第84話
(その84)
シリィを庇うようにして立つミライ。
ベルドルンが矢を投げ返した時、瞬時に彼はシリィの前に立った。それは殆ど本能の成せるままだったが、矢がシリィを貫くのかもしれない、そう思った時、轟音が響いて迫る眼前で矢は霧散し、やがて峡谷の谷間へと塵尻になって消えて行った。
そこには何もない、唯、時間という形無きものがあるのみ。
いや、その時の向こうにはベルドルンが唯一人いる。まるで懐かしき友との語らいを続けようと、唯一人、月に架かる孤影の様に。
老人が動く。
「何て奴だ…、娘にも鬼気を緩めぬか、頑固ともいうか、恐ろしき武人よな…ベルドルン」
煙を吐き出す小銃を構えながら、ローがベルドルンを見つめる。
「…互いに久方の対面であろうにな」
僅かに優しさが混じる口調はベルドルンによって破壊された。
「ここは戦場故に」
べえるドルンの声に鬼気が増し、戦場から優しさを追い出す。
その変化に思わず、ローが笑いだした。
「フハハ…だな、儂の方こそどうやら戦場の習いを忘れたかのようだ」
言うや目を鋭くする。
その言葉でローの背から鬼気が両手を伸ばす様に広がるのをミライは感じた。まるで巨大な岩石を掴んで破壊でもしようとでもいうような巨大な鬼気が、ミライに押し迫る。
「下がっていろ、ミライ…」
その言葉にミライの喉が唾を飲みこんで鳴った。
「…シリィもな」
かちりと
撃鉄の鳴る音がした。
だが、もしかしたら対峙する武人二人にとって意外だったのかもしれない。まさか若者が死地に踏み出して言葉を発しようとしたのは
「何故、互いに争うんだ?」
鬼気が言葉を包む。
まるで本当の答えがないのを知って恐れている心を読み取られるかのように。
「…家族だろう?違うのか?」
ちっ、と声がした。
ローが瞼を薄くする。
ミライは顔をベルドルンへ向けた。
「何故に…、違いますか?ベルドルン殿」
ベルドルンの口元に微笑が浮かぶ。
「ベルドル殿も望んでいないのでは?」
「下がっていろ。ミライ」
ローの強い口調に抵抗するように、ミライは力を籠めて踏みとどまろうとする。
「ロー、僕は二人を互いに戦わす為に互いの装具を作ったわけじゃない。希望を繋げるために具師は存在している。これからの人生を懸命に生きようとする人の願いの為に、自分の技はある。それが何故互いの一方を滅ぼそうとするために僕の装具があるんだ?違うか?ロー、ベルドルン殿」
「滅ぼそうとして、この装具があってはならんのか?」
鬼気が迫ってミライの頬を撫でた。
「当り前だろう!!」
その瞬間、ミライはみぞおちに空気を奪われて悶絶するような痛みを感じて、膝から崩れ落ちた。
「おじい様!!」
その言葉が掛けられた時には、既にミライの躰は宙を舞って岩にぶつけられ、そのままずり落ちて蹲っていた。
小さな悲劇にシリィの悲鳴が響き、祖父を糾弾する言葉が矢のように飛んだ。
「なんてことを!!」
だが、老人の手は孫娘にも向けられた。
パチん!!
柔らかい頬を打つ音が響いた。ありったけの優しさに包まれた悲しさを含んで。
呆然とするシリィ。
声無く、祖父を見つめる。
言葉無き眼差しの向こうで祖父は厳しく、自分を見つめている。
それから首を振った。
「シリィ…下がっていろ、あの場所まで。ミライと共にな…」
シリィは祖父の言葉に打たれた頬の熱を感じながら力なく言葉に従うようにミライの元へと歩いてゆく。まるで魂が抜けた人が彷徨うように。
ミライは蹲りながら、その光景を見るしかできなかった。
だが、やはり得も言われぬ怒りのような悲しみが交じる自分を抑えきれず、咆哮を上げて叫んだ。
「ロー!!ベルドルン殿!!どうしても互いに決着をつけると言うのか!!」
咆哮するミライの背に手が触れてシリィの涙に染まる瞳を見た時、もう一度叫んだ。「止めるんだ!!僕達の為に」
もう一度叫んだ。
「家族だろう!!」
銃声が響いた。
ミライの叫びを霧散させる無情の音。
「もう、いい」
ローがベルドルンを見つめる。
「だな?」
ベルドルンが頷く。頷いて口を動かした。
「感謝している。ミライ殿。貴公の仕事に、私は敬意を表している」
言ってからレイピアを構えた。
そしてベルドルンが空へと跳躍したのがミライには見えた。それは月に架かる鷹のような孤影だった。
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