幕間・帰り道の馬車の中で

モーハイズ家・黒幕との通信

 葬儀が終わった後、それぞれの場所へと帰って行った。

 村人たちはそれぞれの家へと、村長さんは村役場へと、軍人さんや傭兵さんたちは宿舎として使っている集会所歩へと、戻って行く。

 葬儀に列席していた隣接領地の領主の方々は一旦ワルアイユの本邸へと戻る流れとなった。唯一、モーハイズ家の領主ご夫妻を別として。

 モーハイズ家のご領主は、


――これで失礼する――


 とだけ簡単に挨拶をしてその場から去っていたのだった。

 彼らは帰りの途上にあった。一台のクラレンス馬車の中に居たのだった。



 †     †     †



 馬車は一路、ワルアイユの集落であるメルト村から南方向へと向かっていた。モーハイズ領はワルアイユの南側で隣接している。メルト村を離れてすぐに山間へと向かう道へと入る。周囲はまたたく間に広葉樹林に囲まれていく。道は石畳で丁寧に舗装されていた。

 

 その道を行くクラレンス馬車の側面には候族としての紋章が描かれている。


――大地の恵みの麦をその手に握り掲げる右腕――


 代々、小麦の生産を経済の主軸としていたモーハイズならではの紋章だった。

 その馬車の中には、執事風の実年の男性が一人、濃紺の使用人用の外出着ドレスの女性が一人、さらに薄クリーム色の3ピースのデイドレス姿の婦人に、ルタンゴトコートスタイルの候属男性とが乗車していた。

  モーハイズ家の領主夫妻だ。


 広葉樹の森の中の静かな道を馬車はことことと歩みを進めていく。

 誰もが黙して語らぬ車内で、モーハイズ家の当主である壮年の男性は搭乗者たちにこう告げた。


「すまんがあるところに通信をする。しばらく沈黙を守ってくれ」


 その言葉に向かい側に座っていた執事らしき彼が言う。


「承知いたしました」


 領主は傍らの自分の妻にも視線を投げかけるが、妻は無言のまま頷いただけだった。領主は斜め向かいに座っている女性使用人に声をかけた。


「君、今から伝える番号に繋いでくれたまえ。送信方法は中継で頼む」

「承知いたしました。ご領主様」


 車内に同席していた女性使用人はモーハイズ家お抱えの通信師だ。そして彼女は自らの腰の後ろの側にしまっておいた念話装置を取り出すと作動させる。


「番号をどうぞ」

「番号は――」


 領主の彼は予め記憶しておいた呼び出し番号を口にする。それを耳にして念話装置の番号指定ダイヤルを手慣れた手つきで回転させると念話装置の動作モードを〝番号指定〟にセットした。


「番号設定終わりました」


 あとは念話装置のミスリル発信クリスタルに手を触れるだけだ。


「繋いでくれ」

「かしこまりました」


 通信師の彼女は軽く頷いてミスリルクリスタルに手を触れた。通話相手を呼び出す感覚があり、わずかな時間をおいて通話相手は声を返してきた。


『誰だ』


 壮年の男性の低い声。冷徹で頑迷そうな荒っぽさが滲み出ている。通信師の彼女は一言断りを入れる。


『失礼いたします。こちらモーハイズ家の者です。当家の当主がそちらと話したいと申しております。ただいまから中継をいたしますので何卒お許しください』


 中継とは念話装置を扱う通信師が耳にした声を、通信相手に送り、向こう側から届いた念話をすぐ近くにいるものへと伝達するものだ。

 こうすることで念話装置を扱えない人間でも、念話装置を経由して遠方と会話することが可能になる。

 モーハイズ家の通信師の彼女の断りを聞いて通話相手はこう返答した。


『繋げ』

『ありがとうございます。少々お待ちを』


 そう告げて念話装置のモード設定を〝中継〟に切り替えた。そして通信師の彼女の認識を経由して、遠方に離れた何者かと通話を始めた。


『お前か。何の用だ』


 温和さの微塵もない乱雑な言い回しは、通話を求めたモーハイズ家の領主の彼を軽視しているものだった。だがモーハイズ家の領主は気後れすることなく会話を続けた。


『なに大した話ではない。君に最後のお別れを言おうと思ってね』

『なんだと? わしから離れる気か?』


 その言葉はあからさまに飼い犬に手を噛まれたかのような苛立ちが滲み出ていた。


『何を怒っている。相変わらず情のない男だな』

『ふん、情などというものは邪魔なだけだ』

『今までにも散々聞かされたよ。だがそれもこれで最後だ。君とは今回限りで縁を切らせてもらう』


 モーハイズ家の領主がそう告げた時、通話の向こうの相手は激昂したかのように大声をあげた。


『ふざけるな!』


 あまりの怒号に通信師の彼女が苦痛に顔を歪めた。念話とは言え聴覚中枢に念話の信号は作用する。本物の大声と同様に念話でも大声は苦痛を与えるのだ。


『あまり声を荒げないでくれ。うちの通信師が苦しむ。それより用件に入ろう』


 モーハイズ家の領主は一呼吸おいて語りかけた。


『君もとうとう焼きが回ったね。まさかあんな事態を引き起こすとは思ってもみなかったよ』

『あんな事態? 祝勝会で嫌がらせを仕掛けたのが何だというのだ』


 その答えにモーハイズ家の領主は思わず苦笑した。


『はは、そうか。君のところの情報収集力は今やその程度なのか。本当に焼きが回ったんだな』


 その言葉の意図を通話の相手も察したらしい。戸惑い気味に尋ね返してくる。


『どういう意味だ?』


 通話の相手に混雑丁寧に教えてやる義理は微塵もなかったが最後の情けとして教えることにした。


『君はワルアイユの祝勝会で何が起きたか知っているかね?』


 その問いかけに答えは返ってこなかった。無言こそが答えだった。


『いくつかの嫌がらせや妨害が起きた。だがそれ以上にもっと深刻な事件が起きた。【毒物混入未遂】が引き起こされたんだよ』


 通話の向こうの相手はなおも沈黙したままだった。モーハイズ家の領主は遠慮せずに言い放った。


『トリカブトとトウゴマを用いた遅効性の猛毒だ。これを祝勝会の会食の料理の一つに仕込もうとした奴が現れたんだ』

『なんだと?』


 通話の向こうから驚きの声が返ってくる。


『もし成功していれば、犠牲者は一人や二人ではすまない。下手をすれば両手でも数え切れないほどの死人が出ただろう。事実上の大量殺人未遂事件だ』


 そう語る声はひどく落ち着いていた。彼はなおも語る。


『毒物を実際に仕掛ける直前に阻止されたらしく、あくまでも未遂で終わった。だが殺人は殺人、毒物だと知らずに薬物を持たされた男は実行犯として捕らえられた。そしてその背景も正規軍の西方司令部所属の憲兵部隊の手により厳重に調べられることとなった』


 通話の相手は何も語らない。通話を切らないのは無視することができないほどに動揺していることの表れだった。


『これはもはや瑣末な嫌がらせや妨害といった話ではない。明確な殺人事件として大規模な調査が始まったそうだ』


 そしてここでモーハイズ家の領主の彼は核心を告げた。


『憲兵部隊と軍警察は、この事件の首謀者を徹底的に追求するはずだ』

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