第2話:過去からの出立と、令嬢エライアへのお色直し
私信配達人と特別な手紙
私がミルフル母さんのところからブレンデッドの街に戻ってきてから二日ほどの時間が経過したときだった。
自宅にてくつろいでいた私だったが、家の扉が突然ノックされた。扉の中ほどに設けられている覗き窓。そこから視線を投げかけながら問いかける。
「どなたですか?」
その問いかけに答えたのは15歳位の若者で、傭兵ギルドの内部職員でも見習いクラスの人だった。まだあどけなさの残る容姿の彼は私へと告げた。
「申し訳ありませんが大至急に傭兵ギルドへと出頭してほしいそうです」
私は扉の鍵を開けて改めて声をかける。
「どういうことですか?」
「申し訳ございません。私はお呼びするようにとしか承っておりませんので」
私と対して背丈の変わらない彼は恐縮しながらも、なおも私に言う。
「なお、その際に正面入口からではなく裏側入り口からお出でいただきたいそうです」
「裏口――」
傭兵ギルドの入り口にはいくつかあるが、一般傭兵の出入り口は表と裏がある。表は通常の事務局詰め所につながる入り口で一日中人通りが絶えない。だがもう一つの裏側入り口は訳アリの人間が出入りする場所だ。
懲戒、処罰、降格、資格剥奪と言った処分通知、
あるいは表向きにできない特別な事情が絡んでいるときに人目につかないために使う出入り口だった。
――なにかある――
私はそう思わずには居られなかった。
「わかりました。すぐに向かいます」
「よろしくお願いいたします」
そう伝え終えて踵を返して彼は帰っていった。急がなければならない。私はそう感じながら急いで支度を整えてでかけたのだった。
† † †
いつもの傭兵装束姿になって腰に戦杖を下げて足早に駆けていく。傭兵ギルドの建物に近づいたときは少し大回りして人目を避けて裏側に回る。
傭兵ギルドの建物の裏手側、物資搬入や通用口に紛れて、人目につかない角度で設けられていたのが裏側入り口だった。
そこには常に一人だけ常駐警備員が詰めている。
その彼に一言断って入っていくのがその扉の流儀だった。
噂には聞いていたがそこを利用したのは私は初めてだった。
人目を避けて扉に近づき、扉の中ほどに設けられた小さめの格子戸を開く。そして中に向けて声をかける。
「失礼いたします」
自ら名前を名乗ろうとする前に声が返ってくる。
「入れ」
短くシンプルな言葉。だがその言葉の裏側には私が何者であるかはすでにわかっているようなニュアンスがあった。
無言のまま扉を開けて中に入る。後ろ手に扉を閉めた時に警備員の初老の男性が声をかけてきた。
「お名前は存じてます。このまままっすぐ支部長室に向かってください。お帰りもこちら側からお願いいたします」
極めて事務的な言葉。この裏の扉を利用する際に定められている流儀なのだろう。私は無言で頷いて支部長室へと向かった。
見慣れた扉、呼ばれた案件の性質上、私はノックも声かけもせずにそっと扉を開ける。するとそこにはワイアルド支部長の他にもう一人、恰幅の良い金髪の壮年の男性が控えていた。
ルダンゴトコートにクラバット。頭にかぶったのは革製のつば広の丸帽子。長い距離を旅してきたのがわかるロングコート。肩に斜めにかけたのは大きめの革鞄。反対側の腰には護身用にごつい目の造りの戦杖が下げられていた。
支部長が言う。
「来たな?」
「遅くなりました」
「かまわん。それよりこの方がお前に用件があるそうだ」
支部長の語る言葉に合わせるように彼は頭にかぶった丸帽子を片手で脱ぐと軽く会釈をして挨拶をする。
「失礼。突然お呼び立てして申し訳ございません」
「いえ、お気になさらず。エルスト・ターナーです。それよりどのようなご用件でしょうか?」
名乗る私にその人は言った。
「はい。
――私信配達人――
それは一般の郵便業務の流れに乗せることができない、特別秘密を守りたい重要な手紙や、送達への確実さを何よりも重要視する場合に送達相手へと直接手渡しすること目的とした配達専門職の人々の事だ。
長い距離を速やかかつ確実に届ける必要があるから体力と持久力と健脚さが何よりも重要になる。価値のある信書や小切手や現金などを持ち運ぶ場合もあるから、いざという時のために襲撃者を撃退できるだけの腕っぷしと判断力と戦闘力も求められ仕事でもあるのだ。
それを表すかのように私信配達人のエロールさんは屈強で二の腕の筋肉もかなりのものだった。そのまま職業傭兵として通用するかのような威圧感と迫力があった。
その彼が言う。
「エルスト様宛に信書をお持ちいたしました」
そう述べながら肩にかけた革カバンから、厚手の油紙製の大判封書に収められた一通の封書を取り出した。彼はそれを私の方へと差し出した。
「こちらでございます」
私はそれを恐る恐る受け取ると、油紙の大判封書の中から本命の信書を取り出した。そこに記されていたのは――
「あっ」
私は思わず声を漏らした。戸惑いというより観念したと言った方がいいだろう。そこにはこう明記されていた。
【エルスト・ターナー様、またの名をエライア・フォン・モーデンハイム様へ】
ご丁寧に信書を包む封筒にはモーデンハイムのシンボルである〝人民のために戦杖を支える男女神の紋章〟が金箔付きで焼きこまれていた。誰がどう見ても私の実家からの手紙だった。
「―――」
私はただただ呆然するより他はなかった。いつかくるものと覚悟はしていた。だが実際にその目にして、その手に受け取ると、重みと恐ろしさが格段に違った。
微動だにしない私に支部長は言った。
「おい。どうしたんだ?」
そこには心配するというより、完全に固まってしまった私をからかうようなニュアンスがあった。
「驚きのあまり息をするのも忘れたんじゃないだろうな?」
「あっ? いえ! そんなことありません!」
「そうならそうと配達員の人に返事くらいしろ」
「はいすいません! あの、たしかに受領いたしました」
慌てて謝る私にエロールさんは言った。
「無事お受け取りいただけたようなので配達は完了とさせていただきます。なお発送者のお方からご伝言をいただいております」
「伝言ですか?」
「はい」
エロールさんはそう答えながら伝言を伝え始めた。
「その信書をよくお読みになり。ご準備ができましたら発送者様にご連絡を頂きたいとのことです。さらにその際に西部都市のミッターホルムへの到着予定日時をお知らせください。伝言は以上となります」
「ありがとうございます。速やかに返信させていただきます」
「かしこまりました。それでは私はこれにて」
私信配達人のエロールさんはそう言い残しながらコートをたなびかせて速やかに去っていったのだった。
私は気持ちを落ち着けながら支部長に一言断りを入れた上で応接用のソファーの一つへと腰を下ろした。
赤い封蝋で丁寧に封がしてある。そして恐る恐る、封を開け、中から手紙を取り出した。
そこにはこう記されていた。
☆〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆
エルスト・ターナー、またの名を、エライア・フォン・モーデンハイム様へ
前略
日々、激務にてご多忙の折と存じます。
貴殿にお伝えしたき事があり一筆したためさせていただきました。
この度、我がモーデンハイム宗家では貴殿に対して、モーデンハイム宗家当主名義にて、大規模親族会議全会一致の承認を受けた上で、モーデンハイム宗家への〝出頭〟を命じるものであります。
貴殿が現在、職業傭兵の業務に従事しておりご多忙だとは存じております。ですが、この度の西方国境戦にまつわる貴殿からの要求にお答えした件も含めまして話し合いが必要との判断に至りました。
つきましては速やかにモーデンハイム宗家へと、ご帰還を命じるものであります。帰還日時が確定した場合、信書などにてこれを知らせるよう、お願い申し上げます。
貴殿の母上君も一日千秋の思いにて、貴殿の御帰還を心からお待ち申し上げております。同封した小切手と運河客船の乗船券は帰還のためのものです。ご自由にお使いください。
それではモーデンハイム宗家本邸にて貴殿のご帰還をお待ち申し上げております。
モーデンハイム宗家当主
ユーダイム・フォン・モーデンハイム
代筆
筆頭執事セルテス・セルダイアス
☆〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆
一通り読み終えて私はソファーの背もたれに強く寄りかかると頭上を仰いだ。
「ふわぁ」
なんとも気の抜けた声が出てくる。思わずぐったりとせざるを得ない。
「嘘でしょう〜〜」
恥も外聞もなくわたしは精一杯ぼやいた。
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