アルセラとミライル ―娘として母として―
私たちの言葉のやり取りにお母様が言う。
「あらあら、二人とも仲の良いのね」
お母様から見て私たちのやりとりはとても微笑ましかったようだ。
「はい。ワルアイユ領を巡る西方国境の戦乱ではアルセラには本当にお世話になったものですから」
私がそう言えば、アルセラも言う。
「いいえ、お世話になったのは私たちの方です。ワルアイユ領を巡る戦いでは、エライアお姉様のご尽力があったからこそ、皆の暮らしと平穏が守られたのです」
そして、アルセラは改めてお母様とお爺様に向けて言葉を述べた。
「それから、お父様亡き後のワルアイユを守り盛り立てていくためにも、モーデンハイムの皆様方のご尽力とご支援には本当に感謝の言葉しかございません。ありがとうございます!」
アルセラは屈託のない笑顔で感謝の言葉を口にしていた。
その言葉にお爺様が言う。
「なんのなんの。アルセラ殿の努力があってこそ得られた成果だ。我々はほんの少しだけその背中を後押ししただけに過ぎぬ」
「ええ、その通りですよ」
お爺様の言葉に続けるようにお母様は言う。数歩進み出ると、自ら右手を差し伸べてアルセラの肩をそっと触れながらこう述べたのだ。
「聞けばあなたは、エライアの残したオルレア中央首都の上級学校の編入試験合格という困難な課題を、この半年間を通じて見事に成し遂げたと言うではありませんか。なかなか出来る事ではありません」
そしてお母様は私の方に視線を向ける。
「ねぇ? エライア?」
「ええ。アルセラは初めて会った時からとても芯の強い頑張ることのできる子でした。彼女ならきっと成し遂げてくれると信じてましたから」
私の言葉にお母様は満足げに頷いていた。
そして、お母様はアルセラに言う。
「立ち話もなんです。座ってお茶でも飲みながらお話ししましょう」
小柄なアルセラに合わせて、お母様は少し膝を屈めてアルセラの顔を覗き込みながらそう語りかけていた。
でもそこで、アルセラは困ったような表情を浮かべて俯いてしまった。何か言いにくそうにして言葉を探しているかのようだった。
お母様は疑問を抱いたのかアルセラに問いかけた。
「あら、どうなさったの?」
お母様の優しい言葉。アルセラはそれを受けてぽそりとすまなそうにこう告げる。
「あの――、急にお母様のことを思い出してしまったものですから」
「えっ?」
お母様と言う唐突な言葉に、私のミライルお母様も戸惑いを隠せなかった。でもその言葉の意味は私にはよく分かっていた。
言葉を選びながら私は説明をした。
「実は、アルセラは物心ついてすぐに実のお母様を病で亡くしているんです」
ミライルお母様は頭のよい方だ。私の言葉にアルセラがどんな身の上なのかすぐに察してくれていた。
「確か、あなたのお父様も――」
「はい。今回の争乱で命を落としてしまいました」
そう静かに語るアルセラだったが、意図して辛い表情を浮かべないようにしているのは明らかだった。
アルセラが両親を失い天涯孤独であると言う事はあえて伝えていなかった。語る必要が生じたその時に伝えれば良いと私は思っていたのだ。
アルセラの身に降りかかった不幸を声高に語り不幸であると塗布する必要も無いと思っていたのだ。
でもそこはそれ、私のお母様も人の親として年月を重ねている。アルセラの辛い胸の内を察して受け入れてくれた。
「アルセラさん」
「はい」
答えるアルセラに、お母様は優しく言葉をかけた。
「無理な我慢はしなくても良いのよ?」
そう言いながらお母様はアルセラの両手を自らの両手で包み込むようにして握りしめる。
「あなたがここに来たのは、精霊のお導きに違いないわ」
「えっ?」
驚いたような表情を浮かべてアルセラはお母様の顔を見上げていた。そして静かにお母様はあることを打ち明けたのだ。
「実はね。私も自分の息子を亡くしているの」
そうだ、そうだった。お母様もマルフォス兄様を失っているのだ。お母様は言う。
「自分の肉親を失うというのは、自分自身の体の半分を無くすようなもの。頭が理解しても心の中に空いた隙間までは簡単には埋められないものよ」
お母様の言葉にアルセラが辛そうにして涙をこらえているのがよく分かる。でも、お母様は両手を広げてアルセラを全力で抱きしめていた。
「我慢しなくていいのよ、アルセラ」
お母様はアルセラを自分自身の娘であるかのようにしっかりと抱きとめていた。そしてアルセラにこう優しく告げた。
「お泣きなさい。気兼ねすることなく、我慢をすることもなく。私が全てその涙をぬぐってあげるから」
「はい、ありがとうございます」
お母様の言葉にその胸の中で遠慮がちにしていたアルセラだったが、おずおずと自らも両手を広げてミライルお母様に抱きついた。
お母様の胸の中でアルセラの泣き声がそっと漏れてきたのだった。
それから少ししてアルセラが泣きやむと、お母様は言う。
「アルセラ」
「はい」
丁寧な口調で答えるアルセラにお母様は言った。
「私と一緒においでなさい」
「えっ?」
何を言われたのか戸惑った表情のアルセラだったが、お母様はそっと体を離してアルセラの左手を自らの右手で握りしめたまま告げる。
「今からこのお屋敷を私が案内してあげるわ。さ、参りましょう」
そう優しく声をかけながら手を引こうとするミライルお母様に抗うようなアルセラではなかった。頷きながら素直にそれに応じた。
「はい!」
「それと私のことは遠慮せずに好きに呼んでいいわよ?」
「えっ? そんな! それは恐れ多いです」
そこで遠慮するアルセラにお母様は言う。
「ふふ、大丈夫よ。あなたが私の事をどう呼ぼうとも失礼だなんて思わないわ」
ここまで言われて遠慮するようなアルセラではない。それまで秘していた素直な思いを打ち明けたのだ。
「では〝お母様〟とお呼びしてもよろしいですか?」
それは叶わない夢。どんなに慕っていてもアルセラが自らの実母をそう呼ぶことは永劫に訪れてこないのだ。でもせめて、一生に一度でいいから心の底から素直な気持ちでお母様と身近な大切な人を呼んでみたかったのだろう。
お母様はアルセラに、満面の笑みでその申し出を受け入れたのだ。
「よろしくてよ、アルセラ」
お母様がそう言えば、アルセラは答える。
「はい、お母様」
本当の親子のようにしっかりが手をつなぎながら二人は応接室から出て行く。その姿を私は微笑ましく思いながらじっと眺めていた。
私の傍のユーダイムお爺様が言う。
「良いのか?」
「はい。かまいません」
私はアルセラの言葉が出過ぎた行為だとは思わない。なぜなら。
「アルセラは私の〝妹〟ですから」
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