2章・万物が流転し始める時
2-1.無口な彼女
初デートの翌日からは中間テストの返却が始まった。今日は古文、数学、生物と俺が最も悪いと思われていた科目が一斉に返却される日だった。
結果は予想通りで、結構勉強したにも関わらず、俺は三科目とも平均以下。古文に関しては赤点一歩手前だった。勉強してもしなくても大差無いんじゃないかと思うほどだ。
何故勉強してるのに点数が取れないのだろうか。テストとなると一応勉強している。中学の時は成績もよかったし、あの頃のプライドもあるからだ。しかし、得意科目以外は平均、理系科目は赤点ギリギリと言う結果になる事が多い。勉強方法に問題があるのか、頭に問題があるのか……どちらにせよ悔しい。
しかし、こういった悩みは受験生、とりわけ浪人生ならみんな持っているはずだ。俺が行っている予備校にも浪人生は結構いるが、勉強しなくて浪人した人は仕方ないとして、勉強しても勉強しても受からなかった人はどう思うのだろうか。俺達の様に恋愛や趣味や遊びに時間を費やす事もなく、ひたすら毎日勉強ばかりで、それでも尚報われなかったら彼等はどうなってしまうのだろう?
俺達高校生は彼等を負け犬と見下す傾向にあるけれども、彼等は経験した事の無い人間にはわからないような、想像も絶する重圧の中、たった一つの希望に縋りついて生きているのではないだろうか。俺は彼等のように勉強していないし、まだ高校二年の俺がそんな事を考える必要も無いのだけれども、どうして世の中とは努力している人間には厳しいのだろうか。
世間を見ていて思うけれど、日々を軽いノリだけで楽しく暮らしていて、生きている価値があるのか? と疑問に思う人間もたくさん居る。そんな人間程案外平和に楽しく生きていて、血の滲む努力をしている人間程報われないと感じる。
もちろん、報われている人間だっている。しかし、一方で全く報われていない人間が多いのだ。その努力の半分の、いや、せめてほんの僅かでもそれを示す結果が出ていたとするなら、それはまだマシな方なのだと思う。
世の中にはきっと一握りの憐れみさえ与えてもらえない人達がいる。そして、俺も後者側の人間であるのはこの十六年間で理解していた。それを考えると……努力なんてものはいかにもバカバカしいものではないか。俺が努力を嫌うのは、そういった思想が背景にあるからかもしれない。
「麻生君、どうしたの? 大丈夫?」
「へ?」
麻宮さんが心配そうな顔でこちらを見ていたので、ふと我に返る。窓の外を見てぼんやり考えていたつもりなのだが、一旦こういったマイナス思考に入ると止まらなくなって顔に出てしまうのは悪い癖だ。
「テスト、そんなに悪かったの? それとも具合い悪いとか?」
「違うよ。まぁ、実際テストは悪かったんだけどさ。ただ、考えてたのは少し違う事」
いかんいかん、こうやって暗い考えに陥ってしまうと抜けれなくなるところは以前と何も変わってないじゃないか。
「何か悩み事?」
「悩みとはまた違うかな。俺が勝手に考えてるだけだから。たまにあるんだ。色々とごちゃごちゃ考えてしまう事が」
「そう……」
彼女は少し残念そうに目を逸らした。話してくれたら良いのに、という事だろうか? でも、別に話すような事ではない。しかもこれは、俺の中のかっこ悪い部分だ。そんな部分を彼女に知られたくなかった。
ふと、そう思いながら時計を見た。時刻は一時半に差し掛かろうとしていた。
「って、もうすぐ昼休み終わるじゃねーか!」
「だから心配したんだってば。いつもなら購買に走っていくのに、ずっとぼんやりしてたから」
「も、もっと早く言ってくれぇ……」
今更何も残ってないのは目に見えているが、俺は無駄と解っていながら購買に足を運んだ。
「………………」
残っていたのは残っていた。例のウニバナナパンだけだった。こんなものを食ってまで腹を満たさねばならん程日本は食い物に困っている国ではない。帰りにSカフェに寄って何か食わせてもらおう。これではマスターの思うつぼだけれども、何も食わないとなると死んでしまう。
溜息を吐きながら教室へ向かっていると、階段で中馬芙美とすれ違った。俺は今まで通り気にする事なく素通りしようとすると、目が合った時に何と彼女から声をかけてきたのだ。
「古文、やばかったんだけど」
「え?」
いきなり挨拶も無しに古文の話が飛んできたので、すぐに反応できなかった。
「ああ、古文は俺も悪かった」
うろたえながらも返事の言葉を模索して、それとなく言葉を返す。
「きっと麻生君より悪いよ。あたし三十五点だったから」
あの文系科目校内トップの中馬芙美が古文三十五点とは……今回のテストってそんなに難しかったのかな。それなら、俺も点が取れなくて当たり前だったのか。って、三十五点?
「あ、それって俺と同じだ。赤点ギリギリのデッドライン」
一息ついて、お互い吹き出した。
「麻生君、頭良いんじゃないの?」
「それは勝手に思ってただけだろ? 中馬さんこそ校内トップクラスの成績って聞いたけど?」
「マグレだよ。あたし頭悪いから」
少し照れた様に笑う中馬さん。こういう普段キツい系の無表情な子が照れ笑いするとこんなに可愛く見える。
「じゃあ、俺のもマグレだな。頭悪いから」
そういうと、互いにくすっと笑い合う。
「あたし今回ので古文わけわかんなくなったかも」
「俺もだよ。もう一度基礎からやり直した方がよさそうだ」
「何か良い参考書あったら教えてよ」
「わかった。調べとく」
俺達はそれだけ会話すると、そこで別れた。
一体彼女は何をしたかったのだろうか。階段を降りて行く中馬芙美の後姿を眺め、俺は首を傾げた。ただ単に自信喪失して誰でも良いから話したかったのか、それとも……?
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