第5話 ゴブリンの巣窟

「あぶない、リウト。後ろ!」

 ローズはゴブリンのタックルを受け、叫びながら尻もちをついた。


 間近に見たゴブリンは、灰色がかった丈夫な皮膚を持ち、大きくつきだした下顎は彼女の細腕を簡単に砕いてしまいそうに見えた。


 真上に構えられた剣はそのまま後ろからの攻撃を捌いた。

 背後から降りかかったゴブリンの爪を腕ごと叩き斬った。リウトは背中に目が付いているかのように、攻撃に反応していた。


 そのまま、後ろ向きで剣を振り回しゴブリンを追い払う。素早くゴブリン達は、飛びのき距離を取ろうと試みた。


 クルリと向きを変えるとリウトはブン、と横一文字に剣を振った。なにを切ったのか分からないうちにゴブリンの腕が、二つボタボタと床に落ちた。


「俺、つえええ!」リウトは自分の剣技に驚いて吹き出した。

 思わず、心にもない恥ずかしいセリフが出てしまった。ずっと言ってみたかった重要なセリフのようだ。


「す……すごいわ、リウト」

 剣先がぐるぐると回り、ゴブリンに向けられた。しっかりと握った剣は左にまわり、右にまわりするうちに、真っ直ぐと敵に向かって突進していった。


「うっひゃああああああ!」

 リウトは歓声をあげていたが、実際には剣を握っているだけで精一杯だった。本人のイメージとは裏腹に、リウトが決死で戦う姿は滑稽な曲芸に見えた。


「ひゃああああ!」

「アイツ……どこに行く気だ?」ダリルがローズに手をかし起き上がらせる。


「大丈夫か」ローズは軽い脳震盪により焦点が合わないようだったが、慌てて頷いていた。

「ここは、リウトにまかせて正面の扉だ」


「ひゃあ! ひゃああああああ!」

 ダリルはローズの背中を優しく叩いた。

「この扉を開けてくれ、ローズ」

「う、うん」最後の扉のようだ。「簡単よ。内側からロックするタイプの、落とし猿よ」


「何だって? わしにも分かるように説明してくれ」

「待っていて」扉の左下に滑り込むように駆け寄ると、上下できる四角い棒状の〝猿〟と呼ばれる鉄の塊を引き抜いた。


「これで、開くはず!」

「お前がいなきゃわし達じゃ、そんなことも分からなかった」

 ダリルはドアを蹴り開けた。二人が飛び出すと、峠向こうの森へとたどり着いた。


「やったわ! 坑道を抜けたわ」大きく両手を振りあげて、歓喜の声を上げた。頭上にまばゆい光が溢れ、季節の木々の香りが広がった。ロザロの街に続く森へと繋がっている。


 リウトの姿が見えない。あの剣を持っている限り、倒されはしないと思いつつもローズは顔を強張らせた。ダリルも息を荒立てている。


「ふーっ。ここで待っているんだ。わしが行く」ダリルはくるりと向きを変えた。

「あのバカなお調子者を連れて帰って来るわい」

 


 キイイイ―――……キイイ――――……

 リウトはゴブリンに囲まれていた。四十匹もいるゴブリンの群れを一手に引き付け、最後の部屋の端から端まで駆け抜けた。


 彼は振り向くと大剣を握り、一番手近なゴブリンに激しく振り下ろした。


 ランタン蛍に照らされた薄暗いダンジョンに、叩きつけられた剣の音が鳴り響いた。

 リウトは叫び、跳ね回り、首を振って暴れまわった。


 鉛のように重たい腕は、しびれて上がらなかった。

 はやく、ここを出ろ。心の声が叫んでいる。

 この伝説の剣さえあれば、どんなモンスターに襲われようと対等に戦えるはずだった。しかしリウトの細い腕に、この剣は重すぎたのだ。


 どんな名剣でも扱う者のステータスが低すぎれば役にはたたない。リウトは死を覚悟した――死の恐怖に支配されていた。


 既に汗が乾ききって寒気すら無くなっていた。左腕の靭帯が切れている。右腕の筋力も完全に失われて、剣をもつ手はブルブルと痙攣していた。


 一匹のゴブリンが隙をみて飛び掛かる。

 全身の力を振り絞って剣を持ち上げるが、足元がふらつき剣は空振りされるだけだった。ゴブリンの鋭い爪がリウトの肩をかすめた。


 えぐれた肉の間から血が噴き出した。息は上がり目の焦点はどこにも合っていなかった。リウトは自分の血しぶきで足を滑らせそうになった。


 それを見たゴブリンはここだと言わんばかりにリウトに向かって牙を剥いた。食らいつくゴブリンを剣尻でガンガンと殴った。


 一度、二度、三度。バックルと共になん

とか、引きはがしたときには、自分の肉もそぎ落ちていた。

「いっ……て」


 なんてこった。せめてもう少し、こいつらを引き付けておかなきゃ……カッコ悪すぎる。


 そしたら、耄碌もうろくジジイとローズは無事にロザロに行けるんだ。あと、少し、あと少しだけヤツらを引き付けてやる。


「くっそおぉ! こっちだぁ!」

 リウトは恥も外聞も捨てて大声を出して転げまわったが、すぐさまゴブリンに掴まった。

 爪がリウトの喉元に達する瞬間――顔面に兜が投げつけられ、ダリルの声がする。


「情けないのぉ」

「ひ……引き返してきたのかよ」

「訂正せい」ダリルは剣を抜いている。


「こっちの剣を……使ってくれ」

「臆病者と呼んだことを、訂正せい」

 ダリルがアンサラーを受け取ると、警戒したゴブリンたちは二人から距離をとった。


「訂正するものか。俺をバカ呼ばわりしやがって。そっちが訂正しろ」

「ふふふ、するものか。先に行け、入り口でローズが待ってる。二人で先にロザロの街まで行け」


「ハァ……ハァ……あんたも一緒に行く」

「この剣があれば、あとでゆっくり合流できる。足手まといだと言っているんだ」

「本気か?」


「ああ、議論はしないと言ったろ。わしは出来ないことは出来ないというんじゃ」

「わ、わかった」


 リウトは駆け出したが、数十匹のゴブリンはダリルの剣を警戒して動けずにいた。

「この剣の」ダリルは剣をクルリとまわすと全身で道を塞いだ。


「切れ味を試したいんじゃが、向かってくるヤツはおるかの?」


 黙ったままリウトは最後の部屋を突き進んでいった。坑道の半分近くは瓦礫で埋もれているし目は霞んで、ランタン蛍も無い状態だったがリウトには出口がどちらにあるか分かっていた。


 温かい空気が流れ込んでくる、たったひとつの場所。

 まっすぐに坑道の扉を出ると外にはローズがいる。

 眩しさで視界は更に霞んでいた……彼女は低い姿勢をとり両手にグラスダガーを構えているようだ。


「そ、外だ……た、助かった」

 なにをしているんだ、と疑問に思う。

 リウトはびくりとした。

「!!」

 そこには二匹のゴブリンが無骨な槍を構えて立っていた。


 ゆっくりと殺そうと期を待っているところに自分が現れたようだ。二対二とはいえ、戦闘力、武器の様子から見て圧倒的に不利な状況である。


 明るい場所で間近に見るゴブリンの顔は猛り狂った動物そのものだった――縄張りを荒らされて怒っている野蛮な獣である。


「リウト! 助かったわ」顔に冷や汗をかいたローズが言った。

「……ま、まさか俺をあてにしているのか」

「あの剣はどうしたの?」


「ダリルに渡してきた」

「バカっ」

 泣きたくなる。さっきまで命がけで助けようとした女に罵られるとは。それもよりによって自分が一番呼ばれたくないバカという言葉で。この痛みは肩の傷か? ハートか?


「丸腰だ。ダガーを一本……貸してもらえませんかね」

「やよ」


「ケチ……ゴブリンに降参したら、どうなるんだろ」

「生皮をはがされて天日干しにされて、ディナーにされるに決まっているわ」

「おい、そっちの娘はガリガリで美味くないぞ」


 このまま何時までも突っ立っている訳にはいかない。ローズを守ると決めた以上、やることは決まっていた。自分に向けて二匹を惹き付けるしかない。


「こっちだぁ!」 

「リウト!」

 一瞬だった。ゴブリンは飛び出してきた青年の腹部めがけ、素早く槍を付いた――それも、二匹同時に。


「きゃあああああぁ!」

 ローズは、まさにリウトのはらわたから血が噴き出す瞬間、目を背けた。が、寸前で槍をかわしている。


 最小限の動きで、針が通るかというほどスレスレで。さらに、槍は執拗にリウトを襲うが、空をきるばかりでまるで当たらない。

 

 二本の槍がくるくると激しく動いているにも関わらず、リウトの身体をすべるように素通りしていく。

「…………?」


 二匹のゴブリンは確実に仕留めたと思った。既に腕も上がらないような瀕死の青年に、素早い動きができるはずはなかった。


 だが二本の槍はリウトの身体をすり抜けるように空を切り、最期には地面に突き刺さってしまっていた。リウトは右手を前に出して突っ立っているだけだ――間抜けのように。

 

 キイイイ―――……キイイイ―――……

「これか……賢者の石か」

ゆっくりと広げたその右手のひらに、その石はあった。


 菱形に輝く宝石――賢者の石。

「こいつは潜在能力を引き出すと言われている」

 リウトはローズの「?」の視線を受け止め、続けた。

「ってことは、これが俺の本来の能力……おえぇゲゲホ」

 乗り物酔いに近い状態になっていた。ズキズキと頭が痛み出すと急激な吐き気に耐えきらず、朝飯を噴き出した。


「ゲエッホ、ゲホ……うあぁ」

 リウトは何かに取りつかれたように天を仰ぐと、ひき付けを起こしたように体を震わせて叫んだ。

「う、うああああああああああああっ」

 

 ――キィイン―― 

手元の賢者の石が砕け散った。


「どうしたの!」ローズはリウトの目が真っ黒になっているのを見た。「何を見ているの? リウト!」


 巨大ピラミッド、いやパスカルの三角形。フィボナッチ数列、ピタゴラスの定理――大嫌いな数字が、リウトの頭の中に流れ込んできていた。

 その先には見たことも無いような大樹が現れる。

 いつか本でよんだ「ユグドラシルの樹」というワードが頭によぎる。そして、その真上には大きな白い球体が浮いている。

 

 太陽でも月でもない大きな球体だ。そこから光のシグナルのようなものが世界中に飛び回っている。


「これは、なんだ? これは魔力の源なのか……見た。俺……」

 ローズは、リウトの肩を掴んで力いっぱい揺すった。 

「手が届きそうだ……」

「駄目! 起きて、リウト。それに触ったら駄目。戻って来られないよ!」


 瞳孔だけの真っ黒な眼をしていた……リウトの頬をピシャリと叩いた。

「ふあっ」うつろな声だった。

「ああ、あれ。どこだよここ」

「しょ、正気に戻った? 立って、はやく」

 

 よたつくリウトに向かって尻込みしていたゴブリンが襲い掛かる。


 すると森の中から二本の青い光が――マジックアローが放たれた。


 眩しい光に、ローズは目を細めた。光の玉は動いている標的の頭部に見事に着弾していく。


 二匹のゴブリンの頭部は風船が割れたように弾け飛んだ。二匹はしんなりと女のように倒れ込んだ……頭を無くして。

 

 リウトは、目の前の血だまりをボンヤリと見ていた。


 出血している肩の傷はズキズキと痛み、両腕は思うように動かず、頭の中は見たことの無い映像が一気に流れ込んできたことでボンヤリと陶酔しきっていた。最悪の気分だった。


 ふと、我に返り驚いたように肩を揺らすと、青ざめた顔のままジタバタと立ち上がった。


「あなたたちは?」ローズが言った。

 リウトは間の抜けた顔をしたまま、森から現れた二人の白騎士に目をやった。


 一人は筋骨たくましい髭面の男、もう一人は頬に傷のある男。二人とも革のストラップに銀のショートソードを携行している。


「た、助けてくれて有難うございます」

 リウトが言い終わる前に、男は手を振り言った。

「坑道にヴィネイスの黒騎士は居たか?」

「いいえ」ローズが言った。


「そうか……なら、ここには用はないな」一人は黙って森に戻っていく。

「え? ちょっと待って」

「子供二人かよ、手をあげろ。食料を置いて消えな」


 髭面の白騎士がそういうと、興味を失った傷のある白騎士とすれ違うように後ろから白いローブを纏った女魔法使いが現れた。

 

 右手に持っているのは魔法使いの定番アイテムである火属性ワンド。マジックアローは、この魔女の仕業らしい。


 女はめいっぱい深くかぶっているフードを持ち上げ、顔を見せて言った。長い黒髪に白い肌、長いまつ毛をした妖艶でグラマーな女魔法使いだった。


 ひとたび、ローブを捲ると露出の多いレース使いの衣装と長い素足が覗いた。一流の魔法使いほど、目立って薄着の衣装を纏うというが。


「私たちはステイト白騎士隊の【特殊部隊シビラ】だ。敵軍のある魔法使いを探している。峠の向こうからきたのなら、何か知っているか」

「峠の一本道に黒騎士が待ち伏せているって聞きました」ローズが言った。


「その人数は?」白い女は、流し目でローズを見定めするように眺めた。

「分かりません」


「こっちは八人だ。お前はナイフ使いか?」 

「いいえ、解封師かいふうしです」

「ほお――ここを抜けてきたのなら役に立つかもしれん。一緒にくるか」


「そいつは、ロザロに連れて行きます」リウトが口を拭って言った。

「それより、この坑道にまだ白騎士の仲間が一人いるんです。手助け願えませんか」


「吐いたのか……寄るんじゃない。匂うぞ」

 女魔法使いは袖をあてて応えた。

「お前も白騎士だと言うのか? 鎧はどうした」


「せ、戦闘で……壊れまして」

「おい、貴様。まさか捨てて来たんじゃないだろうな」髭面が割って入った。

「とんでもない。それより仲間を助けてくれませんか。ダリルは四番隊の大男ですよ、名前を知っているはずです」


 それを聞いても髭面の騎士は目の表情を変えることなく、声を低めて続けた。

「本当に白騎士か、貴様。何故、剣も鎧も持っていない。その細腕で戦闘など出来る訳もなかろう」


「お、お願いです。お、俺はどうでもいいんです。ダリルがまだ中にいるんです。助けてもらえませんか」

「うるさい。近づくんじゃねぇ」


 髭面の騎士はリウトを押しやってきびすをかえす。

「仲間があぶないんですよ。すぐ、そこで戦っているんです」


「寄るなと言っているだろぉが。オマエみたいな奴を敵前逃亡の脱走犯というんだ。俺たちの部隊は、騎士一人を救うために動いたりしねぇんだ」


 リウトは茫然と立ち尽くしたまま、一歩あとずさると哀願するように両手を出した。

「あんた」リウトは向きを変え、こんどは女魔法使いをじっと見た。

「あんたを知っている。アネスだ、同輩の魔法使いアネスだろ」

「だったら何だ。私は貴様など知らん」

「お、俺だよ。レンギル魔法大学で一緒だった」

 顔を引きつらせてリウトは食い下がった。それほど熱心にしつこく自分の話に耳を傾けてもらえるように求めた。


「ほら、バカで間抜けなリウト・ランドだよ。みんな卒業式で可笑しかったろ? 俺を見て笑った事を覚えていないのか?」

「ああ、だったら何だ? 知っていると言えば助かるとでも思ったか」


「は、ははは……お、覚えていないのか? オカシイいな。だったら、その杖を貸してくれ。俺が助けに行く」

 その蔑むような目に気付かないふりでもするように、リウトが女魔法使いに歩み寄る。


 ドガッと鈍い音がすると……リウトは髭面の騎士に後頭部を叩き付けられて気絶した。

「リウト!」ローズが叫んだ。「なんで、なんで同じ白騎士なのに、そんなことをするの。どうして信じてくれないの!」


 女魔法使いは、何事も起こりうるが、その可能性はありえないというように皮肉な薄笑いを浮かべて指示した。


「ふん、この脱走犯を連れて行け」

 ローズは取り押さえられ、気絶したリウトと共に連れて行かれた。口をふさがれ、白騎士の兵舎へと引っ張られていった。

 

 最後まで坑道の入り口に目を向けたローズだったが、そこにダリルの姿は無かった。

 抵抗を続けたローズも白騎士の一人に腹部を殴られ気を失った。

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