第32話

(その32)


 老人のゆっくりとした口調にその場にいる全員が固唾を呑んで聞いてる。

 老人から紡ぎ出されるように語られる初めての話に誰もが動けない。

 ミライはそんな動けない中にあって老人の話し出した言葉を懸命に逃げないように心の中で手を伸ばす。


 老人は、

 いや…

 誰かが言った。


 ――そう、


 女だろうか、

 彼女も言った。

 

 ――


 

(空・・)

 ミライはその言葉に顔を上げて若者を見た。若者はまるで彫像のように動かない。

 しかしながら僅かに美しい睫毛の下で老人を見つめる眼差しが揺れている。

 まるでランプの明かりで揺れ動く影の時間を探るように。

 静かに、

 誰にもその気持ちを推し量られないように。

「話を続けよう」

 老人の言葉に少しだけ影が揺れた。





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