第69話 先王の懇願

 



 横須賀の旧米軍基地に宇宙船を着陸した俺は、公安と小長谷に戻ったことを連絡した。


 そしたらこっちに来るということなので、ルンミールから情報収集をしつつ色々と準備をして待っていた。


 そして数時間後。基地に数機のヘリがやってきた。


「航! 」


「「瀬海さん! 」」


 俺がカレンたちを連れて外に出ると、小長谷と森高1尉。そして内閣調査室長の神谷さんと防衛大臣の高野さんが駆け寄ってきた。ヘリの前には焦燥に駆られた表情を浮かべている、防衛省のお偉いさんたちの姿も見えた。


 まあダグルの大群が地球に上陸するなんて聞けばな。


「来るの早かったな。さすが機動力が売りの政権だな」


「エルサリオン王国から突然あんな情報が流れて来て、航が日本に戻って来るとなればそりゃ飛んでくるさ」


「ははは、まあ予想していたより大侵攻の時期は早かったな。できればEC連隊が師団規模になるまで待って欲しかったんだけどな。せっかちな奴らだ」


 まだ前回の侵攻からまだ1年しか経っていない。火星にうじゃううじゃいたのは精霊神のあの映像でわかってはいたけど、やって来るのはもう少し後だと思ってたんだけどな。


「せ、瀬海さん……その……日本は大丈夫でしょうか? 」


「無傷って訳にはいかないでしょう。特に日本海側は。日本に上陸するダグルはなんとか俺が空中で落としますが、大陸のまでは無理です。高野防衛大臣には、自衛隊と対空レールガンを日本海側の都市部に集中配備してもらえるよう願いします。あと住民の内陸部への避難も」


 俺は顔を青ざめながら聞いてきた大臣にそう答えた。


 さすがに守る範囲が広すぎる。俺とカレンがエーテルを解放して呼び寄せても取りこぼしが出るだろう。また自衛隊には身体を張ってもらわないとな。


「わ、わかりました。至急手配いたします」


「航。EC連隊はどう動けばいい? 」


「空での移動は封じられるだろうから、二個中隊づつ東北と九州に分けるしかないだろうな。気をつけろよ? どうもバッタタイプよりも強力なのがいるみたいだ。できるだけ俺たちに来るようにはするが、今の小長谷たちじゃ苦戦するかもしれない。予備のサク改や旧式のサクをできるだけ持っていけ」


 火星で見た蜂やクワガタみたいなのは飛びそうだしな。


「バッタ型よりも強力なインセクトイドが来るのか……わかった。俺と森高1尉の部隊に分けよう。乗り換え用のサクもありったけ投入する」


「そうしてくれ」


 小長谷にそう答えると内閣調査室長の神谷さんが、神妙な面持ちで話しかけてきた。


「瀬海さん。エルサリオン王国やその他の国の方は、今回も日本以外の国を助けてくれるのでしょうか? 」


「さあどうでしょうね。アガルタは月を捨て、地上での戦いを選択しました。彼らにとってもう後がない状態です。そんな彼らですから、まず第一に地下世界にダグルが侵入しないように動くと思います。最初はある程度力を貸してくれるとは思いますけど、ダグルの数が多ければ世界各地にある地下世界と繋がる次元の穴の防衛に努めるんじゃないですかね? 」


「……そうですか」


「そこは責めれませんよ。彼らにとってはアガルタ世界が故郷であり守るべき対象なんですから」


 神谷さんのというか政府の気持ちもわからないでもないけどな。せっかく貿易が再開して落ち着いてきたところにまた世界中が混乱するんだもんな。


 エネルギーはアガルタからの蓄電池技術でなんとか持ちこたえられるだろうけど食料はな。これもアガルタからの技術と、不況で農業従事者が増えたことで自給率は上がってはいるがまだまだみたいだしな。


 そうはいってもアガルタにも優先順位がある。彼らが守るべき者は地上の人間ではなく、アガルタの住民だ、そのアガルタを守るために、地上の人間を時間稼ぎに使ったとしても責められない。


 そもそも第一次侵攻の時にアガルタが助けてくれなかったら、俺が戻る前に世界は今よりもっと酷いことになっていただろう。


 限定的とはいえ、過去に裏切った地上人にダグルと戦える技術を供与してくれただけでも感謝しないとな。


 今回は前回の比にならないほどの多くの命が世界各国で失われるだろう。俺だっていくら勇者に祭り上げられたくないからって、それを見て見ぬ振りはさすがにしたくはない。


 しかし強いとはいっても、ダグル相手に無双できるのは俺とカレンの二人だけだ。この広い地上を面で攻めてこられたらお手上げだ。アルガルータのような小さな星でもないし、大陸が一つしか無いわけでもないしな。俺は日本を守るので精一杯だ。


「はい……そうですね。我々も他国のことよりもまずは国民の命を守ることに集中します」


「そうしてください。まあ日本には俺がいますから安心してください。たとえ前回より多くのダグルが来ようが防いでみせますよ」


「ありがとうございます。瀬海さんがいてくれた事が日本の最大の幸運です」


「家族がいるので。婆ちゃんのことはお願いします」


 俺はそう言ったあと、小長谷と森高1尉だけ残して大臣たちには帰ってもらった。


「航、どうした? まだ何かあるのか? 」


「ダグルが来るまでまだ時間はある。EC連隊のみ静岡の演習場に集められるか? 」


「それは可能だが……なぜ演習場に行く必要があるんだ? 」


「ああ、実は前回の実戦訓練のあと、暇だったからこれを作ってたんだ」


 俺はそう言って影空間からマジックバッグと、騎士級の火鳥の鱗と皮で作った3mほどの深紅の携行式魔導砲を取り出した。


「これは……パワードスーツ用の大型無反動砲か? 」


「ああ、中には火球の魔結晶を取り付けてある。錬金で作ったからそこまで命中率は良くはない。ただ火球は着弾時に爆発して広範囲を焼くから、今回みたいに数が多い敵には有効だ」


 そもそも黒鉄製の連装魔導砲ほどの耐久力はないから、火球か炎弾の魔結晶くらいしか取り付けられないんだけどな。まあ例えこれ以上の魔結晶を装着したとしても、戦術的に使えるほどのエーテル量が小長谷たちにはまだないしな。


「火球の魔結晶だと!? 」


「あのバッタ型を一瞬で焼き尽くした……」


「当たればね。だから練習をしてもらおうと思ってさ。使い方は俺とカレンが教えるから。ちょっとコツが必要なんだ」


 別にエーテルを流すだけでいいんだけど、サクを通してだと消費が激しい。サク改はダンゴムシ型の甲殻を使いエーテルが通りやすいように改良したとはいえ、それでも黒鉄には遠く及ばない。そのうえ小長谷たちはただでさえエーテル保有量が少ないからな。短期間で使えるようにするには俺たちが教えるしかない。


「悪いな航。助かる」


「魔結晶はフィロテスさんがアガルタでもかなり貴重な物だとおっしゃってました。そんな貴重な物を私たちに……瀬海さん。ありがとうございます」


「これくらいのは魔結晶はそうでもないさ。カレンが森高さんたちに死んで欲しくないと言うから作ったんだけど、まさかこんなに早く必要になるとは思ってなかったから数は少ない。それでも連隊の助けにはなると思うから使ってくれ」


 俺はまだ必要ないと思ってたんだけどな。カレンが森高1尉と若草1尉のために作ってというから、早めに作っておいたのが幸いしたな。


「ん……千夏と望たちには死んで欲しくない」


「カレンちゃん……ありがとう」


「まあそうはいってもまだ10基しか作ってない。ちょっと手間が掛かるからあと1~2基しか増やせない。エーテルの消費量を計算してうまく運用してくれ」


「わかった。すぐに部隊と共に演習場の向かおう。航空自衛隊にも協力を要請し、空中に標的を用意してもらう」


「そうしてくれ。俺たちは先に向かってるから着いたら連絡をくれ。ああ、先に魔導砲を渡しておくよ」


 俺はそういって魔導砲を入れてあるマジックバッグを小長谷と森高1尉に手渡した。


「これは……まさかマジックバッグというやつか? これを俺たちに? 」


「え!? カレンちゃんとフィロテスさんが持っているあの!? 」


「ああ、3等級の空間拡張の魔結晶で作った物だけどな。中は10m四方の空間になってる。その中に魔導砲が入ってる。もう佐官なんだし上司に取られたりしないだろ? 」


 俺はマジックバックを手に持ち驚いている二人にそう言った。


 まあ防衛省のお偉方も、俺が渡した物を取り上げたらどうなるかはわかってるだろうしな。


「それは大丈夫だが……黒鉄の短剣といいマジックバッグといい……いや、助かる。部隊の補給ができない時などは非常に助かるのだが……」


「なんだよ、また高価な物を持ち歩くことにビビってんのかよ。バレなきゃ大丈夫だって。バレたら世界中のエージェントから狙われるだろうけどな」


「ぐっ……」


「小長谷2佐。基地にも預けるわけにもいかないし、肌身離さず持っているしかなさそうです。私のはおしゃれな作りですし違和感はないわ」


「ん……それは私が作った」


「俺のはやぼったいデザインなんだが……これをずっと持ち歩くのか……」


「……それは俺が作った」


「ご主人様のセンスは壊滅的でやすね」


「くっ……それより急いでくれ。あと1日半後には地球にダグルがやってくるぞ」


 俺はトワの言葉にダメージを受けつつ、小長谷たちに部隊を集めるように言った。


「わ、わかった。では演習場で会おう」


「カレンちゃんにトワちゃん。フィロテスさんもまた後で」


「ん……待ってる」


「さあ、俺たちも移動しよう」


 俺は小長谷たちがヘリに乗り込むのを見送ったあと、カレンたちと共に宇宙船へと戻り静岡へと向かった。


 そして数時間後。航空自衛隊の協力により、魔導砲の発射訓練を深夜まで行った。


 発射訓練は各隊から選抜された20名で行い、ほかの隊員たちはレールガンで連携の訓練をした。


 さすがに全員に教えるには時間が足らないからな。射撃が得意な者のみに教えることになったんだ。


 その甲斐あって最初はエーテルを流しすぎていた隊員たちも、最後にはかなり上達してなんとか実戦で使えるようにはなっていた。


 その後は小長谷たちが輸送機で急いで去って行くのを見送り、俺たちはダグルが来るまで宇宙船で休むことにした。さすがにえっちはお預けだ。ダグルが予定より早くやってくる可能性もあるからな。ルリとリカとのお風呂も全てが終わるまで我慢して、カレンとフィロテスとだけ三人でお風呂に入って少しだけイチャついてすぐ寝たよ。


 そして翌朝。情報局と連絡を取っていたフィロテスから、ダグルが月のすぐ近くに現れたと聞き俺たちは日本海へと向かった。


 作戦は俺とカレンが日本へやってくるダグルの母船を落とし、フィロテスとトワには宇宙船から小長谷たちを援護してもらうつもりだ。



 それから世界中でパニックになっている様子を報道している地上のニュースを見ながら、俺たちは日本海上空でダグルがやってくるのをフル装備で今か今かと待ち構えていた。


 そんな時だった。


 一緒にソファーに座っていたフィロテスがどこからか通信を受け取ったと思ったら、慌てた様子で俺に話しかけてきた。


「ワ、ワタルさん! 先王から緊急通信です。至急相談したいことがあるとのことです」


「先王から? なんだろ? まあいいや、通信機に繋いでくれ」


 俺はこんな時にエルサリオンの先王が何の用だと訝しみながらも、取りあえず部屋の通信機に繋いでもらえるようにフィロテスへと頼んだ。


 するとすぐにエルサリオン先王のリンドールと、その正妃であるティニエルの姿が俺たちの前に立体映像として現れた。


 《勇者様。お忙しいところ申し訳ございません》


「しばらくぶりだな先王。なんかマズいことでも起こったのか? 」


 俺は頭を下げ挨拶をするリンドールとティニエルの顔がかなり焦燥していることから、これは相当マズいことが起こったなと感じた。


 《実は目を離した隙に……娘のアリエルが月へと……》


「はあ!? なんでだよ! 月はやばいんだろ!? なんでそんなところに行ったんだよ! 」


 俺はリンドールの口から出た言葉に目ん玉が飛び出るほど驚いた。


 なんでアリエルが月に!? 月の基地は捨てて、決死隊が遅滞戦術を行うんじゃなかったのか? まさか婚約が決まったことで自暴自棄になってんのか?


 《月には元親衛隊の者が決死隊として残っておりました。アリエルはそのことを婚約者から聞き、月にいるほかの部隊を迎えに行った宇宙船に密かに乗り込んだようなのです》


「マジか……アイツらも残ってたのか……それにしたって単身でダグルの大群がやってくるとこに行くか? 」


「あの子なら行きそう……リーゼに似てた」


「あ~、言われてみれば無鉄砲さが似てるな」


 俺はあの時、敵わないと知っても仲間を守るために俺に立ち向かったアリエルを思い出した。


 確かに似てる。


 リーゼリットも剣すらまともに振れないくせに、いつも前線にいたがっていた。その分俺たちの負担は増えたけど、兵の士気は高かった。毎回なぜ来るんだと叱っても、王女だからと後方で民が傷つくのをただ見ていることなどできませんって……普段ポヨポヨしてる彼女が真っ直ぐな瞳でそう言うんだ。アレには俺も王も毎回頭を悩ませたよ。


 そんな感情で動くところがリーゼリットと似ている。


 自分の親衛隊が決死隊として志願したと知り、いてもたってもいられなくなったんだろうな。


 ハァ……似てるのは顔だけにしてくれよな。


 《勇者様……一人の父親としてお願いがあります。どうか、どうか娘を、アリエルを救っていただけませんでしょうか? 身勝手と思われるかもしれません。カレナリエル様に我らが行ったことを考えれば、このようなことをお願いする資格など無いのは重々承知しております。ですが私とティニエルのたった一人の娘なのです。どうか、どうかお願い致します。どうか……》


 《勇者様……ううっ……どうかお救いください……王はアリエルを救うために戦士を犠牲にすることはできないと……勇者様しか頼れる方がいないのです。どうかお願い致します》


「ったく、なんちゅう身勝手な女だ。感情で動いて周りに迷惑を掛けやがって……ティニエルさん。悪いがこっちだって守るものがあんだ。日本には家族がいるんだよ。それを放って行くわけにはいかねんだ」


「ワタル……」


「ワタルさん……」


 《そんな……ああ……アリエル……ううっ……》


「…………だからリンドール。エルサリオン軍を日本に派遣しろ。俺の代わりに日本を守れ。それなら行ってやるし、ついでに月のダグルを全滅させてきてやる」


 俺はティニエルが悲しむ姿を見ていられなくなり、妥協案を提示した。エルサリオンが全力で日本を守るというのなら、ここから離れても大丈夫だと思ったからだ。


 ったく、アリエルめ……身勝手で周りに迷惑を掛けて、自分の命まで軽く見てとんだ馬鹿な女だ。


 でも……それは全て自分以外の者を守りたいと思う気持ちからの行動なんだよな。俺は昔、そんな彼女によく似た女性が好きだったんだよな。


 《勇者様! 》


 《ああ……勇者様……》


「んふっ……ワタルならそういうと思った」


「ワタルさん……」 


「親を泣かせるような馬鹿娘にはお仕置きが必要だ。お仕置きは生きてなきゃできないだろ? それに元親衛隊の奴らの様子も見に行くって約束したしな。俺は約束は守る男なんだ」


 親がいるってのに泣かせやがって……ぜってぇあのプリケツを泣くまでぶっ叩いてやる。


「ん……お仕置きする」


 《勇者様、感謝いたします。このご恩は生涯忘れません。勇者様が月に行っていただけるのであれば、地上の軍の負担は減ることでしょう。必ずやエルサリオンの精鋭部隊をニホンへ派遣させます。当然私も護衛の兵とともに向かいます。この命を懸けてニホンをお守り致します》


「王が何か言ってきたなら、勇者の力までも信じられねえ国とは金輪際付き合うのはお断りだとでも言っておいてくれ。俺はすぐにでも向かう。約束は守れよ? 」


 《ハッ! この命に代えても! 》


 《勇者様。アリエルをお願い致します》


「まかせとけ。じゃあな」


 俺は頭を深く下げる二人にそう言って通信を切った。


「ワタル……久々に本気出す? 」


「どうだろうな。せいぜい大騎士級くらいしかいなさそうじゃないか? 余裕だろ」


 俺は二丁の魔銃を取り出し、心なしかウキウキしている様子のカレンにそう答えた。


「大騎士級……確かレベル7相当でしたね。エーテル保有量7万のレベル7……」


「大丈夫だよフィロテス。カレンの結界の中で、トワと一緒に固定砲台に徹してればいいから」


 今の俺はダグルが何十万いようと、吸収の魔結晶があれば永遠に戦える。カレンとエーテルを補給しあって戦えば余裕だろ。


「ん……私の結界は最強……安心する」


「は、はい! 」


「さて、それじゃあお転婆姫様を救いに行きますかね」


「おお~! 」


「そんな楽しそうにされてもな……」 


 俺は数の多いダグルと戦えることに上機嫌になっているカレンに呆れつつも、小長谷に連絡を入れてから艦長のレイコに月に向かうように指示をした。


 まったく、世話の焼ける姫様だぜ。


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