第64話

(その64)




 アイマールの王都には城壁に沿って小さいが装飾の施された大きな石造りの門がある。

 円形状の城門には建国に力を尽くした人々のレリーフが施され、この王国が如何に険しい山岳を平らかにして建国したのかが一目で分かる。

 その城門の扉は今大きく開かれ、馬や牛の背に多くの荷駄が積まれ、狭き道を所狭しながら進んでいる。

 それに付き従うように連れ添う若者たちの姿を見よ。何とも華やかであろうか。

 緑や赤、中にはなかなか手に入らぬ藍色や黄色に染まった服を身に纏い、夏の輝く太陽の下を若い男女が歩いている。

 その表情は誰もが明るく、若き希望に溢れている。


 ――人生の夏を往く若者とは涙よりも、不安よりも、希望に溢れてなるものだ。


 荷駄を引いてゆく警護の騎士は誰も兜の下でそう思っている。

 この旅こそ、アイマールという山岳の厳しい国で生きる者たちにとってのいくばくかのこれからの人生の慰めになるだろう。

 不安なのは南の砦カリュに現れた暴れ竜ベルドルン。それも暴れ竜は二匹。

 そう思えば騎馬の手綱を握る騎士達の力が強くなる。

 しかしそれも今はここ数日、姿を見せていたない。

 出来ればこのままシルファへ向かう荷駄隊の旅が無事に終わるまで何事も起きないで欲しい、というのが馬の手綱を握る騎士達誰もの願いだった。


「おーぃ。荷駄の間隔を開けるんだ。急くんじゃない。急くとこれから先のルーン渓谷の道で荷駄が谷底へ落ちるぞ!!」 

先頭を往く警護の騎士の声が聞こえ、荷駄隊の証である隊旗が風に騰がる。

 しかし、誰かが言った。


 ――そうなりゃ、

 あんたがその分厚い兜を取って真っ先に谷底へ取りに行ってくれりゃいい。


 返す言葉に荷駄の皆が一斉に笑う。言葉を返された者も笑っているのか陽気な笑い声が聞こえる。

 この旅は誰もが心待ちにする旅なのだ。

 振り返れば王都の城門から出る荷駄が続いている。

 まだ最後の荷駄隊の姿は見えない。

 恐らく最後の荷駄隊は王君からの直接の言葉を賜っているのだろう。

 先頭を往く騎士の声が再び聞こえた。


「誰かぁ、歌ぇ。我が旅がいつまでも続く事を願ってぇ」

 

 その弾けるような声と共に荷駄を押す何人かの男女が懐から笛や小さな太鼓を取り出すと、それを空に向かって音を鳴らせる。

 その音を聞こうと騎士たちが一斉に兜を上げた。

 青い空に音が反射して、誰かが歌う声が聞こえる。


 ♬

 空を往く

 我ら旅の者

 重き荷駄を伴い

 遥かなシルファへと

 皆と手を取り合って

 歩き続ける。

 


 願わくば

 この旅が子々孫々

 いつまでも続き

 アイマールの繁栄が

 長く続くことを祈らん。

 

 アイマール

 山岳に住まう

 あらゆる精霊の加護を受けし

 美しき国。


 空往く鳥よ

 我ら一時ひととき、君の空を借りて

 鳥となって旅をする。

 しかし

 戻ろうぞ、

 戻ろうぞ

 再び我が家族の懐へ。



 空を往く

 我ら旅の者

 重き荷駄を伴い

 遥かなシルファへと

 皆と手を取り合って

 歩き続ける。


 

 願わくば

 この旅が子々孫々、

 いつまでも続き

 アイマールの繁栄が

 長く続くことを祈らん


 

 歌声を聞く騎士達の瞼が熱くなったのか、皆が兜を下げて行く。

 警護の騎士達も往時、荷駄隊としてシルファへ旅したのだ。

 その時の若かりし日の興奮と、シルファの旅で学んだ思いが胸に去来したのだろう。誰もが無言で兜の下で歌声を聞いている。


 ――行かねばならぬ。

 シルファへ。


 自分達は旅する夏の若者ではない。季節の巡り合わせを知る大人として、また騎士として王国に必要な塩を手にいれ、一人の欠落者も出さず、国に戻らなければならぬ。

 それが騎士の任務なのだ。

 荷駄は続いてゆく。

 あと数国もすれば先頭をゆく隊旗の向こうにルーン渓谷が見える筈だ。

 そしてそこには砦が見えるだろう。南の砦カリュに多くの兵士を裂いたとはいえ、少数の精兵がそこにはいる。

 そう、砲撃の名手ローもそこに控えている。

 騎馬の手綱を握る騎士達の思いはひとつ。まずはルーン渓谷の砦が見えるところまで行くこと。

 それは自ずから名手ローの射撃の範囲に入ることを意味する。

 それこそがまずはこの荷駄隊が旅先の小さな安全域に入ることになるのだ。

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