10-9.仲直り大作戦《オペレーション・リコンソリエーション》
後から考えれば、あの帰り道の時に躊躇せず伊織をSカフェなりファミレスなり公園なりに連れて行って、ちゃんと話すべきだった。
そうすれば俺も、そして伊織も不安にならずに済んだのだ。お互いこの時に抱えていた悩みなんて、互いが解っていれば即座に解決できる程度の問題だった。
だが、男女間の問題は案外そういうのが多いのかも知れない。相手が何かしらのサインを出した時に上手く対応できず、それでズルズルと悪い方面にいって破局の原因の一つになったりもする。
何か異常を感じた時は、とにかく話してみるのが先決かも知れない。その事を俺は後に学ぶ事になる。何を隠そう、伊織がサインを出したのはあの帰り道の一回だけだったのだ。俺もあの晩いろいろ考え、明日は伊織とちゃんと話そうと覚悟を決めていたのだが、翌日の伊織はいつも通りの優しく明るい伊織だったのだ。要するに、見事に『明日までにちゃんと直して』きたのである。
意気込んでいたにも関わらず、いつも通りに接されると……これまた改めて話す気も失せてしまい、そのまま放置してしまうのが人間の性というものである。下手に話すと関係が悪化するんじゃないか、という恐怖もあるからだ。
結局改めて話す機会と言うものを得られず、そのまま春休みに突入してしまった。
◇◇◇
春休みに入って俺は何をしているかと言うと、未だバンドの事に関して気持ちの切り替えができずに、Sカフェのバイト以外はダラダラと過ごしていた。
──こんなのでいいのか、俺。
何度そう自問自答したか解らない。学校が無い分、ダラダラに拍車がかかった気がする。そろそろ踏ん切りつけて次に行かないといい加減まずい。
三月の間に元Unlucky Divaのメンバー達は、徐々に前進していた。
神崎君も受験生として春期講習、信は音楽の道を行く為に例の柳氏の薦められた音楽スクールに通い始めている。彰吾は知っての通りサッカー部に入った。
何だか、俺だけどんどん取り残されている気がした。いや、もしかすると、伊織も取り残されているのかもしれない。
Sカフェのマスターも心配してくれているけど、こればっかりは周りにいくら尻を叩かれようが励まされようが、結局は自分次第なので意味をなさない。
うんざりとした気持ちで、ベッドにごろんと寝転がった。時間は午後八時とまだ寝るには早すぎる時間だ。何をするでもなく読み飽きた漫画をパラパラめくっていると、スマホが鳴った。LIMEの通知だ。
『明日、遊園地行こ?』
送信者は伊織だった。彼女の好きなクマプーが首を傾げて頭上に? マークをつけているスタンプが重ねて送られてくる。
何か変だな、と思った。彼女が前日にいきなり誘って来る事がまず珍しいのだが、何でまたいきなり遊園地なんだろうか。遊園地なんて、中学の遠足以来行ってない。
しかも、『行かない?』ではなく『行こ?』という言い回しも気になる。伊織がこんな風に強制力を持たせる誘い方をしてきたことは、過去になかった。
でもせっかく誘ってくれたんだし、変な勘繰りも良くないよな。
俺はそう結論づけ、承諾の意を伝える返事を送った。結局俺達はあの修学旅行以来、二人で遊ぶという事をしていない。遊ぼうと思えばいつでも遊べるはずなのだが、俺は敢えてそれを避けていた気がする。
彰吾に対する後ろめたさが原因なのか、未だUnlucky Divaの事を引きずっているからなのか、はたまたあの下校時の伊織の言葉に不安を感じているからかはわからない。
だが、俺の中でそろそろ色んな事を悟りつつあるのを感じていたのも事実だ。Unlucky Divaは戻らないし、彰吾に後ろめたさを感じていても俺が伊織を好きな事には変わり無い。それに、それ等は俺一人が引き篭ってうじうじ悩んだぐらいではどうにもならない無い事なのだ。
伊織と二人きりになるのは確かに不安だ。またあんな辛そうな表情で何か言われたらどうしようと思う。
だが、それとは別の不安もある。伊織が俺に訊いたように……関係が変わってしまわないかどうか、だ。これ以上ほったらかしておくと、悪い方へ変わってしまうかも知れない。
それだけは避けねばならない。そんな事を一人で考えていると、伊織からの返信が着た。
『明日、楽しみにしてる!』
女の子のクマのキャラクターがキスしているスタンプが重ねて送られてきた。それだけで、心が踊るように跳ねていて、わくわくする。
明日が楽しみだ。
◇◇◇
久しぶりの二人きりのデート……そう思って期待に胸を膨らませながら翌日伊織と待ち合わせ場所である駅に向かった。駅で待ち合わせをするのは、俺達が付き合い始めたイブの日以来だった。あの日と同じ様に、俺は待ち合わせの十分前に到着して、あの日と同じ場所で彼女を待った。辺りを見回してみると、イブよりも待ち合わせをしている人は少なく、俺と同い年くらいの奴らが多かった。春休みではあるが、今日は一応平日なので、当然かもしれない。
俺は行き交う人々をぼんやりと眺めた。家が近いのだから一緒に来れば良いじゃないかとも思うけれど、やっぱりたまにはこういうのも良いものだ。
しかし、一体何故いきなり遊園地なのか……疑問に残る。彼女が遊園地好きとは聞いた事がないし、自分から場所を指定して来るのも珍しい。
今にして思えば、伊織にしては少々強引な気がした。彼女の性格からして、いきなり『明日◯◯に行こう』と言う誘い方をする事は考え難い。少なくとも数日前に予定の有無を確認してから提案するはずだ。何か裏があるのか……?
深く考え過ぎているだけで、最近遊んでなかったし、ただ単に遊びたいだけなのかも知れないけれど。
そんな事を考えていたら、後ろから肩をポンと優しく叩かれた。
「おはよ。待った?」
そこには、うっかり間違って下界に降りて来て天界に帰れなくなってしまった天使……ではなく、俺の〝恋人〟である伊織が居た。
何だかこう改めて言わないと、未だ彼女と付き合っている実感が無くなってしまう時がある。本来、俺如きでは手が届かない高嶺の花なのだ。
「いや、今来たとこ」
伊織を見ると、思わず笑みが洩れた。こうして彼女を目の前にすると、本当に俺は伊織が好きなんだなぁ、と改めて思うのだった。彼女の服装は春用のワンピースの上にカーディガンを羽織っている。派手さはないが、彼女が着ているだけで凄く魅力的に見えてしまうのだ。
伊織の私服を見るのは随分久しぶりで、おそらくUnlucky Diva最後のライブ以来だ。
今まであった習慣がぽっかりなくなるのは、予想以上に気持ちの切り替えをするのに大変だ。バンド解散以降、とても伊織と遊びにいく余裕が持てなかった。しかし、いつまでもそんな状態ではダメなわけで……そろそろ立ち直らなければならない。
一番残酷な宣告を受けた彰吾でさえ、今月からサッカー部に入部して気分を切り替えているのだ。あいつから見たら幸せだらけな俺がグズグズしているのは自分でもどうかと思っている程だった。
「どうしたの?」
「その……服、似合ってるよ」
見惚れた後に病んでいたとはさすがに言えない。俺は咄嗟に思った事を言った。
「……ありがとっ」
彼女は少し照れた様子を見せて、笑っていた。何だかその空間がやけに気恥ずかしくなって、俺は何も言わずに改札へと歩を向けた。
電車に乗り込んで十分後にはさっきのワクワクは俺の中から消え、溜息が漏れていた。彼女から遊園地デートの真相を聞かされたのだ。
「やっぱり嫌、だったかな……?」
伊織は俺の顔を覗き込み、おずおずと訊いてきた。俺は首を横に振ったが、真相を聞いて全く落胆しなかったと言えば、それは嘘になる。
「まあ、そんな事だろうと思ったよ」
なに、実際は真相と言うほど大それたものではない。俺と二人っきりではなく、神崎君と双葉さん、それに信と眞下を加えたトリプルデートだったのである。何故この面子なのかと言うと、神崎君と双葉さんを仲直りさせようとして、信と眞下が画策したものだった。
彼等は修学旅行から一ヶ月経つ今も未だ口を利いていない。二人の仲違いはその修学旅行から始まっていて、神崎君が信と眞下に誘われて眞下達の部屋に遊びにいった事が原因だ。
神崎君にしては全く下心は無くて、ただ単に友達の部屋に行ったという感覚なのだろう。しかし、双葉さんからしてみれば許せないのも頷ける。俺が彼女の立場なら、怒りを通り越して凹みまくるかも知れない。
しかし、それだけでここまで発展するとは思えなかった。バレンタインデーの時に見せた双葉さんの涙……きっと、彼女は何かしらを今まで我慢していたに違いない。それが今回の件で爆発してしまったのだろう。
それに対して神崎君も見た目より頑固なところがあって、謝ろうとしない。浮気していたわけでもないのにそこまで怒られる筋合いは無い、というのが彼の主張だ。それはそれでわからないでもないのだが、やはりここは男が一歩引いて謝るべきなのではないだろうかと俺は思うけど……。
「それにしても、お前らも案外俺の事がわかってねーんだな。わざわざ嘘吐かなくても協力するっつの」
「だから、私は真樹君ならそんな事しなくても来てくれるって言ったってば。でも、信君は『今の麻生じゃ信用ならん』って言って聞いてくれなくて……」
俺は溜息をもう一度吐いて流れる景色を眺めた。何が今の俺では信用ならん、だ。言うならば、神崎君達の喧嘩の原因を作ったのは他ならぬ信達で、彼らが何も考えずに神崎君を部屋に誘った事が全ての始まりだ。一応責任を感じているからこうして仲直り計画を企てたのだろうが……それに何の相談もなく俺を加えるのはやめて欲しい。
伊織の話では、当初は眞下・信・神崎君・双葉さんの四人で行く予定だったのだが、土壇場になって自分達二人では不安になって、急遽俺と伊織を交ぜる事にしたのだと言う。昨日の『明日遊園地行かない?』というLIMEも、信が伊織にそう送るよう命じたらしいのだ。そのLIMEでヘラヘラ喜んでしまったから尚更許せない。『今の麻生は信用ならん』が聞いて呆れる。ただ単にこうやってからかいたかっただけなのではないか。結果的に嘘を吐いてしまった伊織も罪悪感を感じてしまっているわけだし……何だか信のやり口はとことん周りに迷惑をかけてくれる。
「ま……俺は気にしてないからさ。料金は信持ちなんだし、仲直りさせるついでに楽しませてもらおうぜ」
俺達にとって利点と言えば、それくらいしかない。おそらく楽しめる雰囲気にはならないだろう。修羅場になる可能性だってなくは無い。俺の気休めの言葉に、伊織は困ったような笑みを向けて頷いた。
それにしたって、一体何で遊園地なのだろうか。まさかあいつ等、自分達が遊びたいからじゃないよな?
伊織に訊こうかと思ったが、やめた。俺の予想した答えが返って来そうで恐かった。信と眞下のあほあほコンビなら、本当にやりかねないからだ。
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