母ミライルの笑みと、訂正報道

 ユーダイムが宣言する


「さて〝前当主〟デライガ候は心身に異常をきたしておられるようだ。我々が用意した精神系サナトリウムにおいて終生療養していただこうと思うが、いかがだろうか?」


 否定の声は上がらない。


「異論がないので承認されたものとする」


 そしてかつては親子として籍を置いた者に対して冷たく言い放った。


「連れて行け。二度と陽のあたるところに出すな」

「はっ!」


 デライガの警護役であったはずの3人の職業傭兵たちは精神の壊れかかったデライガを拘束する。


「なにをするやめろぉ!」


 だが、その3人の職業傭兵たちは無言のままだった。彼らはこの親族会議を主催したユーダイムに雇われているからだ。たとえ元当主といえど、その声に従う義務はない。


「俺をどこに連れて行く!」


 だがその叫びも虚しくデライガは精霊神殿から引きずられるようにして連行されていいった。

 建物の外には護送用の馬車が控えている。それに押し込まれて何処かへと運ばれていくのだ。


――ギイイイィ――


 精霊神殿の正門扉が閉まっていく。


――ガアンッ!――


 まるで死刑執行の合図のように重い音を立ててその扉は閉じられた。


 そして――

 ユーダイム候は大きく息を吐きながら言う。


「これで、準備が整ったな」


 その言葉にミライルが安堵したかのように答える。


「えぇ、あの娘エライアを迎えてあげることができます」

「そうだな」


 その時、会議参加者の中のひとりの老いた女性が静かに尋ねた。


「それで、エライア嬢はいつお迎えなさるのですか?」


 ユーダイムは物憂い表情を浮かべつつも笑みを交えて答えた。


「そうだな、あの子にも現状での名前と身分がある。それを解決してからになるだろう」

「えぇ、そうですわね。此度の偉大な功績についてもご採決が下るでしょうから」

「あぁ」


 ユーダイムはミライルの言葉にうなずいた。そして、先程の老婆がこう告げたのだ。


「お迎えは盛大に行いませんか? なにしろ2年ぶりのご帰還ですから」


 その言葉に母ミライルは満面の笑みを浮かべて答えた。


「もちろんですわ」

 

 そして、精霊神殿の祭壇へと視線を向けながら彼女は言った。


「私の大切な娘ですから」


 こうして、多くの人々を巻き込んだ、一人の男の妄執と暴虐は終わりを告げた。一人の少女の帰還の旅路の幕開けを告げながら。

 だがエライア――すなわち、エルスト・ターナーはその事をまだ知らない。



 †     †     †



 そののちすぐに、モーデンハイム家の主席広報官から、フェンデリオル国内と同盟国ヘルンハイト公国へと声明が出された。すなわち、2年前の声明の訂正報道だ。


「2年前、我がモーデンハイムより出されたエライア・フォン・モーデンハイム嬢の、ヘルンハイトへの留学という広報報道は誤りであった。当時の宗家当主の独断での広報であり、実際には所在が掴めない状態にあった。現在も調査中である」


 そして、即伝文章でヘルンハイト公国政府へと謝罪文書が送達されるのと同時に、モーデンハイム家現当主がヘルンハイト公国大使館へと直接謝罪に赴いたとの事だった。

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