第16話

 (その16)



 炉に再び火が入り、暮れ行く空の向こうとは対照的にミライの頬が灯で照らし出され茜色に染まる。

 簡易の炉は砂の上に鉄が流れ出て、その上で冷やせるようになっている。既にいくつかは若者が館へ戻ってきたころには泥土でできた鋳型に流されて形になっていた。

 若者はミライに約束した期限には正確に館に戻って来た。それを見てミライが目を細めて声なく微笑する。

 互いがこの仕事で何をすべきか?

 微笑こそが若者二人にとって、その意思を伝えるには相応しい方法なのかもしれない。

 誰も分からない答えを探すものにとっては物言わぬ微笑こそが相手への敬意であって最高の贈り物ではないだろうか?

 若者の運んできた鉱物をミライは炉に入れた。

 その瞬間、火が一瞬火の粉になり空へ舞い上がる炎となってミライの眼を照らす。ミライの相貌が炎で照らし出された。

 夕闇が迫る刻、風がどこからか吹く。 

 それに揺れる野の草に夜の始まりを告げる夜想が忍び寄る。


 その影にあなたはまだ戻らぬ愛しい人を探そうとしていないか?


 ミライはふと顔を上げた。そこにシリィの眼差しが浮かぶ。

 遠き地より、君を思う。

 小さな火の粉が舞い上がる。

「ミライ殿」

 若者が側で屈みこむ。

 ちらりとミライが目を遣る。

「これら装具の型は・・すでに作られていたのものですか」

 若者が揺れる火で揺らめく土の型を見つめる。その眼差しには興味と驚きが交互に見え隠れしている。

「そうです。以前、ある武人用に用意していた型をそのまま作りましたから、時間はそれほどかからなかったのですよ」

「武人ですか?」

「そうです」

 言ってから軽く微笑する。

「御父上も相当の手練れと見える。違いますか?」

 若者の切れ長の瞼の下で美しい睫毛が炎の明かりで揺れる。睫毛に宿る若者の思いを誰が知るだろう?

 それは風だろうか?

「脇に杖を抱えておられても、その足の動きの間合いが常にどちらかの重心を離さないその身体のバランスの良さ。僕の耳には踏み込む音の重さを正確に伝えてくるのです」

 唯、黙って揺らめく炎を見つめてミライの言葉を聞く。

「おそらくですが、杖を軸にして足を離し、大きな回転剣舞ができるのかもしれませんね。円を描くような、剣技。その円の中に居るものはひとたまりもない・・」

 若者がミライの問いに答える。

「成程、その武人も相当の手練れのようですね」

 その答えにミライが苦笑する。

「確かに手練れかもしれないが、貴殿の御父上のように剣を得意とはしていない。むしろ別なものを得てとしているのですよ」

 流れ出て来る溶けた塊を杓で掬い取ると細い型に流し込んだ。

「では、その武人は何を得手とされているのですか?」

 ミライの頬に流し込む塊の熱が伝わって来る。

「砲です。いや、銃と言ったほうが分かり易いかもしれないが・・」

「銃?」

「そうです」

 土に塊が付着して、冷えて固まってゆく。

「成程・・、銃ですか」

「ベルドル殿、聞きますが御父上は足を何で失われたのです?」

 ミライの手が別の型へ溶けた塊を流し込んでゆく。

「わたくしも父のそのことは幼子の事だった故、あまりはっきりとは知らないのですが・・、何でも鉄矢で足を射抜かれて、その傷に毒が回るのを恐れて、足を切り落としたと・・」


 ――剛毅な


 そう、ミライは思った。

 さぞ、あの老貴人の若いころはローと同様に素晴らしい武人で在ったのだろう。 

 そこでミライは老貴人の名を思い出した。


 ――ベルドルン、


 アイマールにとっては不吉な名である。あの暴れ竜と同じなのだ。

 ミライは小さくほくそ笑んだ。それを見て若者が声をかける。

「何か、おかしなことでも?」

 ミライは頭を振る。

「いえ、何でもないのですよ。貴殿の御父上の名が、まるであるものの通りまさにその気性の荒さというか、剛毅さをたたえているものだなと思い、つい、笑みを浮かべてしまいました」

 美しい睫毛を伏せて、若者は静かに立ち上がると辺りを見渡した。

 既に陽は遠くの山並みに消え、夜が訪れていた。

 風は夜風に代わり、二人の若者を撫でて行く。

 その風が舞い上がる先は空、

 その夜空に大きな輝く星が見える。

 手を伸ばせば届きそうなその先の星を若者は静かに見つめている。

 細く流れるような華奢な身体に隠されている死を舞い込む美しい剣技と白く美しい相貌が夜の中で輝きを増してくる。

 その姿を見つめてミライは思った。

(この若者にもあの御父上と同じような武人としての剛毅さが隠れているのだろうか)


 ミライも立ち上がり、若者と同じように星を見る。

 その星の輝きはどこに居ても見えるのではないか。


(シリィ・・君も見ているか?)


 心の問いに答える君はいない。


 雲一つない夜空。

 誰かが囁こうとして口に出せない言葉を互いに噛みしめながら、ミライと若者は明日が来るのを待つ影となって夜の暗闇となった。

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