第105話
(105)
「ロビー!!逃げろ、逃げるんだ!!」
自分を呼ぶ誰かの声が聞こえて振り返った。
振り返ったが、しかしロビーは力強くその場に踏みとどまった。踏みとどまりながら離れて行く、自分を呼ぶ声に背を向けた。向けると自分の服装に目を遣った。
ミレイの叔父から借りた靴を履き、藍色に染めたズボンを履いている。それだけでなく白い上着を着て肩から茶色のマントを羽織って頭には帽子を被っている自分が居る。旅だった時と違うのは手に弓を持っているところだ。
シルファへ向かう度は本来ならば愉しく、綺麗な旅になる筈だった。
しかし、今や…
ロビーは服に手を遣る。
そして思い出す。
この服は自分が幼い頃、ミレイ叔父の所に行き、陰干ししてあった。
その服を見てロビーは叔父に聞いた。
――この服は?と。
叔父は絵筆を止めて甥に振り返る。
――これは若い頃シルファへ旅した時の服さ、ロビー。
叔父は言ってから、小さくひそひそと話した。
――それでな、こいつでマドレーを射止めたのさ。良い服だろう?
その時の叔父の笑顔は美しかった。それでロビーは一瞬でこの服に惚れ込んだ。それから言った。
――もし、僕がシルファに行く時が来たらこれを着ても?
叔父は頷く。
――ああ、良いとも。その時はマドレーにもう一度縫ってもらおう。このアイマール一のマドレーの裁縫に腕にかかれば、色あせたこの服ももう一度艶やかに仕上がるだろうからな。
それをロビー、お前も来てゆくんだ。夏の美しい峡谷の緑を抜けて、見たこともない世界へとな。
叔父はわっはっはと笑うと、小声で低く言った。
――それとな。その旅で妻を娶ったのは俺だけじゃない。あのローもそうだ。美しき妻を娶ったんだ。
…リゼィをな。
(リゼィをな…)
ロビーは砦に向かう途中であの老武人が言葉を切った人の名を思い出した。
(ロー…)
思うと顔を上げて鷲の嘴の方を見た。そこに今あの老武人は居る筈だ。だが、彼からの砲撃は無い。
何かがそこで起きているんのだろうか。いやもしかしたら狙撃手としてこの機会を見ているのかもしれない。必殺の一撃を巨竜に打ち込む時を。
ロビーは再び視線を変える。その視線の先に擡げた首を上げて咆哮を上げた巨竜が見えた。鮮血溢れてはいるが、その内面に潜む力が湧きあがるのをロビーは感じた。
暴れる竜。
ロビーはもう何も言う事は無かった。矢も無き弓を手にして、自分を鼓舞した。
(俺も砦の兵士だ。ここにいる戦士達を残して逃げるわけにはいかない!!)
そして荷台から降りた。降りると荷台の下で転がる矢が見えた。ロビーはそれを拾った。拾うと矢を番えて巨竜へと狙いを定めた。
定めながら思ったことは一つ。
――自分の死に装束はこの美しい服で良かったと。
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