第9話 麗しの妹

 ロザロ迷宮。先発の部隊に合流すべく地下へと足を踏み入れたリウトとローズ。


 沈黙を破ったのはローズの方だった。

「こんなに頼りになるとは思わなかった」

「バカは信用できるんだ。お利巧さんは裏切るけど、バカは裏切らないからな」

「ふうん。でも剣を使うのは得意じゃないんでしょ?」


「上手くは使えないんだ」

 リウトはバックルを器用に外すと腕をまくって見せた。手首から肘にかけて真っすぐに傷跡がある。


「ご、ゴメンなさい。知らなかったから」

「いいよ。それでも以前に比べりゃ使えるようになったんだ」

「どうしてケガを負ったのか、話してくれる? よかったら」


「ああ――そうだな。気分転換くらいにはなるか。話してやろう」


 俺には年の近い妹がいた。つり上がった目付きをしていて……まあ、少し特徴のある顔つき、というか。決して美人とは言えない顔だ。街ではメギツネなんて呼ばれていた。


 どこまでも続く迷宮のなかで彼はゆっくりと話し始めた。

 本当の名前は、ローラだと聞くと誰もが笑った。妹は俺よりたちが悪い人間だった。


 自分が醜いなんて信じなかった。俺は妹を馬鹿にした男たちを、片っ端から殴り倒さなきゃならなかった。

 ローズは、自分と似た名前の娘に興味を持った。


「続けて」

「やかましく泣く妹の声は聴いていられないからな。今思えば昔は喧嘩ばかりしてたよ。そして村で妹をメギツネと呼ぶ者は居なくなった。最後にはうるわしのローラと呼ばれた」


「勝ったのね」

「ああ。勝ちまくったね」

「ふふっ、新しいあだ名ね」


「ある日、妹と俺は貴族のパーティーに招待された。名前が知れわたったおかげさ。誰でも美しい名前の娘はパーティーに招待されるんだ」


 リウトは足を止め、ブーツの紐を結び直した。たいまつが降ろされると、先の暗闇が一層と広がるようで彼女も足を止めるしかなかった。


「まだ十一歳か、そこいらで産まれて初めてのパーティーだった。妹は何ヵ月も前から楽しみにして毎日ダンスのレッスンに付き合わされるはめになった」

「リウトがダンスを? 見てみたいわ」


「多分、想像してるダンスじゃないな」

 恥ずかしそうに頭を掻いて言う。

「馬鹿だからパコ村のダンスを練習していた。伝統的なやつ。俺のいた村にしかないやつでパコダンスっていうんだけど」


「あ、あら、そうなの。かくれんぼ祭りよりはインパクトないから大丈夫よ」

「大丈夫か、良かった。って何が大丈夫なんだよ」

「アハハハハ! そんなことより、続きは?」


「うむ。パーティーで貴族どもは麗しのローラ、私の求婚を受けてくださいますね。いや、求婚を受けて貰うのは私だ、と妹に言い寄った。妹は幸せそうに俺を見ていたよ」


「ふふっ……ませていたのね! 女性はパーティーで着飾ると別人になるものね」

「いいや――どうかな。俺はいいと思ったけどな」


「それに、呼び名が変わるだけで見た目なんて違ってしまうのかも」

「違わないさ。その後に待っていたのは貴族のガキどもの忍び笑いだった」

 ローズは眉をひそめた。


「段々と笑い声は大きくなった。最後にはハッキリと連中の言葉が聞こえた。あんな醜い顔をした女が、麗しのローラだとは驚きだとな。どれだけブスを集めても妹は跳びぬけて醜い顔をしていると言っていた」

「ひ、ひどい」


「連中にとって、あの求婚はほんの遊び。キツネ狩りという名のゲームだったんだ。忍び笑いは何時の間にか大笑いになった」

「……そんな。なんて男達なの」


「妹は戸惑った顔をしていたよ。だから、いつものようにクズどもを殴り倒さなきゃならないと思って、俺は立ち上がった」 

 ローズはゴクリと唾を飲んだ。


「すると、どうだ。ローラは騎士から短剣を奪って俺に斬りかかってきやがった。酷い形相で俺に叫んだ。『全部お前のせいだ! お前が私の悪口を言う人間をぶち倒してきたおかげで、私は今の今まで自分が醜いなんて信じなかったのだから!』ってね……」


 しばらく黙ったまま、リウトは自分の腕の傷をなぞるように指した。

「腕を切りつけられた」


 リウトは彼女が笑うだろうと思って顔を覗き込んだ。誘い笑いをしようと、ひきつったような声をだした。


「ひっ、ひひっ、可笑しいだろ? いまだに意味が分からねぇよ――おや? ここは笑う所なんだけどな。せっかく可笑しい話で、場を明るくしてやろうと思ったけど、ガキにはまだ分からない話だったか。どこが、面白いかと言うとな、妹は」

「…………あなたをかばったのよ」


「なっ……なんだって?」

「あなたをかばったんだわ」

「いやいや、妹はそんなタマじゃなかった」

「貴族の子供相手に、暴行をはたらいたら死刑になるのよ」


「いいや、俺は……」

 彼は手で顔の汗を拭った。

 先ほどとはうってかわり、真剣な顔をして足元をじっと見た。 


 真剣な表情の彼に向かって、これ以上馬鹿と言うのは酷だと感じた。風変わりな田舎の村で育った彼が、世間知らずだったのは仕方のないことかもしれない。


「俺は、なんだって構わなかった。だって俺はどこまでだって逃げられるんだぜ。かくれんぼの名人なんだから」

 ローズは彼の妹がどうなったか聞かなかった。いや、聞けなかった。貴族の祝宴で暴行を起こせば、永久追放か死刑と相場は決まっていた。


 ローズは思った。

 彼は間違っていたのだろうか。彼の優しさが間違っていたのだろうか。

 優しさが間違いだなんてことがあるのだろうか。


「妹さんを……愛していたのね」

「愛していただって? 俺はただ妹を傷つけたくなかっただけ……」

「ほら、やっぱり」


「そうか。愛っていうのか。なんてこった」

 リウトは妹の人生を思い鼻で笑った。

「……妹さんも、きっとリウトを愛していたんだわ」


「…………」

 リウトは白騎士たちに、こう呼ばれていた。劣等生、怠け者、影の薄い存在、卑怯者、逃げ足だけの頼りにならない男、騎士としては役立たずの運び屋と。


 ローズは思った。リウトは幼い頃から、愛する人の為に多くの敵を作って来た。多くの物を失って来たのだろうと。だから不器用なままで、人の気持ちが分からないままで大人になってしまったのだろう。自分の感情すら分からないまま。誰よりも愛を持っているにも関わらず。

 

この世界では、素晴らしいこころを持っていることは何よりも尊いことだとローズは知っていた。


 だから、彼女はそんなリウトを馬鹿だとは思わなかった。


         ※



 迷宮は何処までも長く、深く続いていた。何度となく落とし穴や、マジックアローといったトラップが仕掛けてあった。地面に散った砂やほこり、先発隊の足跡、わずかながらの痕跡を、見つけながら二人は慎重に最深部に近づいて行った。


「うっ……」

 岩ネズミの死骸が壁に沿って並べられている。ローズは口に手をあて、そこにしばらく立っていた。戦闘の痕跡は初めてだった。死骸が二、三十匹くらい続いている。


「先発隊は派手にやりあったみたいだな。騎士たちは無事のようだが」

「うん。一匹残らず死んでるわ」

「どうした? 大丈夫だよ、びびったか」


 左右にたいまつを振ってみせるが、生きているネズミの気配はない。ローズは地下の瓦礫に住み着く岩ネズミの死骸を観察した。


 リウトは本で得た知識をひけらかす気はなかったが、説明を加える。

「岩のような茶色い表皮は、まともに斬れないんだ。ひび割れに剣を突き刺して倒すのが、攻略法だってさ。あと、口の中をみてみろよ」


 緑色の口に牙は無く、濡れた研ぎ石のような黒い塊が見えた。

「変わってるだろ。ぐりぐりと蠕動して、固い昆虫とか草を磨り潰すんだ。なかなか醜悪だが、人を攻撃するには向いてない」

「それでも騎士たちを襲ったのかしら」


「一方的に殺されたように見えるな。岩ネズミはどうして逃げなかったんだろう? 俺だったら勝てない相手からは全力で逃げるんだけど」


 その疑問にわずかな魔力を察知した解封師が応える。

「侵入者を襲うように操られているんだと思う。わずかだけど魔力を帯びているわ」


 解封師は微弱に滞留していた魔力を感じ取ることが出来た。生態系の底辺で、醜くかよわく死んでいるネズミたちが哀れにも思えた。

 

「微細な魔力の痕跡は魔法を使う側の人間にも残るのよ。人間もこのネズミたちと一緒かもしれない」

「人間も岩ネズミと一緒で何者かに操られているっていうのか?」

「うん。魔力自体に、障害があるっていうほうが近いかしら」


「たしか、大学の書物で読んだことがある。魔力が無くならない限り、人間は戦争をやめられないっていう説があるんだ」

 リウトは岩ネズミの死体をまたいで言った。


 魔法大学に入れば、その根本にある魔力の根源や、さまざまなエレメントを研究する生活が待っていると思っていた。


 だが、現実には無属性のマジックアローを如何に早く、如何に高次元で発動させるかという体育会系な訓練が主だった。

 その後は空間歪曲魔法くうかんわいきょくまほうで、如何に攻撃をヴィネイスの脳天に喰らわせるかの訓練だ。


 いっそ、大学なんて呼ばずマジックアロー&アローグラス訓練所に名前を変えてくれたほうが、期待せずに済んだ。


 壁にこびり付いたまだらの血痕、むせかえるような悪臭がした廊下を過ぎ、二人は更に奥へと進んだ。


「たいまつを変えよう」

「いま、どれくらい来ているのかしら」

「折り返し地点くらいは来ているはずだ」


「はっ」ローズは目を疑った。「血が……」

 壁にかかった血を目で追うと、またもや騎士の死体があった。

「あっちにもある。三人死んでいる」


 大きな剣で突き刺されたような傷痕だった。

剣というよりは騎士が馬上で使う太い槍でもなければ、肉体にこんな穴は出来ないのではないかとローズは思った。


 石の廊下は広々とした細長い部屋ギャラリーに出たが、死体の匂いはこの場に留まっていた。

「残る我が騎士殿は、あと二人って訳だ」


 リウトは同胞である白騎士の死体を手でひっくり返した。いつか見た頬に傷のある男だ。もう一人いた髭面の男は見当たらない。


「そうか……岩ネズミは攪乱かくらん目的の、おとり役か。足元でこいつらにウロウロされたら、どんな使い手でも堪ったものじゃない」


「……何に襲われたのかしら」

 彼女が言うと、リウトは何かに目を向けた。

「犯人はあいつだ」

 たいまつを左手に持ち替えるとスラリと剣を抜く。

 

 ブモモモモオオオ――――……ビリビリと地響きのする雄叫び。

「迷宮には」リウトは無意識に独特なステップを踏んだ。

「……ミノタウロスか」



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