男性たちの正装姿とエスコート役

 私はケリーメさんに質問を投げかける。


「ケリーメ様はどのような経緯でこちらに?」

わたくしですか? 元々はセルネルズ家にて専属の家庭教師ガヴァネスとして務めておりました。ですがセルネルズ家のご子息ご息女もご成人あそばされたので引退させて頂いてたのです」


 侯族は自らの息子や娘の教育を幼い頃から専属の家庭教師に委ねる。その家庭教師も長い年月を住み込みや専属の通いとして付き合う事になる。そして、年を経て成人し独り立ちすれば、役目を御免となるのだ。その後は新たな雇い主を探すか十分な年金ぐらしになる。

 

「ですが、このたびアルセラ様がお亡くなりになられた先代の名代を継がれるとお聞きしまして、それならば新たな領主として素養を見つけるのが必要と思い、サマイアス候にお願いして、昨夜にこちらにお伺いさせていただいたのです」

「それでこちらの方に」

「はい」


 それは願ってもない対応だった。やはりどんなに私自身が礼儀作法を身につけてると言っても教える側に立つのには無理がある。しかしそれがご本業なされておられた方がご教授いただけるのであればありがたい限りだ。

 ケリーメさんは言う。


「私でよろしければ祝勝会の最後まで礼儀作法についてご助言させていただきます」

「重ね重ねありがとうございます。それでは改めてよろしくお願いいたします」

「かしこまりました」


 そんなふうに言葉をかわしながら私たちはその部屋を後にした。

 そして、階下のエントランスへと降りていく。時刻は昼前だったがおおよその人員は集まっていた。

 

「皆様お待ちですね」


 アルセラが皆に告げた。


「ルストお姉さまがいらっしゃいました」


 アルセラの声に皆が振り向く。そこには査察部隊の仲間たちの他、執事のオルデアさんや村長さんの姿もある。無論、サマイアス候の姿も。

 彼らはみな皆、それなりの服装をしている。

 男の人は、ダブルボタンベストにルダンゴトコート、襟元にはクラバットと言う、男性向けのドレスコードに基づいた正装衣装が主だ。

 査察部隊の仲間たちに視線を向ければ、彼らもそれぞれの身の上に基づいた正装衣装を身につけていた。

 元軍人組は正規軍の正装礼装、軍人でない者はルタンゴトコート姿、パックさんはフィッサール系の漢服と呼ばれる民族礼服になる。

 ルタンゴトコート姿のダルムさんから驚きの声が掛けられる。


「ほう? こいつはすげえな」


 その傍らで漢服の両袖を合わせて佇んでいるのは、フィッサールの民族衣装姿のパックさん。


「さすがです。お美しい」


 さらに元軍人組の人たちは礼装軍服。

 フェンデリオル正規軍の標準色である鉄色のダブルボタンコートの立て襟と制帽が印象的だった。

 よく目立つ巨漢のカークさんが言う。


「こういう姿を目の当たりにすると、やはり女性なのだと思い知らされるな」


 ややたしなめるように言うのはゴアズさん。


「でも立派な職業傭兵ですよ」


 バロンさんも言う。


「私たちを導いてくれた素晴らしい指揮官です」


 しみじみと声を漏らすのはドルス。


「それでもこういう時くらい余計なことは忘れてもいいんじゃないのか? 一人の人間、エルスト・ターナーとして」


 カークさんがまとめるように言った。


「そうだな」


 そして最後に進み出てきたのは誰であろうプロアさんだった。

 彼は見事なルタンゴトコート姿で佇んでいた。焦げ茶色のルタンゴトの襟元には純白のクラバットが巻かれている。その着こなしは見事でまさに候族そのものだった。


「お手を拝借、お嬢様」


 そうさり気なく言いながら彼は右手を差し出してきた。私も素直に自らの右手を差し出す。


「エスコート、よろしくお願いね」

「あぁ、任せろ」


 そう言いながら私の右手を自らの左の肘へと運んで肘に捕まらせる。

 今回の戦いの一番の立役者は間違いなく彼だ。

 二昼夜を徹しての夜間飛行、中央首都の人々とのつながりを取ってくれたことで絶望的な状況からの逆転が可能となったのだ。あの彼の活躍がなかったら、今頃私はどうなっていたか分からない。

 ここは気を張らずに彼の腕に身を委ねてみてもいいだろう。


 ふと視線をアルセラの方に向ければ彼女にもエスコート役が佇んでいた。リゾノさんの弟のラジア君だ。彼もルタンゴトコートを身につけているが、着こなしているというより、服に着られている感じがあるのはご愛嬌だ。

 

「よろしくお願いしますね」


 アルセラの問いかけに緊張しているのがわかる。


「は、はい!」


 思わず引きつった声を返してしまっている。彼も慣れない正装衣装に苦労しているようだ。バロンさんが彼に言う。


「正装のドレス姿の女性はどうしても歩きにくくなり苦労する。それを上手に導くのがエスコート役の役目だ。相手の女性の歩く速度を意識して進む道先へと連れて行くようにその手を引いて行けばいい」


 そう優しく語る言葉には、かつて彼もその傍らに、その腕にすがってくる人がいたことを思い出さずにはいられなかった。

 だがそこには過去に耽溺するような表情はない。


「間違っても焦って先を行ってお嬢様を転ばせたりするなよ」

「はい! 大丈夫です」

「期待していますね」

「はい」


 教えの言葉を聞かされて緊張が解けたのだろう。その声に余裕のようなものが見えていた。

 オルデアさんが言う。

 

「まだ会場に向かうにはお時間が早いでしょう。メルゼム村長の邸宅にてご昼食の準備が整いましたので、そちらに移動して昼食会と参りましょう。その後にお迎えにあがります」

 

 私は笑みを浮かべて答えた。

 

「承知しました」


 村長さんが言う。


「では参りましょうか」


 彼と執事のオルデアさんが先導する中、外へと歩きだす。執務館の外には数台の馬車。キャリッジと呼ばれる乗用馬車だ。その中でも屋根付きの4人乗りでクラレンスと呼ばれる窓付きのタイプだ。私たちは別れて銘々に乗り込んでいく。

 

――パシッ――


 馭者が振るう鞭の音が響いて馬車は走り出したのだった。

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