プロアの伝令 ―仲間たち来訪の報せ―

 なにはともあれ、こうしてアルセラの領収拝命式は終わりを告げることとなった。歓待式の終わりには再び挨拶の言葉を述べることになる。

 アルセラが大声で告げる。


「これからも偉大なる父の名に恥じないように、精一杯努力してまいります!」


 その言葉と共に全ての人々からの割れんばかりの拍手が送られたのだった。



 領主拝命式を終えて私たちは邸宅に帰参する。

 帰ってくるなりする事は、まずは着替えだった。

 堅苦しいこと極まりないフェーロハゥトドレス一式を侍女の手を借りて大急ぎで脱ぐ。それだって小半時を超える時間がかる。

 普段着用のエンパイアドレスへと着替えると、自室のソファーでぐったりとすることになった。


「疲れた」


 セルテスに尋ねれば、アルセラは私よりもさらに疲労困憊と言う有り様らしい。衣装を脱ぐなり下着姿でベッドにて眠り込んでしまったのだとか。

 メイラさんが言う。


「お嬢様もお休みになられてはいかがですか? お夕食までまだ少々お時間がございます」


 できることはやった。果たすべき役割は無事こなしたのだ。これでようやくワルアイユにまつわる全ての懸案が解決したことになるのだ。


「そうね、そうさせていただくわ」 


 メイラさんに導かれてベッドに横たわる。私は心地よい疲労感に襲われて速やかに眠りに落ちていったのだった。



 †     †     †



 領主拝命式が終わったその翌日は、後始末と拝命後の諸手続きで明け暮れていた。

 正式にアルセラが領主となったのだから、本領であるワルアイユとのやり取りは、あくまでもアルセラの名前と責任においてやらなければならないからだ。

 セルテスの手助けを得ながらアルセラは、必死にワルアイユとのやり取りを行なっていたのだった。


 私はそれを見守りながら陰ながら応援していた。

 こればかりは手を出すわけにはいかないからだ。


 拝命式で受け取った二つの賞状と宝物の送付の手配をする。物が物であるため途中で紛失するわけにはいかない。通常の民間の荷物配送業者では万が一ということもありうる。

 郵便ならば、私が以前ブレンデッドの街で受け取ったように私信配達人を使うことも可能だが、今回は物が大きいということもある。

 そこでモーデンハイム家を仲介役に立てる形で、フェンデリオル正規軍の兵站輸送部門へと配送を特別に依頼することとなった。

 そのための依頼文書をしたためるのもアルセラの役割だ。まぁ、執筆する依頼文書の雛形のようなものはセルテスがあらかじめ作っておいたのだが。

 その他にもワルアイユ本領で勤務している代官や執事長のオルデアさんとのやり取りもある。詳細な内容は文章で送るとして、当面の意思確認は通信師の念話通信を介して速やかに行わなければならない。

 安心して任せられるレベルではないのだが、それでも周囲の者たちが手を離して距離を置いても支障のないくらいにはこなせるようにはなっていた。

 

 ここで、親はなくとも子は育つという言葉を使ってしまったら失礼だろうか?


 そんなこと思いながら私は体を休めながら二日間ほどを過ごした。そして三日目の朝、プロアが連絡事項を伝えに来た。


「今日の午後、元査察部隊の仲間たちがこっちに顔を出してくるぜ」

「本当?」

「ああ、明日ブレンデッドへと戻ることが決まったから最後の挨拶を兼ねて顔出すってよ」

「うん! 分かった!」


 そんなやり取りをしてプロアは一旦仲間たちのところへと戻って行く。

 たった一か月余りの付き合いではあったが、あの七人とはとても馬が合う。なんだか10年来の付き合いであるかのように気心が知れている、そんなふうに感じてしまうのだ。


 プロアを見送った後でお母様が言う。


「嬉しそうね」

「え? そうですか?」

「ええ、とっても。学校のご親友の方達とはまた違った意味で喜んでいるように見えたわよ」


 さすが母親だ。見るべきところは見ているのだ。


「はい。戦場で生死を共にした大切な仲間たちですから」

「まぁ」

「やはりそうか」


 たまたまそこに現れたお爺様も言う。


「学舎の親友と、戦場での仲間たち、どちらもかけがえのないものだが命のやり取りを共に支え合った仲間というのは魂の段階で共鳴し合うと言う。真に息の合った仲間というのは親友以上であることもあるのだ」


 若い頃から何度も戦場に立ったことのあるお爺様だ。戦場における仲間の意味というのは誰よりも分かっていた。

 

「そんな彼らが来るのだ。しっかりと応接しなければな」


 そこはそれ私たちの家族には有能で何事もそつのない執事と小間使い役が控えている。彼らはすでに準備を始めていた。

 まずはセルテスが言う。


「それでは、お食事の用意をしたほうがよろしいでしょう」


 お母様が言う。


「そうね、しっかりと楽しんでいてもらわなくてはね。ディナールームの用意をしてちょうだい」

「承知しました」


 だがそこでお爺様が口を挟んだ。


「いや、あまり堅苦しくない方がいいだろう」


 私はお爺様に尋ねた。


「どういうことでしょう?」

「上級の士官や将軍ならともかく、最前線でならした勇猛な男たちだ、もっと気兼ねなく楽しめる方が良いのではないかな?」


 確かに言われてみればそうだ。あの面子が仰々しいディナールームでフルコースを上品に食べている姿はあまり想像できない。

 その言葉を聞いてセルテスは何かを閃いたようだ。


「では、中央庭園にて立食形式というのはいかがでしょうか?」


 なるほど、確かにそちらの方が気楽でいいかもしれない。


「いいですわねそれ! おそらく天下のモーデンハイムに訪問するということでガチガチに緊張しているかもしれませんから。かえってその方がいらっしゃる皆さん方の肩の力が抜けるかもしれません」


 お爺様も頷きながら言う。


「では決まりだな。セルテス!」

「承知いたしました。楽しみながらご歓談いただける内容でご準備させていただきます」


 さらに私もいう。


「皆さん、酒豪でらっしゃるのでそちらの方もお願いいたします」


 職業傭兵の常と言うのか、あの商売に関わっている男たちは大抵が酒に目がない。もちろん任務中は飲酒厳禁だが、仕事から解放されれば仲間達と騒ぎながら酒盃を仰ぐのは当たり前と言っていい。


「承知しました」


 やるべきことが決まるとセルテスは行動が早い。即座に退出して行き関係部署へ指示を出しに行くはずだ。そちらの方は彼に任せればいい。

 そうなると私の方も準備しなければならない。


「お母様、私も皆さんをもてなす準備に入ろうと思います」

「ええ、そうね。失礼のないように念入りにね」

「はい。メイラ!」

「はい、お嬢様」


 私は小間使い役のメイラに命じる。


「衣装の準備をしてちょうだい。精一杯、おもてなししたいから」

「承知しました。応接用のエンパイアドレスでよろしいでしょうか」

「ええ。表での会食になるからあまりトレーンを引きずらない方がいいかもしれないわね」

「では、ルタンゴトジャケットとオーバースカートを合わせましょう」

「では、それでお願いね」

「承知いたしました」


 邸宅の中が盛り上がっていく。使用人たちを巻き込んで一気に慌ただしくなった。その空気を読んだのだろう、それまで自分の部屋に篭っていたアルセラが不意に顔を出してきた。


「お姉さま? なにかあったのですか?」


 私はアルセラに教える。


「査察部隊のみんなが午後から来るのよ。それで本邸の庭園で立食パーティでおもてなしするの」

「本当ですか?!」


 みんなが来る、その事実にアルセラも沸き立った。


「それじゃ、おめかししないと」

「そうね。午前中しっかり準備なさい」

「はい!」


 アルセラにとって、査察部隊の仲間たちと言うのは家族にも等しい特別な存在なのかもしれない。その表情を見ていても本当に心から嬉しそうだった。


「さてと――」


 私も午後の歓迎会に向けて準備を始めたのだった。

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