1-12.彩られた通学路
高鳴る気持ちと若干の緊張を抑えて、通学路の途中のコンビニ前で、車の窓に写った自分を見て髪形と服装のチェックをする。今は朝の八時十五分を少しすぎた頃だ。家を出る前に入念にチェックしたが、やはり心配になってしまって、何度も見直してしまう。
そろそろ待ち合わせの時間だ。スマートフォンで時間を確認しようとしたタイミングで、天使のような女の子が目の前に立っていた。転校生の麻宮伊織だ。
「おはよう、麻生君」
「……うぃっす」
いつもながら、彼女を見るだけで心が癒されてしまって、一瞬反応が遅れてしまう。
「待たせちゃった?」
「いや、全然」
「ならよかった。じゃあ、いこっか?」
「ああ」
そんな、いつもながらのやりとりをする。これがここ最近の日課だった。
以前一緒に帰った時に判明したのだが、実は麻宮さんの家と俺の家は結構近くて、ご近所さんだったのだ。おそらく徒歩一〇分程度と離れていない。通学路も同じで、最近俺達は時間帯が合えば、こうやって一緒に登校するようになった。
どちらかがまだ来ていなければLIMEを送って五分程待ち、それでも連絡がなければ『先に行ってる』ともう一度メッセージを送って登校するというのが暗黙の了解になっている。ちなみにLIMEとは、SNSメールアプリで通話もできる。ほとんど誰かと連絡をとる時は、このLIMEでとっていた。もちろん、俺の友達リストに女の子などいなかったが、初めてできた女の子の友達が麻宮伊織だった。
連絡先の交換に至ったのは、俺が最近女の子の間で流行っているクマのキャラクター『クマプー』のキーホルダーをたまたまカバンにつけていた事だった。それを切っ掛けに話が広がり、彼女がLIMEのスタンプ機能でクマプーの有料スタンプをたくさん集めているというので、連絡先を交換するに至った。まさか、たまたまつけていたキーホルダーがここまで功を奏するとは思わなかった。どこで手に入れたかも覚えていないが、このキーホルダーには感謝だ。
連絡先を交換して以降、彼女は毎日楽し気にLIMEのスタンプを送ってくるようになっていた(で、俺もいくつかのスタンプを買った)。
「もう学校には慣れたか?」
麻宮伊織と泉堂彰吾が転校してきて、もう一週間以上経っていた。俺とこうして接しているのに、麻宮さんはそれなりにクラスの連中とも仲良くやっている。はっきり言ってどんな裏技を使っているのかわからないが、おそらくは彼女の社交性の高さからくるものだろう。
ただ、こうして仲良くなってみるとわかるのだが、彼女は社交性こそ高いが、実は結構人見知りだ。いや、人見知りを隠す為の社交性の高さというべきか、そんな謎の性格の持ち主でもあったのだ。その証拠に、初めて話す人とは、結構緊張すると本人も言っていた。傍から見ている俺からすれば普通に話しているようだが、相当気を遣っているらしい。
「うん、みんな優しいから」
「そうか? まあ、わからない事あったら聞けよ」
言うと、「うん!」と彼女は嬉しそうに頷いた。
実際のところ、クラス内では俺が危惧していたような事は起こっていなかった。それどころか、最近はノリの良い女子のクラスメイトから俺まで挨拶をされるようになってきた。何か麻宮さんが魔法をかけたのだろうか、と思う程だ。
今まで俺だってクラスに馴染む為に何もやらなかったわけではない。一応クラスに溶け込もうと努力した事もあった。しかし、それでも無理だったのだ。それが、麻宮さんが転校してきた途端これである。
魔術師・麻宮にどんな方法を使ったのか聞いて見ると『麻生君ってほんとはどんな人? 一緒に居て嫌じゃない?』と訊かれたから、自分が持っている印象を正直に答えただけと言う。一体何を言ったかについては『ナイショ』と教えてもらえないのだが……黒魔術の呪文でも唱えたのだろうか?
「あっ!」
麻宮さんが唐突に声をあげた。
「なに?」
「ほら、あそこのお店、知ってる?」
まだ目覚めきっていない繁華街で彼女が指差した方を見ると、シャッターがまだ閉まったままの、少し大きな建物があった。まだ八時半前なので開いてないのは当然である。
確か、春にオープンしたばかりのファッションビルで、洋服の店舗がたくさん入っている。
「ああ、あそこか。俺は行った事ないな」
「あそこの中にね、NiaRっていうブランドの店舗が入ってて、可愛い服がたくさんあるってクラスの子達が言ってたんだけど……」
「ふぅん」
この通り、彼女はクラスの子達とも仲良くやりつつ、俺とも普通に接している。一体どうやればそんな事が可能なのだろうか。本当に信じられない。
「それで、明日って日曜じゃない? だから行ってみようかなって思ってて。昼前だとまだ混んでないと思うし……麻生君も一緒に行かない?」
「服かぁ、最近あんまり興味ないんだよなぁ」
少し前はファッションにも興味を示していて、色々服を買い漁っていたのだが、失恋後の虚無期間により、一切の興味を失ってしまっていた。それ以降、服を買いに行くどころか、見に行く気すらなくなっていたのだ。
というより、そこでなぜ俺を誘うんだろう? 泉堂彰吾でもなく、クラスの女子でもなく。
「あ、じゃあ私がコーディネートしてあげよっか?」
「いらねえ……」
悪戯げに笑って提案する彼女に、俺はなんだか嫌な予感がしたのだ。着せ替えて遊ばれそうな気がする。
「そっかぁ……じゃあ、一人で行こうかなぁ」
少ししょんぼりとした様子の麻宮さん。そんな顔をされたら、なんだか罪悪感が芽生えてしまう。
「……行かないとは言ってないだろ。服は要らないけど、買い物付き合うだけなら、全然いいよ」
「ほんと? じゃあ、お昼前にNiaRに集合!」
一転して嬉しそうに笑う麻宮さんに、ちょっと騙された気がしなくもないけれど……それでも、彼女の笑顔は俺の心を弾ませてくれる。
俺達は僅か数日で、こんな風に以前から知り合いだったかのようなやり取りをしている。話す事も次々浮かんでくるし、不思議な関係だった。今まで男でもこんなに急速に仲良くなった事などなかったのに。
俺は基本的に、相手の腹を探ってこれは言って平気なのかどうなのか、好印象をもたれているかどうか、とか……いろんな要素を見て距離を測ってしまう。本来は、相手の思考や感情を読み取り、仲良くなるまでには多少時間がかかるはずなのだ。しかし、彼女に対しては全くそういったものがない。自然なままに接していて、俺が彼女に対して全く警戒心を抱けないのだ。
「あ、遅れちゃう! 走ろ?」
「あ? そんな慌てる程の……って、もうこんな時間かよ」
俺も時計を見てみると、ゆっくり歩き過ぎてしまったのか、思ったより時間が過ぎていた。楽しい時間程早く過ぎるのだが、 朝に早く時間が過ぎていくのは困ったものである。そんな事をぶつくさ考えている余裕もなく、俺達は慌てて駆け出した。
っていうか、何気に明日遊ぶ約束してなかったか?
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