仲間たち語らい合うⅣ ―魂の選ぶ答え―

 私は彼らの方へと歩み寄る。


「何を話していたの?」


 私の言葉にドルスが言う。


「ん? お前のお尻をおいかけるのが手間がかかって大変だよってよ」

「えっ? 何よそれ! それドルスじゃないの?」

「おい何言ってんだよ! それじゃあ俺がいつもお前のケツばっかり追いまわしてるように聞こえるだろう」

「どうだか!」


 荒っぽく言い返す私にドルスは苦笑しきりだ。


「手厳しいな。お前まだあのこと恨んでるのか?」

「あのことって? ああ、嫌がらせのこと?」


 そうだ思い出した。こいつには天使の小羽根亭で仕掛けられた嫌がらせの事があったのだ。

 嫌がらせという単語が出てきたのを聞いてセルテスは少し訝しげにしている。私は弁明するように話し始めた。


「あぁ、深刻な話じゃないの。気持ちの行き違いってやつよ。この人は私を危険から遠ざけたくて傭兵を辞めさせようとしていたの。でも私はそれを真っ向から拒否した。毅然と言い返して決闘を申し込んだの」

「決闘?!」


 決闘という言葉が出てセルテスは驚いたような表情を浮かべた。ドルスがあの時の事を口にした。


「あれは完全に俺の気持ちの空回りだった。お前に逢う1年前にお前と同い年の別な女性傭兵を守りきれすぎむざむざ死なせてしまった」

「覚えてるわ。シフォニアさんのことね?」

「ああ、お前の顔を見るたびにそのことをどうしても思い出す。それでこれ以上こいつを戦場っていう危険な場所に置きたくないって焦っちまったんだ」


 その言葉にセルテスが言う。


「それで職業傭兵の仕事から手を引くように仕向けたと?」

「ええ、彼女自身の強い意志できっぱりと拒絶されました。決闘を申し込まれてお互い全力を出してガチでやりあって俺がこてんぱんにのされて終わった。その時気付いたんです、俺が彼女にしてやれるのは守ることじゃない。彼女の背中を後押ししてやることだってね」


 私はもうひとつの出来事を思い出していた。


「ワルアイユ査察部隊のメンバーから外されかけていた時のことね?」

「あぁ。お前は別任務でしっかりと実績を示した。でもお前は外された。若い女だと言う理由だけでな」

「それであなたがうまく取引を仕掛けて私をねじり込んでくれたのよね」

「ああ、でも向こうがこっちの意見を飲むかどうかは五分五分だったんだがな」

「でもそれが成功したからこそワルアイユでアルセラに逢えて、その後の戦いでこの国を守ることができたのよ」

「ま、そういうことにはなるかな」


 口は悪いが気持ちはまっすぐ、変に気取らないのかこの人の良いところだった。


「ありがとうねドルス」

「ああ」


 そしてその傍らで私たちの会話をじっと聞いてくれていたセルテスにも言葉を向けた。感謝の言葉を。


「セルテス」

「はい、お嬢様」

「今までありがとう。あなたがいたから私は2年前に旅立つことができた。そして成功を掴んでここに帰ってこれたのよ」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」


 彼から帰ってきた言葉は執事そのままだった。彼にとって執事と言う仕事は生き方そのものなのだろう。そして、セルテスはドルスにも言う。


「ルドルス様も、これからもお嬢様をよろしくお願い申し上げます」

「あぁ、任せてくれ。もっとも彼女自身がどう思ってるかだがな」


 その言葉はとりもなおさず、私がどういう未来を選ぶかということを皆が注目しているということにほかならなかった。

 ドルスが訊ねてくる。


「実際、そこんとこどうなんだ?」


 私は答えの代わりにこう告げた。


「それは、私の魂が決めてくれるわ。自分自身が後悔しない未来のためにも」


 ドルスもセルテスも私の言葉にはっきりと頷いてくれていた。ドルスが言う。


「じゃあ、そのお前の魂の選ぶ答えをブレンデッドの街で待たせてもらうよ」


 そう語るドルスは笑みを浮かべていた。私にはそれが、私がどんな選択をしてもしっかりと受け止めてくれる、そんな感じがしていたのだ。

 

 時は流れる。時間は流れる。おひさまが傾き始めた頃、お開きにするにはちょうどいい時間が訪れようとしていた。

 酒の勢いも入った彼らの帰りのために、モーデンハイムが馬車を出すことになった。素早く2台の馬車が用意され、それにドルスたちが分乗して行く。

 本邸の正面入り口前で彼らを見送ろうとことになる。全員が乗り込んだ後で窓が開く。そしてその窓からドルスが私に声をかけてきた。

 彼は言う。


「エライア――、いや〝ルスト〟!」


 それは思わぬ呼び掛けだった。予想外の言葉に驚く私に彼は言った。


「お前の決断と帰りを俺たちは待っているからな」


 その言葉に車上の皆が頷いていた。彼らにとって記憶に留めている私とは今のご令嬢であるエライアでは無い。やっぱりルストと言う傭兵の少女なのだ。


「みんな……」


 半ば呆然としてその言葉を受け止める私に、彼らを代表してドルスさんが言う。


「じゃあな」


 私は彼らに元気よく言葉を返した。


「みんな! 今日は本当にありがとう! また会いましょう!」


 その言葉と同時に馬に鞭が入れられる。馬車は速やかに走り出す。車上からも手を振る姿が遠くに見える。

 私は走り去るその馬車のシルエットをいつまでも眺めていた。いつまでも、いつまでも――

 私の心の中には、決断のその時がいよいよ迫ってきたのだと思い知らされずにはいられなかったのだ。

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