どこを探すのか、もっとも効率的な方法は。

 

 ローズは一番冷たい石壁に耳を付けた。井戸とつながっている狭い水路が真上に延びている。

「アネスさん、この場所を打ち砕いて!」

「よし! いくぞおおおお―――――っ」


 マジックアローが石壁に当たり火花を散らす。ひびの入った石をローズは両手を使って引っ張りだした。細かい石が手のひらに食い込んで出血する。


 小さい穴の向こうに光が見えた。

「こっち!」ローズは体をねじ込んで石の壁に潜り込んだ。

梯子はしごだわ。アネス! リウト! 梯子がある」

「先に行け」リウトが叫んだ。

「穴が小さ過ぎる……リウトが通れないわ。アネス、お願い」


「おう!」アネスの持つ氷晶の指輪は、薄青く輝いている。

「いっけええぇ!」

 無数の氷晶が石壁に打ち付けられ、壁の穴が広がっていく。やっと大人が一人通れる位の穴が開いた。


 言われるままに暗闇に伸びている長い梯子に飛びつき、落ちないように力いっぱい掴んだ。上も、下もどこまで続いているかわからない冷たい梯子だった。

 どこから来て、どこへ向かっているのか分からない鉄製の梯子である。


「はあ……はあ……」ローズは汗だくになって井戸の中の梯子を登った。


「んっく……」

 自分の血で、何度も足を滑らせては必死に梯子を掴んだ。とにかく、上がれるだけ。


 一番上へたどり着けば、リウトたちを救う算段がつくはずだと信じ、必死に腕を上げ続ける。自分の腕ではないような震えがおき、痺れがおそうたびに、くじけてはいけないと自分に言い聞かせた。


 生暖かい風が吹き込んでくる。出口は見えないが、道はある。


         ※



 リウトの剣が折れた。すかさず降り下ろされたスケルトンの斧を流れるように側転でかわした。だがスケルトンの斧はリウトの肩をえぐり取っていた。立ち上がった瞬間にはスケルトンの剣を手にしていた。


「ハハッ! いい所に落ちていやがった」

 リウトは上下に剣を振りスケルトンを薙ぎはらった。

 血と鉄の味が広がった。一度、同じ事を経験していた。かつて、妹に付けられた傷口から、あの時と同じ血の味がした。


 肩の傷がズキズキとうずいた。攻撃は感知できても、回避し続ける体力がもう残っていない。脱水と酸欠により意識が朦朧としていた。


 興奮状態のリウトは、あの日の貴族のダンス・パーティーを思い浮かべ可笑しくなった。音楽が鳴り始めると、妹はまっすぐリウトのそばに歩み寄り、手を握って頬を赤くした。


《お兄ちゃん、練習なんだけど一緒に踊ってくれる?》

 妹が、人生で一番幸せそうな笑顔を見せてダンスに誘ってきた夜だ。透明なショールをはおり、手には白い扇子を持っていた。


 踊って暑いときに扇いでくれるのかな? と聞いた。違うわ、笑うときとか顔をかくす為に使うのよ、と言った。

そんなことの為に? 高い買い物だと笑った。


 そんなモノで笑顔を隠す必要なんてないんだ。俺は、おまえの笑顔が見たいんだから。

 

 いつだって、いつまでだって、ずっと見ていたいんだから――そう思ったんだ。


《お兄ちゃん、勘違いしないでよね。練習なんだからね》

「リウト! 早く来い」女魔法使いの甲高い声が遠くに響いている。


《お兄ちゃん、ごめんね。いっつもいっつも練習に付き合わせちゃって》

「どうした、リウト!」


 ……はいはい、踊りましょうとも、麗しの我が妹よ。


「急げ! 床ごと崩れるぞ」

 アネスは梯子に手をかけたまま叫び続けていた。リウトは足をもつれさせながら必死に梯子へ向かった。アネスが手を伸ばす。


 石壁を抜けると同時に壁は崩れ、床が抜けた。何十体ものスケルトンが石に潰されながら井戸の底深くバラバラと落ちていく。


《お兄ちゃん、練習なんてウソよ。本当はお兄ちゃんと踊りたかったんだもん》


 飛び付いたリウトはアネスの手を掴んだ。

「手を離すなよ」瓦礫が崩れ、梯子だけが中に浮いているようだった。

「間一髪だったな」アネスは言った。

 リウトの手には黄色い指輪が輝いていた。


 ああ、麗しのロー……



「…………」


 アネスが持っていたのは、リウトの左手だけだった。

 手首から先はスッパリとナイフで切り落とされていた。ゆっくりとナイフを鞘に収めると、『手』から指輪を抜き取り、ベストのポケットに入れた。


 その『手』を真下の闇の中へ放り投げ、ローズに告げた。

「リウトが……リウトが落ちたわ」


 その顔は秘かに笑っていた。



 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます