3人娘目抜き通りで買い食いす

 一度、村の政務館へと向かうと身支度を整えなおして村の中へと足を踏み入れる。

 何度も行き交った村の目抜き通り。そこは初めて村に訪れた時にパックさんと薬の行商人の真似事をした場所だった。


「すごい!」


 アルセラが思わず驚きの声を上げた。それに続けてノリアさんも言う。


「こんなに人が集まっているなんて」


 人づてに噂には聞いたが、実際に目の当たりにすると驚くような盛り上がりだった。

 メルト村は村と言えど実質的には町といって差し支えなないような規模がある。また周辺の小さな集落への中継地点としての意味もある。周辺地域から集まった農作物の集積地点でもあるのだ。

 アルガルドの脅威が失われた今、盛り上がりが戻ってくるのはむしろ当然だった。そして小麦の収穫を控えたこの時期だ、商人や物見遊山の人々が行き交い始めていた。


「見て、アルセラ」


 私は傍らのアルセラの肩を抱いてそっと引き寄せながら言った。


「これが私たちが取り戻した〝平和〟よ」

「はい」


 そこには不安も苦しみもない。やっと取り戻した明日への希望がある。でもそんなことよりも今は、


――ぐぅ〜〜――


 思いがけずにアルセラのお腹が音を鳴らす。


「あぁ、そういえば今日は昼食まだだったわね」

「そうでしたね」


 ノリアさんも苦笑している。私は二人に提案した。


「ね、一緒に何か食べない?」

「はい!」


 アルセラが笑顔をほころばせながら同意する。

 まるで子犬か子猫のように私の腕に縋り付きながらどこに行こうかと笑顔をほころばせている。


「お姉さま、あれ!」


 まず最初にアルセラが興味を示したのは、腸詰の屋台だった。羊などの家畜の腸に色々な動物のひき肉を詰めて燻製にしたものだ。

 それを屋台で炭火で焼いてパンに挟んで提供している。

 私たちに代わってノリアさんが屋台の店主に注文をする。


「三つお願いします」


 3人分を受け取り代金を払う。食べ物と一緒に飲み物も探す。するとそこはかとなく良い香りがしてくる。


「この匂いは」


 覚えがある。懇談会の昼食会で締めの飲み物として出された〝コーヒー〟だ。

 これも屋台で提供されていて、アルコールランプでコーヒーが小さなポットでたてられている。それを3人分注文すると木製のカップに煎れて渡された。

 私たち3人で品物を手分けして持つと、広場の片隅に村の人々の善意で用意されているたくさんのテーブル席の一つへと腰を下ろした。

 淹れたてのコーヒーと熱々の腸詰めのパン。いただきますもそこそこに3人でかぶりつく。


「熱っ!」


 焼けて間もない腸詰めは中は熱々の肉汁でいっぱいだった。口の中ではじけたのが思いの外熱かったらしい。


「大丈夫?」

「はい、でもすごく美味しいです」


 腸詰めは香辛料がたっぷり効かせてあってパンの風味も相まって余韻の残る美味しさだった。

 ノリアさんも交えて話が弾む。

 アルセラがこの味をお屋敷でも食べれないかと無理を言えば、ノリアさんは少しだけ困ったような表情をしたが、


「腸詰めはいろいろ手に入るので試してみますね」


 お料理に関してはノリアさんはアルセラののぞみには出来る限りの手を尽くしてくれる。彼女なら本当に作ってあげるだろう。

 食べ終えてコーヒーのカップを屋台へと返す。

 その次に目線がいったのは、


「あれ何かしら?」


 見慣れない食べ物。

 丸い樽のような金属の器が置いてありその表面は霜ができていて程よく冷えているのが分かる。樽のような容器は四つほど並んでいる。


「行ってみる?」

「はい!」


 こうなると際限はないものだ。興味の向くままに自然に足が向いて行く。


「失礼」

「はいいらっしゃい」


 店主は意外にも女性だった。年の頃40くらいの女の人で前掛けをつけて品物を売っている。


「これって一体何ですか?」

「ああ、うちかい? これだよ」


 そう言いながら樽型の容器の蓋を開けて中を見せてくれる。その中にあったのは、


「これは、ソルベ?」


 アルセラのつぶやきにご店主はこう教えてくれた。


「似ているけど違うよ。ソルベは果汁やリキュールなんかを凍らせて作るんだけど、こっちはシャーベットっていって牛乳や卵白や砂糖が加えてあるんだよ」

「へぇ」


 材料が微妙に違うということは風味も違うはずだ。


「何味があるんですか?」

「いちご、りんご、オレンジ、黒茶の4つだよ」


 そこまで聞いたら食べないわけにはいかない。まずはアルセラが、


「わたしオレンジ」


 次に私、


「わたしは黒茶で」


 そしてノリアさん、


「それではもう一つはリンゴで」


 注文を聞いて手慣れた手つきでガラスの容器にシャーベットを盛っていく。樽のような容器の底には、氷精系の精術武具と同じように、氷精系の仕組みが組み込まれているのだろう。中身が溶けずに冷えたままでいる。念話装置のように精術の技術が戦い以外にも少しずつ使われ始めているのだ。


「あいよ。食べ終わったらうつわは戻しておくれ」


 品物を受け取りながら代金を払う。

 再びテーブルでシャーベットを味わうがよく冷えたそれはまさに絶品だった。


「美味しい」

「ものすごい味が濃厚ですね」

「うん、これはいいわ」


 女3人集まれば食道楽と買い物はとどまることを知らない。会話も弾みながら食が進む。シャーベットを食し終えて私たちはまた次のものへとうつった。


「あ、チョコレート」


 チョコレートの材料のカカオは輸入品。南国のパルフィアから国境を超えて持ち込まれる。南部都市のモントワープからフェンデリオル国内各地に流通している。


「食べる?」

「はい」


 砂糖は価格が下がったが、カカオはまだ高級品の範疇だ。お値段は少々高かったが食べない手はない。

 親指の先程の大きさの粒状のものを作り置きしている。チョコだけのもの、ナッツやドライフルーツが入っているものなどいろいろだ。それを紙製の容器に入れて量り売りしている。手のひらでいっぱいの程の量で色々と取り混ぜて売ってもらった。

 それから私たちは目的を決めずに村の目抜き通りをふらふらと歩き回る。色々な屋台やお店の店主の人と話していて一様に聞かされたことがある。


――祝勝会が開かれて盛り上がっている――

――色々な地方から人々が集まってきている――

――隣接領地の嫌がらせももうない――

――安心して商売ができるぞ――

――盛り上がっているから客足もいいはずだ――

――ワルアイユに行くなら今だな!―


 それはまさに予想通り。

 中には話していて、アルセラが新領主で、私がアルガルド討伐を果たした本人だと気づいた人もいた。

 ビーズ細工のアクセサリーの行商のご店主は思わず言いかける。


「えっ? ご領主様に、例の戦いでの――」


 その言葉に私は思わず右手の指を、自分の口に縦に添えてこう言った。


「お願いそれはここでは言わないで」


 そして傍らのアルセラを抱き寄せながら言う。


「二人水入らずの大切な時間だから」


 ビーズ細工のアクセサリーの行商のご店主は苦笑しながら言ってくれた。


「そいつはすまなかったな。こいつはおわびだ」 


 すみれ色のビーズ玉を連ねて作った指輪だった。手慣れた手つきでサイズを調整してそれをアルセラの人差し指へとはめてくれる。

 そのおまけに対してアルセラは笑顔をほころばせた。


「ありがとう!」


 はじけるような笑顔で感謝を口にするアルセラは、今まさに何の変哲もない15歳の女の子だったのだ。


 時は過ぎる。

 食べ歩き、何気ない小物を買い、珍しいものを見て驚き喜び、村人たちから領民たちから感謝の心を投げかけられる。

 夢のような時間が瞬く間に過ぎていく。さすがに歩き疲れたようで、疲労の色が浮かび始めていた。


 道沿いの石造りのベンチに腰掛けた時アルセラがうたたねを始めた。


「これはさすがに休ませた方がいいかな?」


 ノリアさんが言う。


「そうですわね」


 私の意見に同意してくれる。立つように促すと抱きかかえるようにして政務館へと戻る。そして仮寝室に連れて行くと子供をなだめるかのようにベッドに寝かしつける。

 私は応接間へと行くと大きく息を吐いた。


「ふぅ、やっと寝たわ」


 ソファーに腰を下ろして私も一息つく。ノリアさんは私に黒茶を淹れてくれた。


「ありがとうございます」


 落ち着きと喜びを取り戻したアルセラの姿にノリアさんの表情もほっとしているかのようだった。

 ちょうどそんな時だった。

 応接間の扉がノックされた。


「はいどうぞ」


 私が返答すれば扉が開けられ中に入ってきたのは二人の人物。


「サマイアス候! それにサティー夫人」

「こちらにおいでになられているとお聞きしたのでね」


 そう語るサマイアス候は何かを伝えに来たようだった。


「どうぞ」


 私は二人にソファーをすすめて二人が着座したのを見て会話を始めた。


「わざわざご足労ありがとうございます。申し訳ありませんがアルセラは今仮眠中でして」


 私がそういえばサマイアス候は穏やかに微笑みながら言う。


「いやいや、礼には及ばんよ。むしろ感謝を言わねばならんのは私の方だ」


 間を置かずに、サティー夫人も言う。


「そろそろ、あなたがご帰還なされる話が出ると思っていたの。それを聞かされてあの娘がひどく落ち込むんじゃないかと思って」

「だがそれも杞憂だったようだな」


 ふたりがそう語る言葉に私はつい言ってしまう。


「帰還のことを伝えたら大泣きされましたけどね」

「やっぱりそうなったか。だが致し方あるまいまだ15歳なのだから」

「ええ、心身ともにまだまだ大人になりきれていない頃です」


 それは私も分かっている。でもだからこそこの二人にお願いしたいことがあった。


「あの、お二人におりいってお願いしたいことがあるんです」


 私の問いにサマイアス候はすでに気づいているかのように神妙な面持ちで答えてくれる。


「何かね?」


 私は言った。


「アルセラのことをお願い致します」


 その言葉にサマイアス候がはっきりと首を縦に振った。


「無論だとも。彼女は私の親友バルワラの娘だ。私にとっては我が子も同然だ」


 そしてもう一つ私はサマイアス候にお願いしたいことがあった。それは――


「――――――――――、」


――私の申し出にサマイアス候は驚いたようだったが、だがその真意に気づいて即座に了承してくれた。


「任せてくれたまえ。アルセラの教育はバルワラも望んでいるだろう」


 傍らのサティー夫人も言う。


「あの子を立派なレディに育ててみせます」


 私はふかぶかと頭を下げた。


「よろしくお願いいたします」


 私のその求めに真剣な表情で答えてくれる二人がいたのだった。

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