仲間たち語らい合うⅡ ―ルストの女傑伝説―

 そんな矢先、気を取り直したドルスが言う。


「ル――エライア様は指揮官としても切り込み隊長としても、非常に優秀かつ爽快でした。まさに噂に違わぬ女傑ぶりでしたね」

「まぁ」


 女傑――その言葉にお母様が思わず笑みを浮かべている。そのとなりではアルセラも当時のことを思い出して嬉しそうだ。


「はい! 屈強な殿方を伴い先陣を切って敵に挑み、

 ときには混乱の極みにあったワルアイユの領民を叱咤し、

 敵の奸計を鮮やかに打ち砕き、

 西方辺境の平原では数百人を超える大部隊を見事にまとめあげ、

 人々の戦意を鼓舞するために演説を打つ――、

 さらには突然の祝勝会開催にあっては私を暫定領主を名乗るにふさわしい淑女に鍛え上げてくださいました。

 本当に女傑と言うにふさわしいお方だと今でも信じております」


 夢見る乙女そのままにアルセラは一気に語りきった。そのうっとりするような表情がアルセラが私に対して何を思っているのかありありと浮かんでいる。そして、頬を赤らめながらこう言うのだ。


「ねぇ? お姉さま? そう思いませんこと?」

「え、えぇそうね」


 そのうっとりする夢見る乙女そのままの姿はこちらが恥ずかしくなるからほんとにやめてほしい。だが、それにさらに追い打ちをかけてくる人が居た。

 アルセラの小間使い役を務めているノリアさんだ。意味ありげに悪戯っぽく笑みを浮かべている。


「アルセラ様がそこまで仰るのも無理はありません」


 彼女の言葉に、


「ほう?」と、お爺様、

「ぜひお聞きしたいわね」と、お母様、

 セルテスも興味深げにこちらの方を眺めている。


「今は亡き先代のワルアイユ候でらっしゃいましたバルワラ様が急逝なされてアルセラお嬢様が悲しみの底に沈んでいるときにお姿を表しになられたのがエライアお嬢様でした。あの時の凛々しいまでの毅然としたお姿は今でも忘れられません」


 ダルムさんが言う。


「あぁ、あのときか」


 パックさんも言う。


「私とダルムさんとドルスさんを連れて、バルワラ候急逝の場へと駆けつけたのでらっしゃいましたね」

「はい、頼りにできる者はおらず、当時の代官職にあったものは逐電ちくでんし、あとに残された私たちは途方に暮れていました。そんな時です。エライア様が現れたのは。悲しみのそこで絶望に打ちひしがれていたお嬢様を励まし叱咤し、立ち上がらせてくれたのは間違いなくエライア様でらっしゃいます。あの時の母性に溢れたお姿は見事という他にありませんでした」


 ノリアさんは私に視線を投げさせながらなおも告げてくる。


「それに、やはり候族のご令嬢としても身につけた素養や品格や立ち振る舞いは一流のものです。祝勝会を開くにあたってアルセラお嬢様に、候族令嬢としての作法や立ち振舞いをご教授していただきましたが、それこそまさにモーデンハイムの令嬢そのもの。本当の一流というものを見せていただきました」


 ノリアさんの言葉にお母様がしっかりと満足気に頷いている。


「本当にありがとうございました」


 ノリアさんは感謝の言葉を素直に口にしていた。

 お母様が言う。その顔には私を賞賛する思いが滲み出ていた。


「お見事ね、エライア。あなたが生まれてからこのモーデンハイムで教え続けてきたことはやっぱり意味があったのね。親としても鼻が高いわ」

「いいえ。お恥ずかしい限りです」


 謙遜する私にプロアが言った。


「まあそう言うなって。ここは素直に喜んでもいいんじゃねえの? お前が誰もが認める〝美少女傭兵〟だってのは間違いないんだからよ」


 美少女傭兵――、そんな言葉が思わず飛び出してきて、嬉しいやら恥ずかしいやら。私は思わず両頬を抑えてしまった。

そんな時、アルセラが私にこう言った。


「お姉さま、顔が真っ赤ですよ?!」

「勘弁してよ、もう!」


 皆から思わず笑いの声があがる。今この場は喜びと笑顔に溢れたのだった。


 それから先、酒盃を傾け、美食に舌鼓を打ちながらみなの歓談が続いた。

 そこかしこで興味深い会話が続いていた。

 まずはダルムさんとお母様。


「では、1年間ずっとエライアのことを?」

「ええ、娘さんは一人で必死になってやっていたのですが、どうにも放っておけなくなりましてね。こやかましくあれこれと説教ばかりしていましたが」


 こちらではブレンデッドで私がダルムさんにずっとお世話になっていたことが話題に上っていた。


「私もこの商売は20年近くになります。年数ばかり無駄に長い身の上ですが、それなりに語って聞かせてやれることがあります。それに女が一人で気軽にやっていけるほどこの商売は甘くない。誰かが見守ってやらないといけない。そう思いましてね」


 謙遜しながらも言葉を選んでダルムさんは語り続けた。そこにお母様も胸の内に秘めた思いを語っていた。


「そうだったのですか。いいえ、むしろありがたい限りです。この2年間、どうしてもあの子の方からは手紙ひとつも出せない状況が続いていました」

「お父上様との一件ですな?」

「ええ。所在を突き止められれば間違いなく連れ戻される。あの子はそれを一番恐れていました。だからこそ何者にも頼れない。そんな孤独をずっと抱えているはず。親としてはそれが一番心苦しかったんです」


 お母様が口にする思いを、ダルムさんは頷きながら受け止めてくれていた。


「親として何もできない。人の親としてはそれが一番辛いものです」

「ええ、ですが――」


 お母様は視線でここに集まったみんなを感慨深げに眺めていた。


「あの子にはこんなに素晴らしいお仲間がいたのは何よりもの喜びです。これぞまさに精霊の思し召し。皆様には本当に感謝しかありません」

「そうおっしゃっていただけて恐縮です」 


 独り身であるダルムさんにとって、私というのは本当に〝娘〟だったのかもしれない。私はダルムさんに歩み寄りながらこう言葉をかけたのだった。


「私も、ずっとこう思っていたんです〝お父さんみたいだ〟って」


 その言葉にお母様は嬉しそうにしつつも、複雑な表情をしていたのが印象的だった。


「私のこの2年間は本当に色々な人に支えられた2年間でした。その中でもダルムさんとのやり取りは一番喜びと笑顔に溢れたものでした。本当にありがとうございました」


 私はあらためてダルムさんに頭を下げた。そんな私に彼はそっと頭を撫でてくれた。


「いいってことよ。年寄りの気まぐれだ」


 私にはその謙遜の言葉すら嬉しかったのだった。

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