食の宴のそのあとで

 それから、アルセラを自室へと運ぶ。

 本邸の2階、そこにアルセラの本来の自室があった。そこへ連れて行くと、ドレスの背面の紐を緩めて襟元を楽にしてやるとベッドで横になるように促す。


「少し休みなさい」

「はい、お姉さま」


 変に抗うこともなく、素直に私の言うことを聞き入れる。よほど神経を使って疲れていたのだろう、私が少し目線を離した間に軽い寝息を立てて眠りについていた。


「おやすみ、アルセラ」


 眠り始めたアルセラの頬にそっと口付けをして私はそこから退室した。


 それから階下へと降りると侍女長のノリアさんの姿を求めた。会食の間の片付けをしていた彼女に私は告げる。


「アルセラを今自室で休ませたわ。かなり神経を使ったみたいで疲れていたようだったから」

「ありがとうございます。後で私もご様子を伺わせていただきます」

「お願いね」


 そう述べて私はその場から離れる。そして、査察部隊の仲間の姿を求めた。

 するとおおよその作業は皆終えていたようで、使用人たちが集うミーティングホールに彼らの姿があった。

 居たのはパックさんを除くほぼ全員。懇談会の準備や後始末が一通り終わったので休憩していたのだ。


「みんな」


 私がそう声をかければにこやかに微笑んで片手を挙げてくる。


「隊長もお疲れさん」


 首に巻いていたクラバットを外して気を楽にして休んでいるプロアさんがそう告げる。


「アルセラ様は?」

「自分の部屋、ベッドで寝かしつけてきた」


 私がそう答えればダルムさんが心配そうに訊ねてくる。


「具合でも悪いのか?」

「ううん。疲れただけ。ここ数日ずっと気を張りぱなしだったから。一番の山場を越えてほっとしたみたい」

「そうかい、それならいいんだが」


 すわ病気かと驚いたようだったが私の説明に納得してくれたみたいだ。私は言葉を続けた。


「今日の懇親会で主立った催し物は終わりです。明日の朝、亡きバルワラ候の略式葬儀を行ってそれで本当にできることは終わりになります」


 私のその言葉にゴアズさんが問うてきた。


「略式葬儀――ですか?」

「ええ」


 そう呟きながら皆の座っているテーブルの一番端の席に私も腰を下ろしながら説明を続けた。


「本来であればこのまま本葬儀をするべきなのでしょうけど、ワルアイユもまだ落ち着いていませんし、本葬儀の準備までするには無理があります」


 カークさんが言う。


「だろうな。これだけの大出し物をやったんだ。領民達の後始末もまだだっていうのに葬儀までいっぺんにやろうなんて無理もいいとこだ」

「ええ、その通りです」


 そして改めて私は皆へ語る。


「バルワラ候やこのワルアイユにゆかりのある方たちが揃っている今、一部の人が出立する明日の早朝に埋葬のみを行う略式葬儀として行うことにしたんです」


 そしてバロンさんが言う。


「では我々も。参列ということでしょうか?」

「はい。特に正装する必要はないということなので、普段の傭兵装束で良いと思います。明日朝9時にこの本邸前に集まり墓所まで葬送行列を組むことになります。そのさい何らかの役割が与えられると思いますので随時協力お願い致します」


 私のその声にダルムさんが神妙な面持ちで言った。


「無論だ。あのバルワラの見送りだ。手を貸さないわけにはいかないさ」


 ドルスが言う。


「ああ、そうだな」


 そして誰もが頷いている。

 一通りの意思確認をしたところで私は尋ねる。


「ちなみに皆さんはご昼食は?」

「ああ、それか」


 プロアがこともなげに説明する。


「昼食会のコース料理はかなり余分に作ったからな。まとめて大皿に盛って、この使用人のミーティングルームでみんなでよってたかって食べてたんだ」


 プロアが思わず苦笑いする。


「会食の間では礼儀正しく食べてるのに、割とこっちではざっくばらんの空気で好き勝手食べてたんだよ。安いエール酒も振る舞われたしな」


 さらにカークさんが言う。


「ああ、候族様たちのところに出ないような田舎料理とかな」


 その打ち明け話に思わず興味を引かれる。


「例えば?」

「薬師のマオがやってきて、フィッサールの蒸し料理とか焼き飯とか作ってくれたんだ」


 カークさんの言葉にダルムさんが楽しげに笑いながら続ける。

 

「あとはワルアイユの農民の方たちがよく食する〝チーズ鍋〟とかもでたな」

「えっ? そんなのあったの?」

「ああ、薄めのワインとブイヨンとで下地のスープを作り、溶かしチーズを入れて、野菜やら肉やら色々打ち込むんだ。ここいらではよく作られる農家の定番料理だ」


 それを聞かされて羨ましいと思ってしまった私は私は思わず言ってしまう。


「ええー? いいなぁー!」


 堅苦しいコース料理より、ざっくばらんで好き勝手できる田舎料理の方が今の私の性分には合ってるのかもしれない。そんな私の反応にダルムさんは苦笑いしていた。


「なんだ、堅苦しいのよりこっちの方が良かったか?」


 ドルスも苦笑している。


「まったく。隊長らしいぜ」


 他のみんなも似たように笑いを押し殺していた。そんな私にミーティングルームの扉が開いて声がかけられた。


「大丈夫ですよ」


 声の主は侍女長のノリアさんだった。傍らには珍しく炊事用の前掛けをつけたマオの姿もあった。


「夜も、まかない料理のために余分に取ってあるんです。その時ご一緒にいかがですか?」

「と言うより――」


 一緒にいるマオが言う。


「ただ食べるより、一緒に作りたいんじゃないのか?」


 図星だった。私も思わず笑いながら言う。


「あ、わかります?」

「分かるに決まってるだろ? 私とあんたの仲だよ?」


 ホタルとマオと私、友人付き合いが始まってからもう2年近くになる。同性の友人では気さくになんでも喋れる間柄だった。


「それじゃ今着替えてくる。ノリアさん、前掛けお借りできますか?」

「ええ、使用人用でよければ」

「ありがとうございます」


 そんな風にやり取りをしながら私は歩き出す。すると私の小間使い役のサーシィさんもミーティングルームに顔を出してきた。


「あ、ちょうどいいところに来た」

「はい?」


 不思議なそうな顔をするサーシィさんに私は告げる。


「着替えます。お料理をするので普段着になります」

「えっ? あっはい」


 私の求める声にいささか驚いたようだった。私は皆の方へと振り向き一言告げる。


「それじゃあ着替えてきます」


 そう言い残して私はその部屋から去っていく。思えば私も堅苦しい場の連続で疲れていたのかもしれない。一抹の気晴らしを求めていたのは間違いなかった。

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