第3話 解封師

 生まれつき、ほんの少し先の未来が見えることがあった。これは、何なのか? 考えて答えがあるものでもなく、よくわからないもの。


 弱い頭の人間には理解できないものが含まれていると感じていた。理解できないものは無益なものと同じ、むしろ重荷でしかない。


 黒板に字を書くだけでも、手より先に映像が入ってきてしまえば、他人の何倍も混乱するばかりで何のメリットもない。

 

 幼いころから、その調子だったから周りの子から「バカ」の称号を得るのは容易かった。


「そのとしになっても、まだ字が書けないのか? やる気がないのか? 怠け者! 愚か者!」

 毎日が、そんな始末だった。

 成長しても、その神秘的な能力を突き止めようなどと思えなかった。


 自分のような単純な人間が、自然の摂理だの崇高な原理だの神聖な役割だのといった盲目的な、信仰に似た価値観を知る資格、関わる資格はないと感じていたからかもしれない。


         ※


 小川に沿うよう馬車が進んだ距離は、僅かだった。狭い傾斜路から山道に入ると、迷路のような小道が続いた。どれも、十メートルとまっすぐに伸びていない。


 ダリルは小道が交わる合流点にくるたび馬車を止めては地図を出し、目印になるようなものを探してはメモに記入していた。


 臆病者と呼ばれた老騎士は、その反面では慎重で思慮深くパートナーとしては最高と言えた。

 誰もいない丸太小屋には二回押し入った。

 どちらも人はおらず、寒くて埃っぽかった。ダリルが重たい扉を揺すって開け放つと翼のある何かが、風を切って飛び出していったが、老騎士は慌てることなく笑っていた。


 肩に食料袋を担いで小屋に入るリウトに付いてローズだけは警戒し、身構えていた。まだ他に、天井付近に鋭い目をした何かが羽ばたいている。


「あのハトが襲ってきたら、ダガーで守ってくれよ」

「へ? ええ、いいわよ」


「ぷっ……そっちの箒のほうが攻撃力があるかもしれないけどな」

「試してみる? あなたで」


「勘弁してやってくれ。リウトは、教師に箒で叩かれるのがトラウマなんだ」

「おい、それは言わないって約束だぞ」


「アッハッハ」

 リウトは顔をしかめたものの、大して気にしていない様子だった。


 何日かの食事は最高だった。食材は豊富にあり僅かだったが水もあった。


 勿論、宝石や食料を持って旅をするのは危険に違いない。だが、ローズにとって二人は生きた知恵そのものだった。常に危険なコースは避け、人気のない小屋を拝借する。


 危険に満ちた旅をする冒険家より、物語にも出てこないような彼らのほうが立派なのではないかと思えた。


「ほんと……美味しい。野草でこんなに味がかわるなんて」

「だろ? 肉も柔らかくなるんだ」


「どこで料理を勉強したの?」

 リウトは少しバツの悪そうな顔をして鼻を掻いた。

「レンギル魔法大学の学生食堂。ほら、いつも昼飯は一緒に食うやつがいなくて学生食堂の用務員の婆さんと食べてたから、いろいろ教わったんだ」


「お、お婆さんに御礼が言いたいわ」

「ああ……でも、爺さんに間男だと思われて出入り禁止になったから、直接は言えないと思うよ」


「そりゃ、若い学生が一人で毎日来てたら不振に思うわな。美人の用務員さんじゃったのか」

「ああ、すごくよく働くんだ。連れて帰りたくなったよ。笑うと、しわくちゃになってとても見ちゃいられなかったけどな」


「プハハハハ」

「あはははは」


 食器を置いてローズが言った。

「気になってたんだけど、二人はこの戦時下で自由に行動してるってことは何か特別待遇でもうけてるの?」


「……そ、そうだな。エリートってやつかな」

「嘘はよくないぞ、リウト」


 百人からなる第一部隊から数えて四番隊に属していたダリルは、ある命令を受けていた。

 

 一か月以内に目的が達成出来なければ、脱走兵の扱いを受けて強制労働施設に送られるか、死刑にされる可能性もある。


 かといって、手ぶらで部隊に戻ることも許されないという切迫した状況だった。

 

 魔法封印された宝箱を開けられる人材を連れてこいという指令である。

 解封術の使える人材、手品師だろうが泥棒だろうが構わないから、その技術と経験を持った人間を探して来いとのことだった。


 運び屋としては一目置かれていたリウトは、この命令の巻き添えになった。

 自由な行動が許されている点では特別待遇ともいえたが、二人の気は沈んでいた。しばらく二人は目を合わせようとしなかった。


 こんな無茶な命令を受ける理由は一つ。戦力外であるからに他ならない。部隊の食い扶持を減らし、優秀な解封術師が入ってくれば、一石二鳥の命令である。


「じゃ、一刻も早く部隊に戻らなきゃならないじゃないの」

「まあ、待てって。本当に強制労働施設になんて連れていけるもんか」


「まあ、逃亡兵は死罪じゃからのぉ」

「ひどいっ! どうして?」

「剣と魔法の世界で、戦わない騎士は罪人扱いなんだよ」


 いざ行動を共にしてみれば食料の調達や狩りの技術、馬の捌きかたから荷物の上げ下ろしまでがお互いがお互いの想像以上だったのがいけなかった。


 彼らは自分より、はるかに優秀なのではないか。部隊でつまはじきにされている、厄介者のはずの彼らが。


 そう思えば思うほどローズは許せなくなった。

「……でも、私が行けばみんな上手くいくのね」

「おいおい、後悔するぞ。俺は反対だ。こんな小娘を荒くれだらけの百人隊に連れていくつもりはないよな? ダリル」


「わしゃ、逃亡兵じゃないからの」

 ダリルはやり切れぬ義務だと言わんばかりに両方の肩を持ち上げた。


「おい。解封師が足りないのは、今に始まったことじゃない。どうして解封師が不足しているか知っているのか?」

「さあな、敵さんが魔法封印に躍起になっているからじゃろ」


「いや、違う。まっさきに」リウトは声を荒立てた。「死ぬからだ。こいつらは最前線にろくな武器も持たないで送り込まれる。だが、それだけじゃない。解放されちゃ困る魔法やアイテムがあるから、解封師は微妙な立場に追いやられているんだ。お前の親父さんもトラップにはまって死んでいなけりゃいいが」


「父さんは死んでなんかないわ」

 この時だけは二人の騎士は目を合わせて、意気投合しているように見えた。どちらからともなく話をした。


「親父さんに決めて貰おうと思っとる。この娘は未成年なんじゃし」

「ほお、やっぱしロザロで親父さんを探すんだな」


「ああ。でも下手にうろついたら反逆者扱いで強制労働施設に送られる。街で解封師探しをしている奴がいるとなれば、すぐに目につくじゃろうて」


「なら、騎士宿舎に忍びこんで魔法アイテムやらお宝やらを使って親父さんを捜したらどうだ? 金を使ってもいい。解封師なら金貨も銀貨も取り放題だろう」

「本当にバカ野郎じゃな。ただ父親に会いたいだけの子供だぞ。なんで犯罪者にならなきゃならない」


「ご老体。でかい身体してるくせに肝っ玉の小さいやつだな。せっかくの能力、自分のために使って何が悪いんだよ」


 胸ぐらを掴もうとダリルは腕が伸ばした。腕にはローズのぶかぶかなチュニックが掴まれている。

「あっはは! ちゃんと見てないからそうなる。臆病者は何にも見えて無いし、何にも耳に入らないんじゃねえか」 


「す、すまなかった。ローズ」

 ダリルは慌てて、離した腕を悪気は無かったというように天に向けた。

「ううん、もういい。こんな状況ですもの、後悔したっていい。危険だなんて言ってられないよ。軍に行くのに文句なんてないわ。死んだって恨んだりしないよ」


 ダリルはつかえていた息をゆっくりと吐いた。

「死なせるなんて……子供だぞ」


「ああ、お前が百人隊に入ったとしても助けにいくよ。勝手に死なれちゃ困る」

「ほ、本当に!?」

 

「食堂のお婆さんに礼を言ってもらわないといけないし、後悔していたら俺の言った通りだったろ? って伝えないといけないからな」

「ぷっ……ぷはははは」

「アハハハハ」 


         ※


 二日後――馬車は〝ふもとの村ヴァッレ〟に到着し、三人は宿をとった。長く続いた草地を抜け、登山道の入口に位置する小さな村に入った。

 どことなく見覚えのある風景。そこはローズの住んでいた土地の丘によく似ていたが、その先の景色は違った。ロザロの街へ向かうには、この先に切り立った断崖の続くベルファーレの峠道を越えて行かねばならない。


 まともな料理を出す宿は一軒しかなかった。

体を洗ったローズはボロキレを着替えて、安物の白いチュニックを着ていた。

 

 リウトが黒だと思っていた頭髪は、実際は明るいブラウンだった。目は濃いブラウン。まるで別人のようだった。


 リウトは昨日までローズを幼い少女だと思っていた。髪を梳かすことも、華やかに笑顔を見せて笑う事も知らない子供だと。

「おはよ」テーブルについたリウトはローズに見とれまいと、必死だった。


「どうかした? ねえ、これ目立つかしら」

ローズがチュニックを摘まんで見せる。そこにいるのは恐ろしく可愛い女性だ。

「いや、目立つってほどでもないよ。地味な色だし」


 そう言いながら内心では、地味で何も整えていない状態でありながら目立つのは、ローズ自身のせいだと思っていた。腕まくりしている二の腕は白く細かった。


「ふぁあ~」その両腕を首の後ろに放り出すように伸ばし、恥ずかしげもなく大あくびをする。とっさに少女から、リウトは目を下に逸らした。


 どういうわけか、こちらの方が恥ずかしい。

 裾が釣り上がると、今度は太ももが見えた。足が長すぎて裾丈がとても短く見える。


「ん、ん~」ローズが伸びをすると、裾はどんどんと短くなっていく。

 リウトは、どこを見ていいのか分からなくなった。直視したいが、そんな姿をローズに悟られる訳にはいかない。


 特技の「かくれんぼ」を使い、少女の視線が逸れた瞬間にガン見するしかない。今まで目の前の人間に対して「かくれんぼ」を使ったことは無かった。


 リウトはゆっくりと覚悟を決め、呼吸を整えた。

やってみる価値はあると判断したのだ。


 その瞬間、ローズが語り掛けリウトはギクリとした。

「ねえ、宿屋のおばさんがくれた服、やっぱり返そっかな。目立つもん」

「そ、そっか? でもまたボロキレ着るのも、どぉかなぁ……」


「やあ、お二人さん」その時、ダリルが水差しを持ってテーブルに着いた。

「お、おはよう、ダリル」

「リウト、女の子をじろじろ見るんじゃないぞ」


「いやいやいや」リウトは右手を大きく振った。「いやいやいやいや! 違うから。服だから、見てたのは!」汗が噴き出して、耳が赤くなった。


「バカじゃないの?」声も上ずっている。

「じょ、冗談だったのに、そこまで必死に否定するか……」

「はは……は」


 この時、リウトは薄っすらと考えていた。本人の目前で「かくれんぼ」の能力が発揮できれば、何もかも覗く事が出来るに違いないと――そう、この世界の何もかも。


 リウトは鳩のパイを三つ頼みローズに一つ勧めダリルはワインを頼んだ。ローズはパイに夢中でかぶりついた。

 

 三人の前には太った女中が立っていた。

「何をしている」ダリルはジョッキを置いた。

「どうした? 白騎士が珍しいか。俺達はロザロの街に向かう道中だが」


 太った女中はやっと口を開いた。

「子供を連れて行く任務なの?」

「ああ……子供を連れて行く任務だ」

 女中は質問の仕方が悪かったのかと思ってクビを捻った。


「疑るのも無理はない」ダリルは言った。

「まだまだ子供だが、立派な解封師だ。ロザロの街に送り届ける」


「まあ、丁度良かった。ぜひお願いが御座います。騎士殿」

「ふむ。話は聞けるが……俺達は任務中だからな」

「そっちは」太った女中は続けた。「新米騎士のようね」

「お言葉の通りだ。もう一年以上騎士をやっているが誰も俺には期待していない」

 リウトはパイを頬張って言った。


 太った女中は名乗りもせず、話し始めた。

「ベルファーレの峠に黒騎士が集まっているのは知っているかしら。もう何人も白騎士が殺されたわ。あいつらは、きっとロザロの街に攻め入るつもりだわ。一刻も早く、このことをロザロの街にいるミルコ隊長に伝えて欲しいの」


「いい情報だ、ありがとう。残念だが俺達は峠を迂回する事にするよ」

「ああ」リウトは頷いた。


「危うく、峠の道を通るところだった」

「危なかったな」

 ローズはフォークを置いて二人の騎士を見た。


「それじゃ、いつまでたってもロザロの街に着かない」

「……まさか敵の待ち構えている峠を抜けようなんて考えているのか?」

 リウトに続けてダリルも弁解に回った。


「すまんな。そろそろガッカリするのにも慣れてくれ」

 ローズはクビを振った。

「違うわ、二人とも。私はそんな事を期待して言っているんじゃないわ。トンネルを抜ける道があったはずよ」


「坑道か。よく知ってるな――たしかに近道ではあるが、今は封鎖されている」

 ダリルはワインを一口飲んで続けた。

「大抵の封鎖地区というのは入るのでさえ難しい。トラップが仕掛けてあるかモンスターの巣窟になっているか……」


 ローズはグラスの水を飲み干して掲げた。

「あなたたちなら、簡単に行けるんじゃないかな。それにトラップだろうと錠前だろうと、私は解除できるのよ」

 リウトも空のグラスを掲げると言った。

「俺だってゴブリンくらいなら〝かくれんぼ〟で切り抜けられる」


 ダリルはジョッキを持ち上げ言った。

「それもそうだ。モンスターなら、わしも遠慮なく叩き斬ってやれる。意外に簡単に行けるかもしれんのぉ」

「それが言いたかったの。力を合わせれば簡単でしょ」

「よし、その話乗った!」





 


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