幕間:招待状

幕間:招待状

 フェンデリオル国の中央首都オルレア、

 その最高学府とされているのが国立中央アカデミア『ドーンフラウ学院大学』だ。

 創設220年の歴史を持ち、フェンデリオルを支える頭脳とも言われた。

 中央首都オルレアの南西部郊外に位置し、ドーンフラウと呼ばれる市街区画に存在している。

 そのドーンフラウ学院の中でも最も優秀かつ高い難易度を誇るのが〝精術学部〟だ。その精術学部が存在する学舎が、ドーンフラウ学院大学第1カレッジ『緋蝗舎』だ。

 その緋蝗舎の建物の一角にあるのが精術学部主任教授の一人アルトム・ハリアー教授の執務室だ。


 夏も終わりに近づき秋が始まっている。肌寒さを感じることが多くなった夕暮れ近く、その日の主だった講義を終えてハリアーは執務室でくつろいでいた。

 彼の受け持ちである生徒の一人であるコトリエとともに軽くお茶を嗜んでいる時だった。彼の執務室の入り口の扉がノックされた。


「誰だね」


 ハリアーがドア越しに問いかける。


「失礼いたします。レミチカです」

「入りたまえ」


 レミチカも彼の受け持ち生徒の一人だ。拒む理由はない。


「失礼いたします」


 ドアを開けると軽く一礼する。そして彼女の従者であるロロを従えながらハリアー教授の執務室へと入ってきた。

 二人とも執務室に入るとロロがドアをそっと閉じる。そして簡単な挨拶の後に用件を切り出した。


「お忙しいところ失礼いたします。お聞きしたいことがありお伺いさせていただきました」


 手にしていたティーカップをテーブルに置きながらハリアーは問い返す。


「質問かね? 一体何があった?」


 師の問いかけにレミチカは落ち着き払って答えた。


「これをご覧いただきたいのです」


 そう言いながらレミチカは教授の元へと静かに歩み寄っていく。そして従者のロロに命じると彼女に持たせてあった一通の書状を差し出した。

 それはすでに開封されていたが白い封筒に赤い蜜蝋で封がしてあった。その封の蜜蝋に刻まれたシンボルには見覚えがあった。


「これは? モーデンハイムの?」

「ええそうです。しかも中身は招待状です」


 レミチカの答えにハリアーは少しばかり驚いたようだった。


「招待状?! まさか」

「まさか? って?」


 レミチカは教授の言葉に驚きを覚えていた。予想外の反応だったからだ。


「待ちたまえ」


 そう言うなり立ち上がると自分の政務机に急ぎ戻るとその一番大きな引き出しを開ける。するとそこにはレミチカが持参してきたものと同じ封書が仕舞われていたのだ。

 レミチカが問う。


「教授それは?」

「昨日夕暮れ時に私信配達人によって届けられたものだ。昨日は夜まで予定が詰まっていたから開けるのは明日にしようと思っていたのだが――」


 そう言いながら机の片隅に置かれているナイフ型のレターオープナーを取り出し封を開ける。そしてその中に入っていたのは――


「これはモーデンハイムのエライア君の帰還歓迎会の招待状?!」


 するとそこには確かにこう書かれていたのだ。


【モーデンハイム本家当主ご令孫、エライア・フォン・モーデンハイム嬢、長期ご遊行帰還歓迎会へのご招待のお知らせ】


 それはまさにモーデンハイム家からの招待状だった。エライアが無事に戻ってくることへの祝いの席である。

 その場に合わせたコトリエも言う。


「私の所にも届きましたわ。中身はまだ開封しておりませんが内容はおそらく同じものかと」


 レミチカが落ち着いた声で言う。


「当家に滞在しているトモ様のところにも届いております」

「手前どものところのチヲさんにも届いておりますわ」


 二人の言葉に教授は言う。


「やはりそうか。エライア君の親友筋には全て送っているようだな」

「ええ、そのようです。手前どもの使用人であるロロのところにも届いておりますから」


 レミチカの答えにロロは頷いた。

 コトリエが言う。


「ロロさんもエライア様の中ではご親友として捉えておいででしたものね」

「ええ。2年前以前にはロロあてにも度々便りや贈り物も頂いてましたから」


 二人はそんなやり取りをしていたがレミチカの疑問の本質はそれではなかった。彼女は言う。


「ですが私が気になっているのは招待状そのものではなく、招待状の中に書かれているこの言葉なんです」


 そう言いながらレミチカは自らの招待状を教授に渡しながら気になる文面のところを指し示した。そこにはこう書かれてあった。


「読みますわよ――


 『レミチカ様に置かれましては、他数名の方たちとともにある特別なお役を引き受けていただきたく、ここにお願いさせていただきたく存じます』


――こう書かれておりますの。どういうことでしょうか?」


 レミチカの言葉に少し思案した風の教授だったが、その答えは速やかに出てきた。教授は言う。


「これは――、ああなるほどそういう事か。セルテスの奴め何か考えているな?」


 意味深に笑いながらそう呟くハリアー教授だったが、さらに言葉を続けた。


「モーデンハイム本家の執事のセルテス君は知っているかね?」


 レミチカが頷きながら答える。


「はい、よく存じております。モーデンハイムのユーダイム候の優秀な側近の執事役のお方です」

「そうだ。その通りだ。なんでもユーダイム候が当主の座に復帰したと言う。それならば今回のエライア君の帰還歓迎会を取り仕切っているのは間違いなく彼だ。彼は優秀で他人の心の機微をよく分かっている。彼ならば心憎い演出をしてくれるだろう」

「心憎い演出?」

「そうだ。娘子の帰還にさいして、帰還する当の本人が最も気がかりな思いを抱いているだろう親友を特に招いて何かをしてもらおうという事なのだろう」

 

 コトリエが疑問の言葉を口にする。


「その何かとは?」

「そうだな。歓迎会までまだ日にちがある。軽く見積もっても一週間は先だろう。それまでの間に直接訪問して訪ねてみるのも良いのではないかね?」


 教授のその言葉にレミチカもコトリエも何かに気付いたようだった。


「それもそうですわね。セルテス殿から直接お聞かせいただくのも悪くありませんわ」


 レミチカの言葉にコトリエも言う。


「そうですわね。仔細をお聞きしてそれに見合った準備をさせていただきませんと」

「ええ。訪問のためのドレスも新しく仕立てませんと

ね」

「あら。レミチカ様も?」

「もちろんですわ。おそらく我がミルゼルド家の当主であるお父様の名代を兼ねることにもなると思いますので」

「そうですわね。それに見合った相応の身づくろいをさせて頂きませんと」

「親友の名前に傷をつけてしまいます」

「そうですわね」


 候族令嬢と言えどやはり女の子同士。着飾る機会があれば嬉しくなってくるというものだ。おとなしくしているという方がそもそも無理な話だ。

 そして、レミチカはコトリエに言った。


「コトリエさん。よろしければ一緒にモーデンハイムのセルテス様のところに仔細を聞きに参りませんこと?」

「いいですわね! 是非ご一緒させていただきます」

「では、善は急げです」

「ええ」


 そういうが早いか二人は帰り支度を始めた。

 レミチカが言う。


「教授、申し訳ございませんが私どもはこれにて」

「失礼いたします。ハリアー教授」

「ああ、気をつけて帰りたまえ」

「はい!」

「それではごきげんよう」


 そう言葉を残して3人は去っていった。後に残されたのは教授であるハリアーただ一人だった。

 自らの手元には一通の招待状。その中身を開いて眺めれば教授は意味ありげに微笑んでいた。


「そうか。2年ぶりか。とうとう帰ってくるのか。ならば今は帰り旅という所だろうな」


 歩いているのか、馬車旅なのかそれは分からない。だがひとつだけ言えるのは確実に帰ってくるということだ。

 そしてハリアー教授は意味ありげに呟いた。


「エライア、君は今どこに居るんだ?」

 

 その言葉はとても嬉しそうだった。

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