儀典礼装・フェーアハゥト アルセラの場合

 するとその時だドレッサールームのドアがノックされた。


「どうぞ」

「失礼いたします」


 私が声をかければ入ってきたのはお母様とセルテスとだった。


「あら、基本の仕立てはうまくいったみたいね」

「ええ、職人の方の技が見事なので」

「そうね。こちらの方にお任せした甲斐があったわ」


 満足気なお母様に私は尋ねる。


「お母様、アルセラは?」

「ああ、そうそう! アルセラが貴女にも見てもらいたいと言うので、あなたが終わるのを待って連れてきてたのよ。さ、いらっしゃい」


 お母様がそう声をかければ、後から私のドレッサールームに入ってきたのはアルセラだった。アルセラも儀典礼装一式を試着しおえたのだ。


 一番下には、ノーブルな印象のパールグレーのフェーアハゥトが淡い光沢を放っている。

 その前面にあしらわれているのはワルアイユを象徴する小麦の稲穂、豊穣な実りを得て頭を垂れている黄金色の麦の穂が細密刺繍で描かれていた。

 さらにその上にドレスとなるのだが、アルセラが身につけていたのはちょっと予想外のものだった。

 両肩とデコルテラインが大胆に露出しているデザインで、しっかりと締め上げられたコルセット風のボディスと三段重ねのスカートと言う組み合わせだった。

 両袖は豪華なフリルの重ねられたハンギングスリーブで小柄で華奢なアルセラの体型をカバーするように、ボリューム感がより重視されていた。

 頭には小ぶりの花がらのヘッドドレスと背中一面を覆うほどのサイズのロングヴェール。

 色合いはノーブルな印象のあるパールグレーを中心に、ボディスとスカートはローズミスト、ヴェールやハンギングスリーブやオーバースカートはさび紫とも言われるしっとりとした色合いのピジョンカラーだ。

 白系一点構成の私のものとは異なり、しとやかさと可憐さに重きを置いた色合いでまとめられていた。

 耳には縦に長いジュエリーイヤリング。プラチナを土台に小粒のダイヤを連ねて一番下に大粒のルビーを輝かせている。そして彼女の胸には、ワルアイユ家が先祖代々継承してきた〝三重円環の銀螢〟が眩しく輝いていた。


 私は彼女に告げる。


「素敵よ。アルセラ!」

「ありがとうございますお姉様」


 やはりアルセラも年頃の女の子だ。思いの丈を込めて着飾れば、嬉しくないわけがないのだ。頬を染めて恥ずかしいにうつむく姿が何よりも愛らしかった。


 ちょうどその時だ、ドレッサールームの入り口のドアが再びノックされた。


「失礼いたします」


 現れたのはセルテス直属の部下である近侍の男性だった。私は彼に問いかけた。


「どういたしました?」

「エライアお嬢様にお客様でらっしゃいます」

「どなたかしら?」


 私がそう問い返せば、返ってきたのは聞き慣れた声だった。


「失礼するぜ」


 その声は、


「プロア!」

「プロア様?」


 私の喜びの声を上げ、アルセラは驚きの声を上げていた。そんな私たちに彼は言う。


「なかなか、いい感じのところに到着したみたいだな」


 見慣れた彼独特の傭兵装束姿での登場だった。そんな彼が言う。


「聞いたぜ。アルセラの領主拝命式が行われるんだってな」

「えぇ」


 私がそう頷いて答えれば、彼はアルセラに歩み寄りながらこう告げる。


「やっとここまで来たな」

「はい!」


 そして彼は言う。


「おめでとう」


 シンプルなその言葉はアルセラに何よりも嬉しかったに違いない。笑顔をはじけさせて彼女は答えた。


「ありがとうございます!」


 喜びのこもった声が辺りに響く。プロアはアルセラにうなずき返しながら私たちへとこう語った。


「またしばらくご厄介にさせてもらう」


 セルテスが言う。


「歓迎いたします、デルプロア様。ご滞在のお部屋も速やかにご用意いたします」

「ああ、頼む」


 そして彼はもう一つ重要なことに気づいたのだ。


「そうなるとまたエスコート役が必要になるな」


 彼の言葉にお母様が言う。


「ええ、もしよろしければまたお願いできますでしょうか?」

「もちろんです。喜んで」 

「助かります。アルセラさんの方は当家の執事のセルテスが役目を行いますが、娘のエライアにはまだ相応しい方が見つかっていなかったものですから」

「ご安心ください。是非お引き受けさせていただきます」


 そう語る彼の言葉は何よりも頼もしかったのだ。

 プロアは言う。


「まだお前の手を引くことになるとはな」


 私は少し皮肉を込めて言った。


「あら? 嫌なの?」

「そんなわけないだろう」


 少し困ったふうにため息をつくと彼は言う。


「戦場で武器を手に戦っているお前も美しいが、今のお前は最高に美しい」


 じっと目を見つめられて真顔で言われてしまったので不意に恥ずかしさがこみ上げてくる。思わず目線を逸らして俯いてしまう。


「あ、ありがとう」


 礼を口にする私の右手をそっととると彼は私の手の甲に接吻する。そして顔を上げて私へと言う。


「それではこれからまたしばらくの間、お側居役引き受けさせてもらうぜ」

「ええ、よろしくね」


 戦場においても、候族社会においても、私の傍には彼がいた。とても有能な彼が。

 今日からまた彼とともに役目をこなすことになるのだから。

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