歓迎会Ⅳ 意外な招待客とその正体
会場内を色々と歩き主だった人々には一通り声をかけ終えた。ここで一旦、控え室に戻り休息を取ろうと思った。だが、会場の片隅に気になる人影があった。
「ん? あれは……」
「どうなさいましたお嬢様?」
メイラさんが私に問いかけてくる。
「いえ、ちょっと気になる方が」
そう言いながら左手でその方を指し示すば、壁際で人目を避けるように一人でポツンとグラスを傾けている男性の姿があった。
年の頃は20代だろう。身のこなしやたたずまいから言って名のある候族のようにも思う。何より妙に記憶の片隅に印象に残るのだ。
「ほらあちらの方」
「あら? 私としたことが見落としていたようです。どうなさいますか?」
「もちろん挨拶するわ。候族の招待客の方なら挨拶のお声がけは最低限の礼儀ですから」
「ではさっそく」
ちょうど生憎、セルテスは別件で私の所から離れていた。私はメイラさんと二人でその彼のところへと歩み寄っていく。
私は向こうが声をかけてくるよりも先に自ら声をかけることにした。
「失礼いたします。初めての方とお見受けしますがご挨拶よろしいでしょうか?」
候族としては標準的なルタンゴトコート姿、襟元のクラバットも見事に身につけられていた。着こなし佇まいどちらを取っても一流のように思えた。
「おっとこれは失礼」
先方が振り向いて挨拶をしてくれる。改めてそのご尊顔をかいま見ようとしたその時だった。
「わたくし、当家当主の――」
「ルスト?」
「えっ?」
予想外の言葉が返ってくる。私の挨拶の言葉を途中で断ち切るかのようにここで聞かされるはずのない〝あの名前〟で呼ばれたのだ。
そう、この1年半ずっと使い続けていた私の名前を。
「その声まさか、プロア?」
髪型、服装、それまで見慣れていた姿とはまるで異なっていたので気が付かなかったのだがよく見ればそれはまさに、あのプロアだったのだ。
彼は言う。
「おっと、今はエライア様だったな」
「え、ええ――、でもなぜあなたがここに?」
私は驚きながら思わず問いかけていた。私の声が聞こえていた周辺の人たちの視線が思わず集まってくる。
その状況を察してプロアは言う。
「ここでは話しづらい。場所を変えよう。こっちだ」
そう言いながら彼が招いたのは。ダンスホール会場をぐるりと取り囲む外周通路の一部だった。正面入り口から離れた位置だったので通りすがる人の影もない。
メイラさんが、私の背後で会場内に残りさりげなく見張りをしてくれている。何かあれば声をかけてくれるだろう。私は今のうちにプロアに事情を尋ねることにした。
「どうしてあなたが?」
その問いに彼は冷静な面持ちで答えた。決して嬉しそうではない口調で。
「管財人に言われたんだ。挨拶して来いってよ、お前に」
「管財人?」
「あぁ、知ってるだろう? 今のバーゼラル家の有様」
「ええ。大きな声では言えないけど」
「まぁな。それでもお前のおかげで失われていた家宝の残り一つが無事手に入った」
「イフリートの牙ね?」
「ああ。それと俺がずっと持っていたアキレスの羽と合わせてバーゼラル家再興の条件を満たしたことになる。正式に中央政府の紋章管理局に申し出て許されればバーゼラル家を再興することができるんだ」
紋章管理局とは、候族家に一家に一つ認められている〝紋章〟その管理をする政府機関のひとつで、現在では候族の家系運営の一切に関わる許認可や処罰や管理運用の一切について取り仕切り、管理することを任された公的機関だ。
そこで彼は軽くため息をつくと言葉を続けた。
「それでバーゼラル家の財産や地所を管理している管財人のところに家宝を取り戻したことを伝えに行ったら言われたんだよ」
「なんて?」
「モーデンハイムのお嬢様が戻ってきている。近く歓迎会が開かれるはずだから顔を出して挨拶して来いって。顔繋ぎして来いってよ」
そこで彼は盛大にため息をついた。
「挨拶するより何より、とっくに知っているって言うのによ」
「ふふ、そうね」
私は小さく声を立てて笑う。そして彼に問いかけた。
「それで人目を避けて片隅に?」
「ああ、数年前のバーゼラル家の一件を未だに忘れていない奴もいる。俺も昔のことで根掘り葉掘りほじくり返されるのもあんまりいい気もしないしな。とりあえず中開きが終わったらさっさと帰るつもりだったんだ」
「それで私に見つかっちゃったと」
「ああ」
そう言いつつも彼は嬉しそうだった。あの戦いで同じ釜の飯を食った仲だ。彼との絆は通り一遍のものではない。
「それじゃあ私とこうやって話をしたんだから義理は果たしたわよね」
「ああ、そうだな」
彼の安堵する声が聞こえる。だが彼の言葉は続いた。
「実はな、家宝をこうして取り戻しはしたが、俺が家宝をそうしたのは何もバーゼラル家を再興させるためじゃないんだ」
意外なその言葉に私は驚いた。
「えっ? それじゃあなぜ」
そして彼は怒りをにじませながらこう答える。
「バーゼラル家を再興させないためだ」
意外ともいえるその言葉に私は何も指摘できなかった。だが彼は言う。
「そもそも数年前、バーゼラル家が崩壊した時に俺を助けてくれたやつはここのユーダイム候ただ一人だけだった。誰もが石を持って投げつけるような悪意ばかり向けてくる」
それは彼の苦しみそのものの歴史に他ならなかった。
「何度死にたいと思ったかわからない。どれだけ他人の靴の底を舐めるような真似をしたかわからない。だが俺は家族との絆の象徴であった失われた家宝だけは何としても取り戻したかったんだ。そして――」
彼が一瞬、息継ぎをしてさらに続ける。
「そしてだ。俺が取り戻したこの家宝を自ら持ち続けることで俺以外の誰であろうと勝手にバーゼラル家再興を願い出ることができなくなるんだ」
それはひとつの〝復讐〟の形だった。
「バーゼラル家再興を待ちわびているやつは1人2人じゃない。特に自分に都合のいいバーゼラル家再興が行われるように狙ってるやつは必ずいる」
「それで、今までのあなたの戦いが?」
「ああ」
つまりだ、あと一歩で復興が達成される。そういう状況を作り出しておきながら、あえてそれをしない事で、バーゼラル家再興を何よりも望む人たちに不都合を与えることができるのだ。
お腹の空いた野良犬におあずけをするかのように。
数年前のバーゼラル家取り潰しのさいに彼がどれほどの屈辱を受け苦しみを乗り越えたかが伝わってくる。彼はあの時のことを未だに許してはいないのだ。
私はあることを思いつくと彼に言う。
「ねえ、後で二人きりでゆっくり話さない? 色々と昔話もしたいし」
「あ? ああ、いいぜ」
私の突然の申し出に彼は明らかに驚いていた。だがまんざらでもなさそうだ。
「それじゃあ本邸の来賓応接室で待ってて、あとで行くから」
「ああ、そうさせてもらう」
そう答えた彼は私の姿をじっと見つめながらこう言ってくれた。
「あらためて言わせてもらうぜ。――エライア、帰還おめでとう」
「ありがとうございます」
彼は微笑みを浮かべながらこう言う。
「綺麗になったな。ルスト」
飾らない一言、それが私にはとても嬉しかった。
彼は、右手を軽く上げてひらひらと手を振りながらそのまま通路を歩いて行った。今の彼にとって、候族社会の縮図のようなこのような場に顔を出すというのは本当に苦痛でしかないのだろう。
その時の彼の背中がとてつもなく重い荷物を背負わされて疲れ切っているように見えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます