ドレス姿のルスト ―飛び交う感嘆の声―

「出来上がりましたよ。さ、こちらへいらしてくださいな」


 ノリアさんが私の着付けを終えて手を引いてくれる。その先にあるのは大型の姿見の鏡で私に仕上がりを見せてくれた。

 

「お似合いでいらっしゃいますわ」


 私は自らの姿を改めて確かめた。

 薄クリーム色のローブ・ア・ラングレース風のドレスは、その下に何枚ものパニエを重ねてドレスの裾をふんわりと持ち上げている。

 腰の辺りはコルセットでしっかりと締め上げている。

 さらには胸のラインが適度に綺麗な形を描き、胸元のデコルテはもう少しで胸の谷間を見せそうなくらい。

 ノリアさんが先ほどの金庫から私の愛用のペンダントを取り出すとそれを首筋にかけてくれる。紋章のペンダントヘッドはドレスの胸元のデコルテの谷間の流れへと押し込み、さらにその上からフィシューを重ねれば外見的には全く目立たなかった。


 大胆な肩出しスタイルのうえには大柄なサイズの三角形のフィシューのストールを背中から両肩にかけて巻き、それを胸のあたりで大きなカメオのブローチで止める。髪には櫛が入れられて、ヘッドコサージュがあしらわれていた。


 こんないかにも女らしい正装をしたのは本当に久しぶりだった。

 荒ぶる男たちに混じりながら戦場をかける日々が続く中で、こう言う女らしい自分の存在すらも忘れそうになっていた。でも長く辛い戦いが終わったのだから、こう言う時があってもいいはずだ。女としての自分を再確認するようなひとときがあったとしても。

 自然にお礼の言葉が漏れた。

 

「ありがとうございます」


 嬉しそうな表情とともにもたらされた感謝の言葉に、ノリアさんたちの顔にも喜びが浮かんでいた。

 ノリアさんは言う。


「では参りましょうか」


 衣装の仕立てを終えると、私はノリアさんに手を引かれながらその場を後にした。


 共同浴場の中から外へと出る。

 石造りの出入り口を出て石段を降りる。

 見上げれば太陽は角度を増していて時刻の頃から言えば10時前ぐらいだろう。村は喧噪の中にあり人々の影は多かった。

 当然、行き交う人々の視線は話題の方へと自然に向いてくる。

 足元に履いたエスパドリーユで歩みを進める度に人々が私を視線で追いかけているのがよく分かる。


「おぉ」

「すごいな」

「あれ、ルストさんだろう?」


 そういう素直な驚きの声もあれば、


「嘘? どこかの候族の御令嬢でしょう?」

「あの髪の色と、瞳の色、ルストさんで間違いないわ」

「えっ? 本当に?」


 私が戦場で指揮官を務めたエルスト・ターナーであると確証が持てない人もいる。


「すごいな、着こなしもそうだが佇まいも見事だ」

「随分と着慣れているな」

「もともと、どこかのご令嬢だったんじゃないのか?」


 こういうドレスや衣装は着ている者の立ち振舞いも重要になる。そのことに気づいた人もいる。

 今、村の中には祝勝会の来賓である他領地の候族の方々や名士の方々が馬車で続々と駆けつけていた。通り過ぎる一台の馬車が速度を落とし窓を開けてそこから私を眺めているのが分かる。

 私はそのほうに視線を向けてにこやかな笑みと共に軽く一礼をした。

 車上からも挨拶が返ってくるが、それには馬車から降りて正式に挨拶すべきかどうか迷っているような気配があった。

 私はそれを気にすることなく先を急ごうとしたのだがその馬車は止まった。


「ノリアさん」


 私はノリアさんに声をかけて足を止めると、馬車から降りてくる人物を待つ。するとそこから現れたのは年の頃、40を越したくらいの妙齢の女性だった。


 細身のシルエットで長身、髪の色は栗色。青い目が印象的だった。身につけているのはゆったりとしたつくりの訪問着のローブ・ア・ラングレースのドレス。淡い薄紫色が印象的で両肩には非常に大きなサイズのフィシューを纏っていた。その人物の名前をノリアさんが口にする。


「セルネルズのサティー夫人」

「お久しぶりね、ノリアさん」

「はい、お久しぶりです」


 その言葉からアルセラが世話になっているサマイアス候の細君であることはすぐにわかった。

 こう言う公式の場では立場が下の方のものから名乗るのが礼儀なのだが、意外にも先に名乗ってきたのはサティー夫人の方だった。


「お初にお目にかかるわ。セルネルズ家当主夫人のサティー・ハウ・セルネルズと申します。もしやそちら、エルスト・ターナー様ではらっしゃいませんか?」


 彼女は私が名乗るよりも前に自ら名乗った。それすなわち自分よりも私の方が身分的には上だと判断したということに他ならない。この人はどこまで私について知っているのだろう? そう思わずにはいられなかった。

 だが挨拶をされたのならばきちんと返すのが礼儀だろう。


「ご丁寧にありがとうございます。名乗り遅れて申し訳ございません。職業傭兵をしておりますエルスト・ターナーと申します。以後お見知りおきを」


 そう告げて私の方から右手を差し出せば、サティー夫人からも右手が差し出されて互いに握手を交わす。

 サティー夫人が言う。


「実はね、その姿が宅の主人から聞かされていたものと似ていたのでもしやエルスト様ではないかと思いましてね」


 穏やかで温和そうな佇まいの中に物事をしっかりと見聞きする聡明さが滲み出ていた。


「サティー夫人も遠いところお出でくださりありがとうございます。サマイアス候からもご厚情を賜り感謝しきりです」

「こちらこそ、今回のワルアイユの件では大変お世話になりました。セルネルズとワルアイユは親戚のようなもの。いくら感謝してもしたりないと思っております。立ち話もなんですから、後ほど改めてお伺いさせていただきますわ」

「こちらこそありがとうございました」

「では失礼いたします」


 そう延べ終えると軽く一礼して再び馬車の中へと戻っていく。私は走り去るその馬車を見送って再び政務館へと向かった。

 政務館の入り口周辺は本来なら馬車でごった返しているはずだったが、候族や上流階級のマナーでは午前中は訪問を控えるのが常識だった。それに則って、午前である今は今のところ落ち着いていた。

 とはいえその役目上、政務館にはひっきりなしに人の出入りがあった。

 正規軍、職業傭兵、村の重要人物の人たち、行き交う人々の視線は当然のように私の方へと向いていた。


「おお」


 感嘆の声が漏れる。


「美しい」

「見事だ」

「芳しいですな」

「見惚れるばかりです」


 比較的上品な言葉で賞賛してくれるのは正規軍人や村の重要人物の人たちで、


「すげぇ」

「あれだろ? 旋風のルスト」

「どう見ても別人だろ」

「変われば変わるもんだなあ」


 口さがない様子で言いたいように言ってるのは職業傭兵たち、

 その他にも多くの人達がいたが、言葉を失ってるのがよく分かる。

 政務館の入り口に近づけば、正規軍人から二人が門番役として控えてくれている。私の姿に気づき館の入り口の扉を開けてくれる。


「ありがとう」


 そう礼を述べながら館の中に入れば、そこには執事のオルデアさんの姿があった。

 いつものルダンゴトコート姿で職務に励んでいたオルデアさんだったが、私の姿を目の当たりにして感嘆の声を上げながら出迎えてくれた。


「おお、これは――」


 出迎えの挨拶をするよりも前にオルデアさんも言葉を失っていた。


「お役目ご苦労様です」


 にこやかに微笑みかけながらそう告げれば、彼からの出迎えの言葉が聞こえた。

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