5-11.持つべきものは友?

 それから俺はとにかく頑張った。バイト、バンド、そして勉強と多方面とにかく必死だった。必死さで言うと、文化祭前やテスト前よりも大変だったように思う。一日がとにかく早く、毎日が疲労困憊。そして……気がつけばクリスマスイブは一週間後に迫っていた。

 しかし、まだ重大な問題がある。肝心の伊織をデートに誘えていないのだ。前はまだ予定はないと言っていたが、あれから半月以上経っているので、「もう予定が……」と断られそうで、二人っきりになれても言い出せなくなってしまった。学校も二十三日までだし、もう今週は短縮授業だ。決戦の日はどんどん近づいているのに、俺自身がまだ動けないでいた。

 今日は学校が終わって午後からバンド練習なので、帰り道は二人っきりになれる。しかし、やはり誘う勇気が出ないのであった。

 俺は大きな溜息を吐きながら、寒い学校の屋上で己の不甲斐なさを嘆いた。今の時期なら誰もこんな場所に来ないはずだし──寒い事を除けば──好きなだけ一人で悩める絶好の場所だ。

 下校する生徒達を上から眺めながら、もう一度溜息を吐く。こいつ等もイブの予定はもう決まっているのだろうか。というか、何で今更デートに誘うくらいの事ができないのか、つくづく自分のヘタレ具合に呆れる他なかった。文化祭後の打ち上げの時に信達に邪魔された事を心の底から怨んだ。

 いや、怨むべきは俺の臆病さ・ヘタレさだ。ここまで準備ができていて、どうして誘えないのだろうか。視線の先を下校する生徒達から空へと変えた。

 その時、背後からバタンと扉が閉じる音がした。まさか伊織がタイミングよく来たのかと思って咄嗟に振り返ると、残念なことに、そこには眞下詩乃と神崎勇也の姿があった。


「あ、ほんとにここに居た!」

「信君に訊いて正解だったね」


 そんな事を言いながら、二人はこちらに近づいてくる。


「何の用だよ。珍しい組合せで……」


 せっかく一人で悩んでたのに、と気が重くなったのを感じた。落胆と同時に何だか嫌な予感がしたのだ。


「いや、麻宮さんを誘えたのかなって思ってね」

「気になってたんだよねー」


 そらきた。俺の嫌な予感は外れない。


「まだだよ。悪かったな。笑うなら笑え」


 憮然として答える。何と言われてもまだなものはまだなのだから、仕方がない。


「そ、そんなに怒らなくていいじゃないか。どうして誘わないの?」

「……断られるのが恐いから」


 そう言うと、二人はキョトンと顔を見合わせてから、一拍置いて大爆笑した。これでもかというくらい、笑いやがる。


「お、お前等それでも友達か⁉」

「ごめんごめん、別に悪い意味じゃないよ。ただ、ヤクザもぶん殴っちゃった麻生君がそんなのにビビってるって思うと可笑しくて可笑しくて」


 言いながら眞下はまた笑った。真剣に悩んでいる俺としては結構ショックな反応である。あと、ヤクザじゃなくてチンピラだ。似てるようで全然違う。


「安心しなよ。僕のクラスの斉藤って奴が麻宮さんをイブに誘ったら、見事断られたみたいだから」

「じゃあやっぱ予定あるんじゃんか」


 俺はうなだれるようにして言った。終わりだ。ここから飛び降りたい気分になってしまう。いや、むしろ死のう。伊織と誰かが幸せになっているところなんて見たくない。


「ざーんねんでした♪ さっき伊織に訊いたところ、予定無いって言ってましたけど?」

「え、マジ⁉」


 その言葉にがばっと顔を上げた。ニヒッと笑う眞下の顔が鬱陶しかったが、希望の光を取り戻した。


「誰かさんの為に空けてるのかもしれないね~?」

「これで誘わなかったら嫌われるよ?」


 そうかもしれない。それでは本末転倒だ。


「が、頑張るよ……」

「いまいち信用できない返事ねぇ……じゃあ、もし今日誘わなかったら、明日からあたし泉堂君の応援するわよ?」

「それいいね。僕もそうするよ」

「お、おい……」


 それは困る。そんな場面を日々見ていたら俺の気が狂ってしまい、バイトや音楽どころではなくなってしまう。


「それが嫌だったら、今日中に誘いなさいよ?」

「……承知致しました」


 二人して恫喝かよ。何か俺に権利というものがなくなってきてるんじゃないかと思えてきたが、やられっぱなしも嫌なので、少々仕返しをしてやろうと思って斬り返しにかかった。


「それにしても、神崎君はこんな事してていいのか?」

「え?」

「可愛い彼女がいんのに、俺を捜す為とは言え他の女の子と二人で歩き回ってて良かったのか? って意味」

「ウッソー⁉ 神崎君、彼女いんの⁉ 超ショックなんだけど~!」


 この発言は、神崎ファンの眞下にもダメージを与える。まさに一石二鳥的な反撃だ。


「か、彼女なんていないよ! 何をデタラメ言ってるんだか……」

「あ、いないの? じゃあイブは眞下とデートすればいいんじゃね?」


 眞下に向かって、「な?」と同意を求めると、彼女は素直にうんうんと頷く。多分半分くらい本気で頷いてる。


「そ、それは……」


 途端に視線が泳ぐ神崎君。


「神崎君、ひどい……」


 そして眞下は泣いたふりをする。こういった眞下のノリの良さが好きだ。しかし、ちょっと本気だったのかもしれないと思うと、少し罪悪感を覚えた。いや、こいつには信がいるし、大丈夫か。


「い、いや、そうじゃなくて……クラスの友達と忘年会するって約束したんだよ!」


 神崎君は神崎君でまた同じ言い訳をするので、苦笑を漏らさざるを得ない。彼も俺に似て素直じゃない性格だ。というか、結構彼とは共通点がある事に最近俺は気付き始めた。彼が俺の事を気にかけてくれるのは、彼もそう感じているからかもしれない。

 ちなみに神崎君が誰と付き合っているかは信が徹底捜査中である。彼の情報網を以てすればおそらく近いうちにわかるはずだ。もちろん、俺が頼んだわけではない。ただ「神崎君って彼女いるみたいだけど、知ってる?」と信に訊いてみると、まるでピラニアが人の指に喰いつくかのような勢いでその話に乗ってきたのだ。


「まあまあ、眞下も元気出せって。お前には信がいるだろ?」


 神崎君が本気で困ってる感じなので、そろそろ助け舟を出してやる事にした。しかし、それを聞いた眞下は嘘泣きをやめて今度は俺に喰いついてくる。


「何でそうなんのよ! あんなアホな奴死んでも嫌だわ!!」


 これは振りではなく、本気で怒ってる様だった。ただ、ふとこの前眞下から聞いた中学時代の話を思い出した。


「お前、まだその癖直ってないの?」

「癖?」

「好きな人には正直になれなくて正反対の事を言ってしまう癖」

「……一回刺されてみる?」

「う、嘘です、ハイ」


 餓えた虎よりも恐ろしい眼光を放った眞下に、俺は思わずたじろいだ。あまり調子に乗り過ぎると殺されてしまいかねないので、彼女の怒りを買う前に逃げ出した。

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