仲間たち語らい合うⅠ ―アルセラとルストの風聞―

 誰が言うともなく、まずはグラスを手にする。黄金色に光るシャンパンの注がれたグラスを手にして掲げる。

 皆がグラスを手に取った頃合いを見て、お爺様が言う。


「では掛け声は――」


 お爺様の視線が私を向いた。


「エライア」

「えっ? 私?」


 予想してなかった私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。くすくすと笑い声が漏れる。


「お前以外に誰がいる?」


 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。私は気を取り直して皆の方へと体を見せてこう言葉を述べた。


「皆さま、ようこそいらっしゃいました!」


 みんなの顔を見ながら言葉を紡ぎ出すたびに、自分の心の中の回路が、モーデンハイムのご令嬢のエライアではなく、西方の戦場で武器を手に駆け巡ったルストへと切り替わっていくのがよくわかる。

 自然と気持ちが高揚してくる。


「遠路はるばるお出でいただき感謝の言葉を述べさせていただきます! ささやかではありますが饗食の場を設けさせていただきました。心ゆくまでお楽しみください! それでは」


 そして私はグラスを高く掲げる。皆がそれに続いてグラスを掲げるのを見て言った。


乾杯トーストン!」

乾杯トーストン!」


 乾杯の盃を皆が飲みほした時、宴は始まったのだ。


 まずは話題にのったのは当然ながらワルアイユの新領主となったアルセラだった。まずは最初に言葉を切り出したのはドルスだ。

 こういう場でも気兼ねせず言葉を紡ぎ出すのは、もはや彼の特技と言っていいだろう。


「新領主拝命おめでとう!」

「ありがとうございます!」


 そう嬉しそうに話すアルセラは、真っ赤なエンパイアスタイルドレスに身を包んでいた。白い薄手の羅紗のフィシューを重ね、襟や胸元に真珠のネックレスをふんだんに重ねている。手はシルクのレースの手袋をはめ頭には真っ赤な花のヘッドコサージュをあしらっていた。

 もうすっかり、オルレアのファッションの流行りを身につけている。それでもショールやジャケットよりもフィシューを好むのはワルアイユ出身である彼女のこだわりなのだろうか。

 ドルスが言う。


「美しくなったな。それに、少し大きくなったんじゃないか?」

「ええ? そうですか?」


 アルセラが嬉しそうにはにかむ。

 さらにその傍のゴアズさんも言う。


「雰囲気が大人になられたと言うかご領主として風格が見せたようにお見受けします」

「ありがとうございます!」


 さらに声をかけるのはカークさん。


「本当に見違えるようだな。ここに至るまで色々と手を尽くしたのだろう?」

「はい!」


 アルセラが声を弾ませて答えるのと同時に私は言う。


「ワルアイユからこちらに着いてから、教養や振る舞いもそうですが、まずは何より体と顔のお手入れが念入りに行われたんです」


 ダルムさんが言う。


「やっぱりな。候族のご令孫と言えばまずは体の手入れだからな」


 パックさんが不思議そうに言う。


「そうなのですか?」

「ああ、何日間もかけて何度も何度も繰り返し全身の素肌の手入れをするんだ。それこそ近くを通りかかるだけで芳しい香りが漂ってくるほどにな」

「ああ、なるほど」


 ダルムさんの言葉に皆が頷きながらアルセラを見つめている。なぜか私の方にも視線が向いている。

 バロンさんが言う。


「どうりで、遠くからでもよく分かるほどに香ってくるわけですね」


 ミライルお母様が言う。


「えぇ、ブレンデッドからこちらに戻る際にミッターホルムで当家の附属施設でお手入れさせたんです」


 それを補足するのはメイラさんだ。


「たっぷり7日間をかけて御手入れさせていただきました。なにしろ2年間、ご令嬢としてのおめかしはほとんど手つかずでらしたので」


 するとそこにドルスがぼやきを入れた。


「手つかずか、まさか2年間風呂なしだったわけじゃないだろうがな」

「ちょっと!」


 調子に乗るとすぐに軽口を叩くのがドルスの悪い癖だ。わたしは思わず彼の足を踏んづけた。


「痛っ!」


 私の苛立ちにみんなも苦笑しながらも言う。まずはプロア。


「そんなわけ無いだろう」


 そしてダルムさん。


「ブレンデッドの傭兵界隈じゃ、身綺麗な美人で有名だったんだぜ?」

「そうなんですか?」


 自らの娘の思わぬ評判にミライルお母様も思わず興味を惹かれたようだ。


「えぇ、ひと目で分かる美姫が居るってね。悲しい思いはさせたくないから、若い連中は余計な手は出さないようにって示し合わせてたくらいなんですよ。それに傭兵としての力量が発揮される以前から、ご息女に注目していた候族のお歴々や有力者は実は結構いらしてたものでしてね」

「まぁ」

「美人で品のいい女性傭兵ってのは、たとえ経験が浅くてもご令嬢の警護役や個人教授役として人気がありますからね、ブレンデッドの傭兵ギルドにもその手の依頼が密かに殺到していたようです」


 それには私も思わず驚いた。


「それ初耳です!」


 苦笑しながらダルムさんは言う。


「当然だ。傭兵ギルドの支部長のワイアルドが、そう言う依頼はすべて突っぱねてたからな。傭兵として実績を積む前に人生が違う方向に逸れていくのだけは防ぎたかったって言ってたんだ」


 それに対してカークさんが言葉を添える。


「そう言えば聞いたことがあるな。傭兵の本筋から離れた手軽な任務で糊口をしのいでいたら、そっちの界隈で名が売れて傭兵を止めざるを得なくなったってのが」

「そうそう、それだ。女性の傭兵が戦いからかけ離れた任務に絡め取られたってやつさ」


 あ、それは言われたことがある。


「それ、女性傭兵の先輩から忠告されたことがあります」

「それを言われたってことは一度はそっちに逸れかけたってわけだな?」

「はい。ギリギリ手前で考え直しましたけど」

「人生の分かれ道ってやつだな」


 私とダルムさんのやり取りに、プロアも言う。


「そう言えば、知ってる中級候族のドラ息子がエライア嬢のことを狙ってた――、なんて噂もあったな。当然、ワイアルドの旦那が断固突っぱねたが」


 カークさんも言う。


「当然だな。彼女は簡単にそこ居らに嫁がせて終わらせるような器じゃない」


 ゴアズさんも頷きながら言う。


「当然です。西方国境戦での武功の事を考えるのであれば」


 そして、パックさんがしみじみと語る。


「東方の国々には美しき女性武侠の〝十三妹シーサンメイ〟の伝説がありますが、東方から来た者たちの間では、エライアお嬢様をその十三妹になぞらえる者が少なくありません。それほどの美しさと気品を備えてらっしゃるともっぱらの評判でした」


 その言葉にユーダイムお爺様も反応した。


「十三妹かその逸話は儂も聞いたことがある。親の仇を追って悪漢を追い詰める女性剣士の逸話であったな」

「はい、まさにそのとおりです。エライアお嬢様の戦場での大立ち回り、見惚れるものが後をたたないといいます」

「そうか、そこまでの評判であったか」

「はい」


 なんかお話が膨らんでる気がするが、これはこれで素直に喜んでおいたほうがいいのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る