第7話 古代迷宮

 王都サン・ベナールに続く大都市、ロザロ。

 そこで一番高い建物が白騎士の兵舎だ。周りには立派な闘技場や劇場が並んで建てられている。市場や教会等の主要な建物は、この兵舎から均等な位置に建設されており、白騎士が街の中心、文化・生活、すべての中心であると知らしめているようだった。


 ローズにはそれが、ただの英雄気取りのように見えた。

 この高い塀に囲まれた兵舎の敷地内には独房棟もあった。


 螺旋の階段を上ると、石畳の道が真っすぐ伸びている。正面の門には守衛所があり、常に完全武装した騎士が二人、槍を持って立っている。


 そして、このロザロの街から北に二十キロ行くと〝地下迷宮〟がある。ローズはベルファーレの峠に向かう白騎士隊とは合流せず、迷宮に向かった部隊を追う事になった。目の前の金髪の青年と共に。

 この男の名はリウト・ランド。


 ピックとダガーの入ったベルトポーチはそのままローズのもとに戻された。指輪はワンランク上のものが与えられた。同じソロモンの指輪の模造品ではあったが。


 麻のズタ袋のような服は捨てられ、革の鎧とブーツが与えられた。一番小さいサイズの鎧でも大きすぎたため、革の生地は肩から裂かれ、ノースリーブになっている。


 元の状態を知っている者なら兵士の上着をワンピースに改造しているのは一目瞭然であった。とりあえずの代物ではあったが、体のサイズにあった革鎧を着て、髪をかっちりと固めた幼い少女は、否応いやおうながら衛兵達の目を惹いた。


 兵舎を行きかう騎士たちの視線は好奇心や関心を超えて、彼女をとらえて離さなかった。

 今まで感じたことの無い侮辱の目線。


 こちらに向けられてるのは非難の目、軽蔑の眼差しだった。番兵がささやき合っているくすくす笑う声が風に乗って聞こえる。かと思うと急に、荒々しい笑い声がどっと響く。


 ローズは自分が笑われているとばかり思っていたが、それは違ったようだ。


「おい、陰口たたくのはやめろ。俺は陰口が大嫌いなんだ」

 リウトが声をあげると衛兵を残して騎士たちはバラけて行った。しかめ面だったリウトがやっとローズと目を合わせる。


「ハーイ」

「ハ、ハーイ」

「ふふ、陰口が嫌いなんて知らなかった。陰口を言うのは大好きなくせに」


「言うのも言われるのは嫌いだ。もっとも言われたことはないけどな」

「うそっ、どうして?」


「大学じゃ面と向かって言われてたから、陰で言うやつはいなかった」

「……ぷっ」

 

見張りに立っていた二人の衛兵がゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「二人で地下迷宮に行くらしいな」

「え、ええ」

 うなずくローズを舐めまわすように見つめる大きな眼。


「ほう、この娘がミルコ隊長の言ってた解封師か?」

 二人の衛兵は朝焼けを背に、槍尻を地面に置き手持無沙汰にしていた。分厚い唇をした大男と、太って丸みを帯びた老け顔の男だ。


「こんな小さな娘を、頼りない貴様なんぞと共に行かせるとは」太った男が言う。

「ああ、隊長も酷なことをするよな」


 意外にもリウトが同意する。ローズは喧嘩っぱやい彼が衛兵に石でも投げるのではないかと内心ではハラハラしていた。


「無事に戻って来らると思ってるのか?」

「先に行った部隊の場所は詳しく聞いてる。合流するくらいは簡単に出来るんじゃないか」


「ふっ、どうかな」太った男は、リウトを見て顎をしゃくった。

「お前に、そんな甲斐性なんてあるのか。何十年も前から封鎖されてるロザロ迷宮だぜ。何がいるか分からないうえ、逃げ場はない」


「……だろうな」

 しばし考えたように分厚い唇が言った。


「逃げ足とずる賢さだけは一丁前だってうわさだな。誰も、お前とは組みたがらないっていうぜ」

「つまり、俺たちみたいな実力の無い若造が迷宮に向かえば無事では済まないって言いたいのか? おどしてるのか」


「あ、ああ。そうだな」

「だったら成功だ。行くのは取りやめよう」


「なっ……何ですって?」

 ローズがリウトに食い下がった。そんなことを勝手に決められたら、やっとの思いで彼を無罪にしたのが水の泡になる。


「ははは、止めとけって。内輪もめしても、バカは治らんぞ」

「くっくっく、最悪のチームだな」

「おっと、ミルコ隊長のお出ましだ」


 リウトと共に門の前に立つローズ。そこにミルコが歩み寄る。

「待たせたな。もう再会の挨拶は済ませたんだろ?」


「…………」ローズは黙って視線を上げ、コクリとうなずいた。一歩前に出たリウトが言う。

「隊長、迷宮まで解封師を連れて行く任務と聞きましたが……」


「ああ、見ての通りだ」薄笑いを浮かべて、ミルコが言った。

「最近じゃ、解封師を頼むと女、子供を寄越すんですか?」


「子供じゃないわ」

 ローズはうわずった声をあげた。

「子供だし、しかも女です」


 彼女は不満そうに顔を背けた。あけすけな物言いに唖然あぜんとさせられた。

「他の解封師にしてください」

「口の利き方に気を付けろ。この娘の実力は確認済みだ」


 ミルコは手を振ってリウトを黙らせたが、表情はゆるんでいた。面白がっているようだ。リウトはため息をつき、しぶしぶとうなずいた。


「貴様の運び屋の腕だけは、買ってやる。頼んだぞ」向きをかえローズを見ると、ミルコは言った。

「君にとっては野暮な仕事かもしれないが、地下から黒騎士が攻め入る可能性もある。充分に気を付けて行きたまえ」


「わ、わかりました」

 リウトは鼻を鳴らすと白馬を用意した。「一緒に乗るか? レディ・ローズ」


「いいえ、自分の白馬に乗るわ。あと文句があるなら、隊長じゃなくってわたしに直接言えばいいわ」

「ふんっ。迷宮が、どれだけ危険か知りもしないくせに」



         ※


 森の小道を何度か曲がりローズはリウトと共に馬を走らせた。厩舎で複数人の魔法使いから精霊の導きを受けた白馬は、乗馬の経験者でなくとも容易く乗りこなすことが出来る。 


 馬上で食事をするときは、揺れを抑えゆっくりと進み、急かせばその馬の限界以上まで走り続ける便利な乗り物である。


 どこからでも、厩舎まで帰るよう指示をすれば白馬は迷わずに帰っていく。


「ありがとう。気をつけてお帰りなさい」

 ローズは白馬に礼を言って首元を撫でた。

「いや、体調を整えて好きなだけ休んでから帰るといい。いままで魔力のせいで疲労を意識せず動き続けてきただろうが、それも終わる」


「そ、そうだったの……」

「ああ。精霊の魔法が切れれば、ヒズメは痛み、関節は曲がり、飢えと乾き、疲労が一気にやってくるだろう。魔法なんてそんなもんだ」


「知らなかった」

「知らない方がよかったか?」

「ううん。教えてくれてありがとう」

「礼はいらない」


 旧ロザロ遺跡の迷宮は森の中にあった。石垣は崩れ去り、ツタや枯れ木に覆われた瓦礫の山が放置されたままに置かれている。


 遺跡の裏は木々がなぎ倒され山肌が見えている。一階部分は老朽化で押しつぶされ、むき出しになった石柱が散乱しており、人を近づかせない雰囲気が漂っている。


 崩れた英雄の石像が立ち並ぶ先に、地下への入口があった。

 馬を降り、石畳を進むと地下に続く道の先に二人の騎士が倒れていた。


「止まれ。真っ直ぐ侵入しようなんて考えないことだ」

「詳しいのね」


「大学の書物は全部読んでるって言ったろ」

「そういうの、知ったかぶりっていうのよ」

「知らないよりマシだ」


「見て……し、死んでいるわ。うっ」

 息をのみ、こみ上げる吐き気を抑える。ここまで凄惨な場面は想像していなかった。


 リウトは死体に見向きもせず、天に向かってポーチを投げた。

 耳をつんざくような破裂音がしたかと思うと少し遅れて熱風が彼女の頬にあたった。 ポーチは跡形もなく引き裂かれ、焦げた匂いが立ち上がった。心臓が口から飛び出しそうになった。


「解除出来るか?」こちらを見もせず言った。

「マジックアローね。出どころが分からなきゃ解除しようがない」


「……そうか」

 リウトは呪文を唱えた。小さなガラス繊維の長方形のトレーが前方に浮かんだ。四つ、八つと折り重なって現れる。普通の魔法使いが瞬時に出す盾を、リウトは三分近く掛かって出す。


「これはアローグラスっていう魔法盾だ。俺の背中にくっつけ」

「う、うん。魔法、使えるようになったの?」

「いいや、複雑なやつは全然。立ち止まり詠唱だし」


 ローズはがっちりと彼のバックルを握り、肩越しにアローグラスを見やった。マジックアローがリウトの作り出した楯に当たるたび、火花を散らし、ビリビリと振動した。 


 二人は石像の道を通りすぎ、迷宮の入口に入った。古木がオレンジ色の石壁に埋め込まれている。


「……ここから撃たれている。固定された神木に宝珠が魔法封印されている。神木は壊せない」

「解除しておくわ」

「たのんだ」


 ローズは指輪の宝珠を内側に向けると神木に手をかざした。トラップ解除はランダムな魔法数列を一つずつ割り出さなければならない。時間と労力の掛かる仕事だ。


「ヒントをやるよ」リウトは石畳に座り込んで言った。

「数列はランダムとは限らない。小さな数から、大きい数へ――あるいは大きい数から小さい数へ向かう」


「どうして?」ローズが聞いた。

「まあ、ここを作ったヤツは完璧主義だった。数列にも美しさを求めたんだ」

「ふうん。人殺しのトラップに美学があったとでも?」


「迷宮とか神殿つくるやつは、大体いかれてるんだろ」

「ずっと封鎖しておけないの? どうしてミルコはここに白騎士を送りこむのかしら」

「古代迷宮には、お宝が眠っているんだとよ」リウトは大あくびをしながら退屈そうに言った。

「俺たちもお宝同様、眠っちまわないよう気を付けなきゃな。先に八人来ていると隊長は言っていたが、どうやら六人だな」


 二体の死体を差し引くと、先行している残りの騎士は六人。


 二人はたいまつに火を付けると更に地下へと進んだ。先発隊のおかげで、数か所にランタン蛍が浮かんではいるが、石の廊下がどこまで降りているのか見当もつかなかった。


        ※



「また死体だわ」

「さあ、用心しろ」

 リウトはポーチを投げた。ポーチは真っ直ぐに三メートル離れた地面にドサっと落ちた。


「遠距離攻撃は無さそうだ」

 右膝を付き騎士の死体を見る。窪んだ眼球の奥に血だまりが出来ており口の周りには吐血の跡がある。


「他に外傷がない……ポイズントラップか」

「壁に仕掛けがあるわ」

「見てみろ、石壁の隙間から毒霧が噴き出す仕掛けだ」


 通路の脇に四つの突起があり、組み合わせを間違えれば毒が噴き出す。


「何とかなりそうか。残り五人の騎士さまに追いつくのは何時になる事やら」

 ローズは四つの突起を一つずつ慎重に上下に動かしてみた。バネが仕込んであるレバーは二つ、もう二つには戻りバネが仕込んでいない。


 恐らく、二本の突起は部隊が前方に進んだ後にレバーが元に戻るように仕掛けてあるようだ。


 つまりバネの無い二本はこの位置で正解――動かす必要がない。


 ゆっくりと二本のバネに集中して動かしてみる。微妙に音が違う事がわかる。余りにも微妙な音――自分の心臓の鼓動音すら煩わしい。もう一度ゆっくりと突起を上げてみる。


 カチリ――……確かに音がした。ローズは額の汗を拭ってリウトを見る。遮るように長い腕を伸ばして、手を広げた。


「後ろを歩けって。自分の腕に自信があるんだろ?」

「あるわ、だからってあなたを実験台には出来ない」


「遠慮するなって」

 リウトはたいまつを握ると石の廊下をじりじりと歩いた――出来るだけ腰を低く構えて。

 自分の影がゆらゆらと揺れていて、亡霊が耳元で何か囁いているいるようなザワつく感覚を味わった。毒ガスの仕掛けは無事に解除されているようだ。


「大した腕だ」リウトは言った。

「脇に部屋があるが、ここも開けてくれ」

 石壁の脇に小さな扉があった。物置部屋のようで前を進んだ数々のパーティーも無視して行った扉のようだ。


「この部屋自体がトラップの可能性が高いわ」

「開けてみてくれ」

「ふふっ……迷宮の全部の部屋を見てまわるつもり?」


「何が可笑しい」リウトの目は真剣だった。考え込むような表情で壁に背をもたれて胸の前で腕を組んだ。さっさと仕事をやれと言わんばかりに片手を振った。


「ふうん。自分の方が、この迷宮に詳しいってひけらかしてるのね。でも、トラップは私の専門分野よ。書物が間違っているか、その本に書いてあったことを、リウトが間違って覚えていなければいいけど?」


 茶化してはいるものの優しくローズは言ったつもりだった。

「まあ。十六年生きてきたけど、誰も俺の言葉には耳を貸そうとしない」

「ほんとに自分の言葉か、ただの受け売りか……説明してから話しをすればいいんじゃないかしら」


 そう言った瞬間、彼の顔に浮かんだ悲しい表情を見て後悔した。

 すぐに何かを察した彼女は小さくうなずき、大きく潤んだ美しい目を向けた。


「わたしはわたしよ。他の誰とも違う。待って、開けてみるわ」

 ピックを取り出しシリンダーを押し込む。


 ローズは変わった手ごたえを感じた。直感的に解かる――この扉は開かない。

「この扉は」自分の声が震えていることに驚いた。

「ただ、扉が壁に埋め込まれているだけだと思う。開かない。何か別の場所でトラップが発動したみたい」


「ふふ、正解だ。一発でよく解ったな」

「わ、私をからかったの?」

「いやいやいや、今の解印で入口のトラップが再構築された。かわりに先のトラップは、いくつか開いたはずだ」 


「え? な、何してくれてんのよ、勝手に! 思わせぶりな態度までして」

「落ち着いて聞いてくれ。つけられてたんだ。見張られてる。ミルコは俺たちを信用していない」


「……あなたのせいだと……思うけど」

 彼女は両手を腰にあてて、まるで不愉快なものでも待ち受けているように顔をしかめた。


「はあ? なんで俺のせいなんだよ」

「隊長から聞いたわ。暴行、盗難、覗きに

横領、いままでよく罪に問われなかったって。私が頼まなかったら、とっくに縛り首になっていたのよ」


「……それは、脱走犯のお前の親父だろ? 指名手配されているって聞いたぞ。ノア・ジョードを無罪にしてもらう最後のチャンスを貰ったんだぞ」


「ええっ? そ、それじゃ隊長は私たちを騙したの?」

 口からため息が漏れた。


「どうりで、態度がよそよそしいと思った。本気で俺が罪人だと思ったのかよ」

「やりそうじゃない。と、とくに覗きなんて、あの特技を使ったらやりたい放題じゃない」


「ひでぇな! たかが覗きくらいで縛り首にされてたまるかよ」

「そ、それは否定しないんだ……やっぱり人の裸とか見るんだ。やだぁ! すけべ」


「ああ、すけべで悪かったな! それが俺だよ、役立たずでバカばっかりやってる。抜けられない堂々巡りの無限バカだよ!」


「そんなことない、そんなこと言ってないよ。リウトは自分のことを無能だなんて考えちゃ駄目よ。リウトの人生はこれから……きっと、これからなのよ」


 彼女は話の本筋から、あらぬ方向へ脱線していることに気付いて、片手を上げた。不毛な会話をしている場合ではない。


それに自分が彼を高く評価しているのが、ばれてしまうのも問題だと思って話題を変えることにした。


「ダリルのことは聞いた?」

「ああ。消息不明なんていってるが、ろくに調査はしていないと思うぞ」


「必ずロザロに来るって思うけど。隊長はダリルとお父さんが見つかったら必ず連絡してくれるって約束してくれたわ」

「ほほう。この先のお宝が、目当てだろうな」

「お宝って?」


「王家の保管していたアクセサリーだ。やばいのは間違いない。いやな予感しかしないけど、慎重に進むしかなさそうだ」

 ローズは目の前の蜘蛛の巣を振り払おうとした。その腕を乱暴にリウトが掴んだ。


「慎重にっていってるだろっ!」

「なっ、なによもう」

 ただの蜘蛛の巣――ではない。目を凝らしてみると糸状の繊維は生き物のようにゆらゆらと蠢いている。

リウトは、そっと拾い上げた木片で蜘蛛の糸を払ったように見えた。


 ストンと床に落ちたのは、糸の方ではなく切り裂かれた木片のほうだった。


「はっ!」

 もし、素手で巣に触れていたら指先はズタズタに千切れ落ちていただろう。ローズは声にならない悲鳴をあげて、後退りした。


 ズズズズ――……。

 糸は、逃げようとする彼女に掴みかかるように動き出した。尻もちをついて、這いまわる彼女の前に立ち、すかさずリウトはたいまつの火をあてる。


 蜘蛛の巣は煙を撒くようにして小さくなって消えていった。

「俺のたいまつより先には行くなよ」

「……と、トラップだらけってわけね」

 二人は更に奥へと足を勧めた。


 迷宮は暗く深く、ローズは息苦しさを感じ始めていた。リウトの案内が無ければ、平常心を保つことすら叶わない。


 逃げも隠れも出来ない場所で、信頼できるのは自分たちの勘と能力だけだった。


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