第60話 別れ
恩人の師匠を失い森の中に向かう俺の後ろ姿を見送ると場面が変わり、俺たちはまた別の場所に移動していた。
そこは森の中にある湖で、少したくましくなった俺が豚の顔をした中鬼の群れと戦っていた。見覚えのある湖と戦う俺の装備を見て、俺は師匠と別れて半年ほど経過した頃だということがわかった。そしてその後に何が起こるのかも思い出し、隣にいるいカレンの肩を抱き寄せた。
「あの湖……」
「目をつぶっていてもいいぞ」
「見る……会いたい」
「そうか……」
カレンは俺の腰に両腕を巻きつけながら、上目遣いでこれから起こることを見たいと言った。そんな彼女の髪を撫でながら、50mほど先にいる記憶の中の俺に視線を戻した。
ファンタジーによく出てくるオークに似た中鬼と戦っていた精霊神の記憶の中の俺は、その数の多さと時折通り過ぎていく中鬼が気になり後を追っていた。
そして森の外に出ると、丘の上にある平屋を囲むように数十匹の中鬼が群がっているのが見えた。
俺は獣人かエルフが襲われていると思い、全力で丘の上に向かって駆け出していた。
丘の上に着くとそこには平屋の前で短剣を手にした壮年のダークエルフの男が、たった一人で中鬼と戦っていた。
カレンの父親のダイタロスさんだ。
「ダイタロスさん……」
「お父さん……」
「彼がカレン殿の……」
「ダイタロス殿がダークエルフだったのか」
「ああ、カレンの父親であり俺が尊敬する戦士だ」
俺は驚くエルサリオン王とクーサリオン公爵にそう答えた。
ここから見えるダイロスさんの全身は血だらけで今にも倒れそうに見えたが、彼は見事な体捌きと短剣術により家に入ろうとする中鬼を次々と斬り付けていた。
『『雷弾』! 助太刀します! 』
記憶の中の俺はダイロスさんにそう声を掛けるのと同時に雷弾を放ち、剣を抜いて中鬼を背後から斬り付けた。
『ハァハァ……すまぬ! 私はいい! 中にいる妻と娘を! 』
『で、でもこの数を相手に一人では! 』
『私は大丈夫だ! 妻と娘を頼む! 私の命なのだ! 』
『くっ……わ、わかりました! 』
悲壮な表情でそう訴えるダイロスさんに押し切られた俺は、中鬼を斬り伏せながら平屋へと向かっていった。そして壊された扉から中に入ると、家の中には既に中鬼が二匹ほど反対側の壁を破り、中に侵入していた。
その中鬼の足もとには、背中を真っ赤に染めながらも子供に覆いかぶさっているエルフの女性がいた。
13歳のカレンとその母親のラエルノアさんだ。
『この野郎おぉぉぉ! そこをどけぇ! 『雷弾』! 』
ブギーー!
『大丈夫ですか! 』
俺は雷の弾を四つ出現させ二匹の中鬼の胸を撃ち抜き、そのまま剣で首を斬り付け倒した。そしてうつ伏せで倒れているラエルノアさんを抱き起こした。
『おかあ……さん? お母さん! 』
『くっ……傷が深い……今止血をするから! 』
俺は母親の下で悲壮な表情をしているカレンからラエルノアさんを引き剥がし、彼女の傷の具合を確認した。
しかし中鬼の錆びた剣で突き刺されたらしき背中の傷は胸まで達してして、大量に出血しておりもう既に手の施しようがないほどだった。
『ありが……とう……ござい……ます……娘を……カレナリエルを……おねが……い……』
『喋らないでください! うっ……し、止血を……チッ! 邪魔をするなクソ豚野郎! 『雷弾』! 』
俺はそれでもなんとか止血を試みたが、壁の穴から次々と中鬼が入ってきてその対応に追われた。
『お母さん! 』
『私は……もう駄目……この子……は……ハーフ……エルフ……守って……おねが……い……愛しのカレナ……リエルを……』
『わ、わかりました! 俺が必ず守ります! だからもう喋らないでください! 血が……くっ! 『雷弾』! 』
『あり……が……と……う……』
『イヤッ! お母さん! 目を開けて! イヤーーーー!! 』
『なっ!? 入口からも!? くそっ! 『雷弾』! うおぉぉぉお! 』
俺はダイタロスさんが死守しているはずの入口からも中鬼が侵入してきたことで、彼も力尽きたことを悟ったようだ。
俺は入口にいる中鬼に雷弾を放ち倒すことで入口を塞ぎ、カレンとラエルノアさんを抱き抱えた。そして穴が空いた壁から外に出て、力の限りジャンプして2人を屋根の上に置き俺は地上で戦っていた。
それから30分ほど戦い、俺は中鬼を殲滅することに成功した。
俺はフラフラになりながらも屋根にいたカレンと、冷たくなったラエルノアさんを下ろした。小屋の入口付近には膝をつき全身を切り刻まれ、片腕を失いながらも残った腕を広げたまま力尽きていたダイタロスさんが見える。
記憶の中の俺は、両親の亡骸を目の前に泣き叫ぶカレンをずっと見ていた。その顔はもっと早く助けにきていればと後悔をしている顔だった。
このシーンを見せられるのはキツイな……
「ワタルの……せい……じゃ……ない」
「カレン……」
唇を噛み締めていた俺に、カレンは記憶の中の彼女と同じく泣きながらそう言ってくれた。
「なんと勇敢な戦士だ……」
「あの数のマモノを相手に家族を守るために戦い、最後まで倒れなかったとは……今のダークエルフにあれほどの戦士は1人もいないだろう」
「なんて男だ……ナヨっちぃダークエルフにあんな戦士がいたなんてよう……さすが英雄の父だ」
しばらくして記憶の中の俺はカレンに声を掛け、錬金の魔結晶の力を使い石の棺を作り両親を埋めた。この数年後に掘り返して聖地に埋めることになるんだけどな。
そして両親のもとから離れたくないというカレンと、彼女の家で数ヶ月を過ごしたんだ。
それからは記憶の中の俺とカレンを中心に、目の前の景色が目まぐるしく変わっていった。
カレンと出会って1年ほど経過した頃に、ドワーフのもとで作った魔銃を練習するカレンの姿。カレンとともに中鬼の集落を見つけては襲撃する場面。次々と森に侵入してくる高ランクの魔物との戦い。
やがて数年が経過し、俺とカレンはアルガルータでも有名な最強のペアになっていた。
確か最初の頃は猿人族とハーフエルフのペアとか言われてたっけ。あの星には人族がいなかったからな。俺は獣人扱いされてたな。
そしてエルフ・ダークエルフ・獣人・巨人たちによる連合軍との合流。カレンを差別をするエルフの貴族との戦い。その戦いでは今まで助けてきたドワーフと獣人と巨人を味方につけ、その貴族の軍を全滅させた。そのあとにエルフの王による謝罪があり和解。その時にリーゼリットとの出会い、連合に勇者へ任命された。
その後は連合軍の勇者として先頭になり戦い、魔物の宇宙船を次々と破壊し魔物を大陸の西へ追いやった。しかし新たな宇宙船の上陸により押し返され、また押し返してを何年も繰り返していくのを見せられた。
あの時は本当に苦しい戦いが続いたな。
ふと王たちを見ると、あまりに壮絶な戦いに皆声が出ないようだった。フィロテスなんて、震えながら俺の背中に隠れてもう見ていない。
そんな激しい一進一退の攻防を繰り返していれば、当然連合軍の兵士の数は日を追う毎に減少していく。もともと数の少ないエルフと巨人族の戦士は、俺がアルガルータに召喚された7年目には五百人ずつくらいしか残っていなかった。
最終的に数に押され、大陸の東に俺たちは追い詰められた場面が映し出された後、俺とカレンが野戦基地で各種族の代表と話し合う場面が映し出された。
そう、この時に俺がパーティを組んで魔王城に奇襲を仕掛けることになったんだよな。
そしてリーゼリットと俺とカレンが話している場面に移る。
ああ、これは作戦決行の前夜にリーゼリットと話をした時だ。負傷したエルフの王の代わりにリーゼリットが前線に来て、兵士たちを鼓舞してたんだよな。
『道は獣王軍が開きます。カレン、勇者様……御武運を』
『ああ、ちょっくら魔王を倒してくるわ。それよりリーゼリット、俺たちが抜けたらここは保たない。すぐに後方に戻って民間人を聖地へと避難させてくれ』
『はい。勇者様の言いつけ通り、獣王軍とダークエルフ軍が魔物を抑えてくれることになっています。その間に私とドワーフと巨人たちが必ず残された民を聖地へと誘導します』
『引き潮で聖地と大陸が繋がっているうちに頼む。あそこには結界があるから、精霊神が守ってくれるはずだ。いいか? エルフと巨人族は数が減り過ぎた。もうこれ以上戦うな。種の存続を最優先にするように言ってくれ。特に父親にはもう戦うなともな』
『……承知しました』
『んじゃ行ってくるわ。帰ってきたらデートしような! 』
『ワタル……懲りない子』
『フフフ、ではお帰りをお待ちしています。必ず戻って来てください』
『戻るさ。ただ……もしも戻らなかったらエルフとダークエルフはもう二度といがみ合うな。一つの国となり協力して生き延びろ。そしてカレンのような子が差別されないような国を作ってくれ』
『そんなことおっしゃらないでください……必ず戻って来てください……そしてエルフとダークエルフを監視してください』
『ははは、もしもの話だ。俺が戻ったらカレンとリーゼリットと一緒にエルフたちを再教育してやるさ』
『はい。責任を持ってお手伝いします。カレンのために』
『リーゼリット……また』
『カレン……また再会しましょう』
これがリーゼリットとの最後の別れだった。
そして場面は俺のパーティが魔王城に乗り込み、巨大な宇宙船の中を突き進む姿へと移った。
「おお……レオニール様にニキ様。なんて強さだ」
「ガンゾ様のお持ちの戦斧は国宝の戦斧よりも魔法鉄が多く使われておる……それにあの魔砲はなんという威力じゃ」
「ギラン様のなんとお強いことよ……生身であれほどの力を発揮なされるとは」
「生き残った戦士の中では最強の奴らだったし、みんな二等級以上の魔結晶を融合してるからな」
もっと強い奴はいたが、みんな英雄級。エーテル保有量でいうと10万くらいだからレベル8くらいか? その英雄級の火龍や雷龍との戦いで死んじまった。エルフとダークエルフは強い奴ほどプライドが高く、カレンとの連携がうまくいかず特に短命だった。まあ数千年もいがみ合ってたんだ。時には戦争もしていたし、滅亡の危機だから共闘はしたけど、ハーフエルフの存在だけは受け入れられなかったんだろう。
「本当に最後の決戦にエルフとダークエルフがいなかったとは……」
「エルフがいたということだけが、心の支えだったのですが……」
「カレンとの連携が取れなくてすぐ死ぬからな。足手まといだから連れて行かなかった。理由はわかるだろ? 」
「「うぐっ……」」
王やリーゼリット以外は、俺に殺されたくないからおとなしくしていたに過ぎないからな。だから最後の決戦にはエルフとダークエルフの戦士を外した。
エルサリオン王とクーサリオン公爵は、獣人が二人もいてさらにドワーフや巨人の戦士が魔王城に乗り込み戦う姿にショックを受けているみたいだけどな。足手まといなんか連れて行けるわけないだろう。
そして場面は魔王との戦いへと移った。
そこでは死闘が繰り広げられ、やがて魔王が死体からエーテルを回復することに気付いた俺たちは総攻撃を行った。
しかしそギランが魔王の動きを身体を張って止めたところで、魔王が重力球を放った。
『ぐあぁぁぁ! ゆう……しゃ……かぞ……くを……たの……む……』
『ギラーーーン! 』
「「「なっ!? 」」」
「なんじゃあの黒い球は!? 」
「おお……ギラン様が……」
「重力球だ。それと重圧という見えない魔法に動きを封じられ、みんなやられちまった」
驚く王たちに俺がそう言うと、ガンゾとレオニールとニキも次々と重力球に呑み込まれていった。
『ぐあぁぁ! 勇者! 獣人を! 仲間を頼む! ニキーーー! 』
『アンタぁぁぁ! ゔっ……ああああ! ゆ、勇者ぁ! あとは頼んだよ! カレン! しあわせ……に……なり……な……あぐっ……』
『ぬぐうぅぅぅ! 動けん! 勇者すまん! ワシのせいじゃ! ドワーフをたの……む……グフッ……さらばだ!勇……ぐうぅぅ…… 』
「ニキ……」
「二度も見せられるのはキツイな……精霊神め……少しは気を利かせろよ」
俺は両親の死と仲の良かったニキの死を立て続けに見せられ、崩れ落ちそうになるカレンを支えながらそう愚痴った。
「うぐっ……レオニール様……」
「おお……ガンゾ様……」
ラルフとアッサムも英雄の死を目の当たりにし、滂沱の涙を流していた。
それから残された俺とカレンは、一か八かの賭けに出た。
『ぐっ……カレン! アレをやるぞ! この押さえつけてくる魔法は結界で相殺する!』
『うっ……わかった』
『 うおぉぉぉ! 喰らいやがれ! お前の配下から奪った魔結晶の能力だ! 『雷撃』 『轟雷』! 』
《 グオオォォォォォ……》
そして俺たちは魔王を倒すことに成功した。
「おお……なんという魔法だ……」
「あれほど強力な魔王を……」
「すげぇ……強すぎる」
「まさに勇者様じゃ。ガンゾ様の仇を見事に討ってくれよった」
「うむ。ギラン様も浮かばれよう」
王たちは俺とカレンが魔王を倒したことに興奮気味にそう話していた。しかし……
「なっ!? 魔王の宇宙船が! 」
「さ、三隻だと!? 」
「なんだよありゃ! あんなの記録にねえぞ! 」
俺たちの目の前には、二つの月をバックに三隻の魔王の乗る宇宙船が映し出された。
そしてその宇宙船から青白い膨大なエーテルが、俺とカレンへと向けて放たれた。
俺はその瞬間を注意深く見ていた。あの時、間違いなくあのとんでもない質量のエーテル砲を俺たちは喰らったはずだ。それなのに生きていたのはなぜか?
その答えはすぐにわかった。
「やっぱりそうか」
「「精霊神様!? 」」
三隻の魔王の乗る宇宙船から放たれたエーテル砲が、俺とカレンに直撃しようとした瞬間。俺とカレンを守るように精霊神が現れ、俺たちを緑色の光が包みその姿が消えた。
そして場面は移り、精霊神の右手にあった球体が映し出された。その球体の中は緑に包まれた大きな大陸と島々。そして海が広がっていた。
そういうことか。俺が召喚されたのは、エルフたちの新天地を創るための時間稼ぎだったということか。
そして役目を終えたから俺は元の世界に戻された。カレンは巻き込まれたってとこかな? あの時俺はカレンに覆いかぶさっていたからな。
よくある物語と違って召喚したらしっ放しじゃなくて、ちゃんと死の間際に返してくれたのは助かる。おかげでカレンを死なせずに済んだ。召喚されたことには色々思うところはあるけど、その結果カレンやフィロテスやトワと出会えたからな。
それにインセクトイドから婆ちゃんや友達を救うこともできた。爺ちゃんとは再会できなかったけど、この力が無ければみんなを救うことはできなかった。
今となっては精霊神には感謝の気持ちの方が大きいな。夢のハーレムを作れたしな。
俺はそんなことを思いながら、俺とカレンがいなくなってから後のアルガルータを見届けようと再び変わっていく場面に視線を戻した。
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