5-10.プレゼントは……

 ティッシュ配りの日雇いバイトを終えてから、以前マスターに教えてもらった雑貨屋を探してブラブラと歩いていると、すぐにそれらしきお店は発見できた。三階程しかない低い地味なビルが立ち並ぶ中、そのうち一軒だけお洒落な店が輝いていた。まるで瓦礫の中から光る石を見つけるようだった。

 ガラスのドア越しから中を見てみると、どうやら女性店員と女性客が数人いるだけらしい。男一人でこんな店に入るのはやや緊張するが、ボディショップに入るよりマシだ。そう思って中へと入ると、ディフューザーから溢れるアロマの香りに身を包まれた。店内は結構広く、中を見渡す限り確かにアンティークショップとは少し違う。商品を見ていると大半が輸入雑貨のようだ。若い女性店員がニコリとこちらに微笑みかけた。


「いらっしゃいませ。何かお探しなら、遠慮せず申し付けて下さいね」


 笑顔が華やかな店員さんだった。会釈を返しつつ、店員さんの視線を感じながら、店内の商品を見て回った。

 まず目に入ってきたのが、綺麗な鏡だ。装飾が調っていて、色鮮やかな鏡だった。しかし、値札を見て驚いた。

 六万三千円。イタリア製と書いてある。やはり輸入モノは高いらしい。俺は溜息を吐き、そっともとの位置に戻した。

 伊織は何が欲しいんだろう……? 彼女との会話にそれらしきものが無いか必死に記憶を探った。近いものから順に追っていくと、一つだけあった。

 それは文化祭の第一日目、およそ二週間前まで遡る。茶屋を開店させる前、彼女と写真を撮った時に伊織は言った。


『ねぇ、写真現像したらさ……』

『ん?』

『フレーム、買いに行こうね』


 あの時の状況と共に蘇った。これしかない。俺は早速、店員さんの元へ行った。さっきまでいた女性客はもう帰っており、店内には俺と女性店員だけだった。


「写真立てってありますか?」

「はい、ありますよ!」


 店員さんが元気よく頷いてくれた。

 彼女のネームを見て驚いた。名前の横に店長と書いてある。見た感じおそらく二十代前半から半ばくらいなのに、店を切り盛りしてるとは凄い。マスターが店の売り物が変わってしまったと言っていたが、店長が変わったからかもしれない。

 俺は彼女の後をついて行き、写真立ての売り場に案内してもらった。さすが輸入雑貨と言うべきか、ヨーロッパをイメージさせるものばかりだ。値段は最低でも七千円ほど。その中に、一つだけ俺の目を惹くものがあった。いや、それは見つけてくれと言わんばかりに輝く様にして俺の中に飛び込んできたのだ。『クリスタルフォトフレーム(時計付き)』という名前らしい。普通サイズの写真が入れられるフォトフレームの横に、シンプルな時計機能が備わっている。材質は透明感溢れるクリスタルガラスで、何とも神秘的なものだ。名前の横に『大切な日、大切な人へ最高の贈り物を』と付け加えられている。


「あっ、これですか? お客様もお目が高いですね」


 お目が高い、という言葉にちょっと怯えてしまう。もしかして物凄く高いんじゃないだろうか? 三万以上ならどうあがいても買えない。


「綺麗ですよねー、これ。私もこんなのプレゼントしてもらったら凄く嬉しいです」


 若き女性店長は、瞳を輝かせながら続けた。


「これは文字加工で三~四行までメッセージを彫る事ができるんです。素敵な言葉と一緒に、一生の思い出として残るんですよ。うちの店では唯一日本で作られたものなんですけど、私が一目惚れしちゃったようなもんで置かせて頂いてます」


 その言葉を聞いて、何だか余計にこれを選びたくなった。店長の営業トークなのかもしれないけれど、俺が伊織に贈る物はこれしか無いように思えた。


「あの……ちなみに、値段は?」

「一万六千八百円です」

「えっ、そんなもんなの?」


 あまりに普通な値段だったので驚いた。てっきり五万以上するのではと勝手に見込んでいたのだが、手が届きそうなお手頃価格で、安堵の息を吐く。


「国産品だからです。こんなに良い品物、滅多に無いんですよ。骨董品や輸入雑貨なんて値段ばかり高いけど、これは本当に価値あるものだと私は思います……もっとこういう品物が増えると良いんですけどね」


 おそらく、本心なのだろう。これを営業トークと言われたら、物を買う時に全国の店員の言葉も信じられなくなる。


「私の父の代では、骨董品しか置いてなかったんですよ。だからお客様も限られた方しか来なくて、滅多に買われないから売り上げ的にも苦しくて。それに、来る人が少ないと言う事は、それだけ自分に合う品物に出会える事も少なくなるじゃないですか。それが嫌で、父の跡を継いだら即座に経営方針を変えたんです」


 なるほど、と彼女の言っている事が少しわかった気がする。しかし、そのやり方ではマスターの様なお客さんが来なくなってしまう。それはこの店に取って良い事なんだろうか?


「……ちょっとした提案なんだけど」


 俺は少し考えてから言った。


「店長さんの理想とする物と、お父さんが理想とした物、どちらも置けばいいんじゃないかな」

「え?」

「俺にここを教えてくれた人は、あなたのお父さんの代の客だったらしくて、最近じゃ雰囲気が変わって行かなくなったって言ってた……さっきの話聞いてると、それもあなたの中の『万人に素晴らしい商品を』という主義に反するんじゃない?」


 確かにアンティークは高くて、ウン万もする商品は俺のような学生ではまず買えない。しかし、それを見る楽しみであったり、将来買いたい、と思う客もいるかもしれないのだ。

 俺は何だかすらすら言葉を並べてから自分の異常さに気付いた。普段なら絶対に他人の主義に口は出さないのに、どうしてこうも言いたく口を挟んでしまったのか。クリスタルフォトフレームを見て興奮してしまったからだろうか。いや、多分……この店長さんの思想が好きだったからだ。


「……って、初めてきた客が言い過ぎだな。やっぱ気にしないで下さい」


 女性店長は暫く黙って、何やら一人でうんうんと頷いている。


「そっか……そうですよね。私、新しくする事ばかり考えてて以前のお客様の事を考えてなかったです。父は自由にやれと何も反対しなかったものですから……」


 俺が言うのも変なんだけど、それも若さ故のものなのかもしれない。今回は俺も何だか偉そうに言ってしまったが、将来自分も気付かないうちにそうなる事は充分有り得る話だ。俺自身も肝に命じておかなければならない。


「大事な事を教えて頂いてありがとうございます。今後の参考にさせて頂きます」


 ぺこりと女性店長は頭を下げた。俺も何だか恐縮してしまい、頭を下げる。それだけに飽きたらず、彼女はとんでもない事を言ってのけた。


「御礼と言っては何ですが、これ半額に割引します」


 クリスタルフォトフレームを指して言う。


「ちょ、ちょっと待って。それはよくないって」


 さすがにこれを承諾する事はできない。というか、この人商売人として失格じゃないか?


「私の気持ちですよ」

「いや、そうじゃなくて……俺はそれをとても大切な人にあげたいって思ってて、だからこそちゃんとした金額で買いたいんだ。何ていうか、俺もあなたと同じく、そのフォトフレームに一目惚れしたからさ」


 店長さんは俺の目を見て話を聞いていた。


「……ただ、まだそれを買えるだけの金がなくてさ。もし御礼って言うなら、取り置き予約って形で置いといてもらっていいかな? イブまでには絶対買いに来るから」


 女性店長は何か感動ドラマでも見た様に目をうるうるさせて頷いたのだった。


「はい、もちろんです!」


 彼女はボールペンを胸ポケットから取り出し、値札に二重線を引いて『予約済』と横に書いた。


「……あなたのような人に愛されるなんて、その人はきっと幸せ者ですね」


 くすりと笑って言った店長さんの言葉に、顔から火が吹き出た。愛してる人にプレゼントするなんて一言も言ってないのに、何故に見抜かれたのだろうか。


「あっ、そういえば彫刻する言葉を決めてもらえますか? 前日に頼まれても間に合いませんので……」


 そう言うと、彼女は名刺くらいの大きさのメモ用紙を俺に切って渡した。


「言葉、か」


 結局俺はその言葉の為に一時間も悩む羽目になった。そして、俺が伊織に送りたい言葉とは──。

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