9番目のカード

石田宏暁

第1話 残された少女

 二人の騎士を乗せた馬車が、緩やかな丘を越えると草原の先に一軒の小屋が現れる。鉄は不足しているため、全てが木材で造られた粗野な小屋だった。


 早春の風は冷たく、伸びた雑草と歪んだ木の柵が乱雑に並んでいる。草の鳴る音と、ときおり遠くでなく鳥の声しかしない。静かで人は住んでいないような場所だった。


 馬車に揺られている二人の白騎士は、対称的だった。 一人は齢十六歳の若者で金髪、体は細く、白騎士ステイトの軽装備である革鎧ボイルドレザーが大きく見える。


 名前はリウト・ランド。運送業ばかり申しつけられて、まともな戦いの経験はない。

 もう一人の騎士は、しっかりとした体つきの大男だが、髭も頭も真っ白な老騎士で名をダリル・ホークと言った。命の取り合いとなると逃げ出すことから『臆病者のダリル』と知られている。


 前線部隊が解錠できなかった宝箱を乗せ、二週間も共に馬車に揺られていた。


 僻地での物資のがさ入れや戦利品の輸送業務を任されるのは戦力外だからに他ならない。


 白い眉を吊り上げて、波打った小屋の屋根を見あげると、みすぼらしいオリーブ色のチュニックを着た少年がいる。


 御者台から跳び降りようとする青年は、スリングを引っ掛け、手をバタつかせた。老騎士が手を突き出すと尻を打ち付け、地面に転げ落ちた。


「お、押したろ! このクソ爺い」

「助けようとしたんじゃが……すまんかったのぉ」


「……」

 少年は屋根の上から二人を見ていた。


 尻に付いた土を払い、顔を赤めて言う。

「頭きた。この際ハッキリさせようじゃねぇか。どっちの実力が上か」

「はあ!?」

 ダリルはたじろいだ。恐れたからではなく、青二才の言葉をたしかに聞いたと、言い聞かせなければならなかったからだ。


「……まさかと思うが、わしに勝てると思っているのか?」

「勝てるってんだ、臆病者。あんたが怪力だって話も聞いている。木剣で打たれた方が負けっていうのはどうだ?」

「願ったりかなったりじゃ」


 馬車を降りる老騎士に、用意した木剣を投げる。受け取った木剣をくるりと回しダリルは微笑んだ。

「いつでもかかって来い」

 挑発するようにクイクイと指を動かした。

「…………」


「お、おいおい。あー、あぶない!」

 屋根の上を指して、声をあげる。ハッとしたダリルは小屋の上へ振りかえった。


 たいくつな顔をしている少年。

 瞬間、頭上に木剣が振り下ろされた。すかさず防御に打ち上げた木剣は真っ二つに割れた。


 木剣は頭に直撃し、めり込んだ兜を両手で持ったままバランスを崩して後ずさりする。


「ひ、卑怯な手を使ったうえ……剣にまで小細工したのか? 呆れたわ」

「あっはははは!」

 兜を直すと、青年は既に十メートルも向こうにいる。手元の折れた木剣を見て、地面に叩きつける。


「お前……クズだな。恥を知れ、若造が!」

 そう言いながら馬車から新しい木剣を取り出すと、真っ赤な顔をしてうなった。


「ふん、勝負はこれからじゃ」

 言っているそばから、石つぶてが飛んでくる。涼しい顔をしたリウトは、スライダーのフォームで小石をこちらに投げている。


本気まじか? 剣で勝負する気なんて全くないじゃないか!」

 老騎士は呆れ散らかした。

 

 剣を放り投げ、足元にあった大きな石を持ちあげた。三十センチはあろう大きな石を軽々と持ち上げ、投げ飛ばす。

 バカ力の老騎士にリウトは目を丸くした。大きな石は、足元まで飛んできて地鳴りをあげて落下する。


「はっ!? まっ、まじかよ」

 さらに、大きな岩を持ち上げようとする老騎士に言う。

「ぷぷっ、それ無理だろぉ。百キロ以上あるぞ」


「むん…………ふおおおおっ」

「す、すげえぇ!! ひ、ひいいっ」

 凄まじい地響きと同時に地面に落ちた岩が、爆発するように砕け散った。


 驚いたことに、更に大きな岩を抱きかかえている。自分の身長に近い大岩を抱いたまま、ヨタヨタとこちらに向かってくるではないか。


「ま、待て、待て! わかったよ」

 リウトは真剣な目をした。まるで自分だけは冷静だという顔だ。


「キリが無い。それ以上やるなら、俺は地の果てまで逃げるし、真剣でりあうのと変わらないよな? これは木剣でやる試合だ。真面目にやろうぜ。岩を投げるのは無しだ」


「お、お前のせいじゃろうが!」

「……なあ、ダリル」


 落ち着いた優しい声だ。

「お互い何の得にもならないから、休戦といこう。俺に隙があったら、アタマに一発いれてくれて構わないからさ。ちゃんとルールを決めてもいいんだ。お互いに誤解があったんじゃないかな」


「わ、分かるもんか……お前は、わしらが置かれてる状況を分かっとらん」

「俺達は揉めてる場合じゃない。ってか、単なる運び屋だもんな」


「わしは騎士じゃ」

「わかった。爺いは騎士だよ」


 屋根から覗いている少年はあくびをした。


 リウトが握手を求めると、警戒しながらも老騎士は手をとった。手が握りつぶされるのを見て少年は息をのんだが、すぐに偽物の手だと分かった。血は一滴も出ずに木片が散っただけだったからだ。


 もう一方の手で彼は木剣を振り下ろしていたが、やすやすと老騎士は剣を掴み、へし折った。


耄碌もうろくしても、まだ白騎士のつもりかよ」

「まともに剣も振れないお前が言うのか!」


 剣に火薬のようなものが仕込まれていたようで、大きな音をたて破裂した。尻もちを着いた老騎士は、ポカンとしてリウトを見る。


 そうとうレベルの低い魔法使いと腕力だけの老人が本気でいがみ合っている。


 そんなやり取りで時間を無駄にした二人は、やっと馬車に戻り和解したようだった。


 小屋の前まで来て声が掛かると、二人を説得力のある大人だとは思えなくなっていた。偉そうな金髪が、話しかける。


「こんな村はずれで暮らしているのか? 子供一人で」

「あんたも子供じゃないか」

 少年は屋根に座ったまま動こうとしない。


「いやいや」リウトは右手を振って応えた。「いやいやいや。お前よりずっと上だろ」


 リウトは少年を無視して家の周りをぐるりと見まわした。

「父さんがいる」

「……誰もいないじゃないか」


 使い古された鍋と、水が溜めてある樽。薪や食器類は整理されて置いてある。

「うん。もう三か月戻っていないけど、戻ってくる」


「そいつは、どうかな」ドアを開けるが、家の中にも人影はなかった。

「必ず、戻ってくるって言ってたもん」


 馬車には綺麗な宝箱が積んであった。赤い漆塗りの木箱に、金の縁取りがしてある。少年はその美しい箱に目を向けた。


「鍵が掛かっている」

 ひと騒ぎしてむくれたまま御者台に座っていたダリルがぼそりと言った。


「お前の親父さんなら、開けられると思って持ってきたんだが」


「私……ぼ、僕がやってみるよ」

 薄汚れた顔をした少年は屋根から身軽に飛び降りると、腰のポーチから銅製の針金を取り出した。


「触るんじゃねぇよ」リウトが止めた。「そんなオモチャで開くわけがない」

「ブロンズピックはオモチャじゃない」


「ピックだけじゃ開かないんだよ。ガキが……魔法封印されてんだ」

「知ってるよ」

 少年はグッと右手を差し出し薬指を見せた。


「ソロモンの指輪だ……模造品だけど。魔力にアクセスするには、アクセサリーが必要だって事ぐらい知ってる。馬鹿にするならさ、もしコレ開けたら報酬を貰える?」


「ふん、開けられなかったらピックと指輪をぶっ壊してやるよ」

「偉そうに……逃げまわってたくせに」

「はあ? なんて言った、このガキ」


「いいじゃないか」馬車から降りようともしない老騎士ダリルが言った。

「やらせてみようじゃないか。中身を半分やるっていうのはどうだ」

「はは~ん。どうせ開けられないか。けっ、壊すなよ」


 少年はリウトの胸をグイと押すと、まっすぐ馬車の上に飛び乗った。ブロンズピックを宝箱の鍵穴にゆっくりと差し込む。


 ピックの先端が一番奥のシリンダーに触れると、今度はゆっくりと削るようにピックを引き出していく。


「大戦前の錠前師が作ったやつだね」

「ほう、わかるか」ダリルは膝を立てて身を乗り出した。


「五層構造。よく出来ているけど、この時代のヴィネイスにはゼロの概念が無かったの。だから、この単純な仕組みを作るのにも大げさな錠前を必要としたんだね。解除魔法は一が五個並んでいるだけだから単純なの。一万一千百十一の二乗。一二三四五四三二一の順で唱えればいい」


「親父さんの受け売りかい? 算数あるあるなんて興味ねぇんだよ」リウトは腕を組んで少年を見ている。「口より手を動かしてもらいたいね」

「……もう、開いたよ」


 ガチャっと音がすると老騎士は目を丸くして立ち上がった。

「――どれだけかかった? リウト」

「二分? いや、もっと早かったかもしれない」

 リウトは肩をすぼめて言った。

「待てって、まだ開けるんじゃないぞ、ガキんちょ。そんなに簡単に開く訳がない。トラップじゃないのか。起爆トラップ、モンスタートラップ、それともポイズントラップか」


 少年は二人の騎士に目を向けると、躊躇なく宝箱を開けた。

「ばっ! ばか」


 リウトは両手で顔を覆うように防御の姿勢をとったが、息を乱したのは自分だけだと知り、恥ずかしくなった。少年は既にトラップまで解除しているという余裕の表情をしている。リウトは宝箱に駆け寄り中身を覗き込んだ。


「す、すげぇ……」

「どけ、リウト。わしに見せろ」

 その少年はたったの二分で宝箱を開けた。前線の部隊でも開けられず、いくつもの屈強なパーティーが見過ごしていった宝箱を――簡単な算数と、ピッキング技術、そして解除魔法によって。


 宝箱には二本のナイフと、金貨、宝石が入っていた。

「ダガーだ」老騎士ダリルは言った。

「二つあるから貰っていいのかな」少年は一本を手に取って鞘から、ゆっくりと刃を抜いた。


「ああ、構わんが……ツインダガーは、二本で一対だぞ。綺麗な刃先だ、武器というよりは芸術品だな」

「うん、向こうが見えそうなほど薄い刃」


 少年は使い方を間違えれば、簡単に指を落としてしまいそうなほど鋭い刃先に魅了されたようだ。


「ツイングラスダガー」

 顎をさすってリウトが言った。

「プロのアサシンが好んで使ったと言われている。まさに芸術的な技術が必要ってわけだ」


「ほう、どうせ使いこなせない武器なら、この坊主にくれてやろう。宝石は、わしたちが貰う」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 リウトが口を挟んだ。

「子供が一人で生きていくには、ダガーなんかより宝石のほうが良いんじゃないか?」


 それは親切心だ。確かに美しく装飾された芸術的な武器だが、使いこなせなければ価値はない。それに、子供に持たせるには危険すぎる武器でもある。


「ダガーを貰うよ」

「ぶっ」呆れて吹いた。「あっさり決めるんだな!」


 少年はベルトに二本のダガーを引っ掛けた。

「そうじゃない、鞘には反りがあるだろ。ベルトの内側に収めるのが正しい装備の仕方だ。ほら、ちょっと後ろを向けよ」


 リウトは少年の後ろからベルトを引っ張り、ツインダガーを腰に収めた。

 あまりにもやせ細った腰周りを感じ取ったリウトは、戦時下の食料不足と戻らない父親のことが心配にならずには居られなかった。


「あん? お、お前、女か」

「…………」

「こ、こいつ女だぞ!」 

 リウトはその子の顔をじっと見つめた。


「だ、だから何?」

 薄汚れたドロを取れば、真っ白な肌をした少女が現れるだろうと思った。

 髪を整えれば、醜く映った短い黒髪は魅力を取り戻し、彼女の一番のチャームポイントになるに違いなかった。


「なんで男の格好してんの?」

 麻で出来たブカブカのぼろきれのような服。予想外の高さにあるウエストの下には女性特有の丸い骨盤。


「そんなの、ぼ、僕の勝手だよ」

 長い足をしていた。子供のくせに随分とスタイルがいい。そして、この子はかなり可愛い。


「そ、そうか、そうだよな。女の子が一人で生きていくってのは……まずいよな」


 リウトはまだ幼さの残る娘がたった一人、ここに置いていかれた事を危惧した。


 子供が一人で生きていけるほどこの国は裕福ではない。現にこの娘は、男のふりまでして屋根の上から二人を警戒し見張っていたのだ。


 どんな気持ちで、暮らしていたのだろうか。戻ると約束した父を待ちながら。事情を呑み込むのに時間は掛からなかった。


「名前は?」

「ロー……ロイズ」

 少女は声をうわずらせた。

「ローズだろ、お嬢さん」リウトは面倒臭そうに言った。


「もう男のふりはしなくていいぞ、俺達が悪者に見えるか?」

「う、ううん。でも女だと魔法使い以外は軍に入れないから」

「戦場に行きたいのか? そりゃ無理だ。さっきは、オモチャなんて言ってすまなかったけど」


「別にいいよ。こっちも上手く説明出来なかったから」

「お前さんは解封師じゃな。今いくつだ」老騎士は聞いた。

 少女の父親は名の知れた解封師であった。目の前で宝箱をいとも簡単に開けて見せた実力は確かなものだ。


「十四歳よ」

「一緒に来るか。鍵が開かなきゃ即、お払い箱じゃが。敵からはわしらが守ってやる。VIP待遇ってやつじゃ」

「も、もちろん行くわ。どんな鍵だって開けてみせる」


「わしのことはダリルと呼んでくれ。こっちの若造はリウトだ。家に、書き置きを残していけ。ロザロの街へ行くと」

「そ、その街に父さんがいるわ、きっと。聞いたことがあるもの」


「読み書きは出来るのか?」リウトはモノを書く仕草をして言った。

「……どうも馬鹿にしたような言い方ね。学校くらいちゃんと行っていたわ」


「いつまで?」

「その……休みに入る前までは」


「ずっと前かよ。読み書きを教えましょうか? レディ」

 彼女はリウトの腕を殴った。


「いてっ、まずはマナーを教えたほうがよさそうだな」

「教わるなら、その腰に付けている剣の使い方を教えて欲しいわ。もっとも、貴方が使い方をちゃんと知っていればだけどっ」


「お前みたいなチビには無理だな。もっとも、お前の戦力は誰も期待しないから心配するな」

「フン、こっちだって貴方に守ってもらおうなんて期待しないわよ」


 渋面で頬を膨らます少女を見て、白騎士の二人はクスクスと笑った。

「ごめんなさい……久しぶりに人と話したから」とローズは言った。


『解封師』とは、魔法封印された錠や宝箱、トラップを開ける専門家である。たしかにステイトの部隊や王都にも、女の解封師などは聞いたことが無かった。

 

 ステイトの軍は僅かに戦闘で優位に立っていた。だが戦時中の封鎖地区は魔法によるトラップだらけだった。


 せっかく敵地の大都市を占領しても、敵はお宝を素直に渡しはしない。

 逃走したヴィネイスたちは魔法封陣と殺戮トラップをくまなく仕掛けていく。食料や、水、生活に最低限必要なものにまで。


 ヴィネイスの財産は指一本触れさせないというのが、彼らの方針であり大掛かりな作戦でもあった。

 ステイトが攻め入れば攻め入るだけ資源が枯渇していく。こんな田舎の食料まで不足していくのはその為でもあった。


 そして疲弊した時期を見て、北からヴィネイス軍が攻めてくるというのが、この戦争を長引かせる要因になっていた。

 

 鍵や、宝箱を開け、トラップを解除出来る技術者『解封師』は不足していた。


 そして優れた解封師はもはや戦局を左右する貴重な存在だった。

 


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