入浴と化粧と衣装 ―体を洗う―

 自然にあの当時の立ち振舞いが出てきてしまう。

 

「お願いね」

「はい」


 いかにも手慣れた感じで返事をするとされるがままに身を委ねる。

 ボレロを脱ぎ、ジャケットスカートを脱ぎ、ボタンブラウスシャツを脱いでいく。シュミーズを脱ぎ、レギンスを脱ぎ、残されたのは下着であるブラレットと、パンタレットだが、これを左右から二人がかりで脱がしてくれる。

 生まれたままの姿になった私の体に、あらかじめ用意されていたタオルケットを巻いていく。

 最後に残ったのは私の実家であるモーデンハイムとのつながりを示すペンダントだが、それを取り扱ってくれたのは着替えを終えたノリアさんだった。


「ルスト様、こちらもお預かりいたします」


 私を脱がしてくれた二人が外してくれたペンダントを、ノリアさんは、小さいめながら重くしっかりした造りの貴金属入れの手提げ金庫に入れて封をしてくれた。

 そしてそれをさらに丁寧に、据付けの鍵付きキャビネットにしまいこむ。考えてみれば三重円環の銀蛍のようなペンダント型の家宝があるのだ。そういうものをしまうための用意がしてあって当然だった。


「よろしくお願いね」

「はい」


 失われたら大変なことになるがそこは彼女たちを信頼してもいいだろう。

 その時私はふとあることに気付いた。


「ごめんなさい。こちらの方々お見かけしたことがないのだけど?」


 そういえばワルアイユの女性使用人たちの中に今いる二人の顔は見かけたことがなかった。それに対する答えは実に納得のいくものだった。


「こちらは〝サーシィ〟と〝メグエル〟です。久しくワルアイユ家を離れていたのですが、アルガルドが討たれたと聞いて 、今回の祝勝会を助けるために駆けつけてくれたんです」

「そうなんですか」

「はい、アルガルドが討たれたことによって多くの使用人たちが続々と帰参してきています。おかげで人手不足も何とかなります」


 ノリアさんのその言葉に二人は軽く会釈する。


「よろしくね」


 私がそう問いかければ二人は、


「はい」


 と答えたのだった。

 3人に案内されて浴室の中へと入っていく。一人用と言う意味もあって広さはそう大きくない。それでも、手前の前部屋とお湯が暖かい湯気を立ち上らせている本浴室とに分かれている。


「まずは軽くお体を流しいたします」


 二人に手を引かれて本浴室の床に埋め込まれた石造りのタイル貼りの大きめの湯船の縁に腰掛ける。それと同時に体に巻いたタオルケットを外す。ついで木で作られた手桶を手にお湯を汲んで体にかけてくれる。それを左右から交互に3回。

 体の汚れを軽く流した後で、お湯の中に体を沈めてまずは体を温める。その間、入浴補助の3人は白い浴室用の作業ガウンをまといながら片膝をついて待機していた。


 そして、軽く汗が滲むまで体を温め湯船から出る。


「さ、こちらへ」


 ノリアさんの声に促されれば向かったのは隣の前部屋に移る。

 前部屋は本浴室と同じように石造りのタイル貼りで床の下に温水か温風でも通してあるのだろう、ほんのりと温かい。

 そして部屋の中にすえられた籐製の寝椅子に案内されるとその上に寝るように促される。

 

 寝椅子の上に体を横たえると同時に、私の裸体を隠すように足の付け根から胸のあたりまでかけて白く薄い布がかけられる。

 そして、ノリアさんが言った。


「お体をお洗いします」

「はい、よろしくね」


 ここは変に意見を述べたりせず、彼女たちに身を委ねるのが良いだろう。

 ノリアさんが言う。


「サーシィは頭をお願い。私とメグエルは首から下を」


 3人が配置につき作業をはじめる。そこからは見事な技の連続だった。

 サーシィと言う彼女は、頭髪や顔の周りの手入れの専門の技術を持っているようだ。髪を洗い、地肌を洗い、顔を丁寧に手入れし耳の周りや耳の穴の中まで入念に綺麗にしてくれる。また洗うのと同時に大まかな髪のカットまでやってくれる。

 ノリアさんとメグエルと言う子は首からの下の部分のお手入れの技を持っていた。

 ぬか袋と石鹸で、きれいに垢を落とし、地肌の血の巡りを良くするかのようにマッサージしてくれる。さらには手足の爪の部分も入念に手入れが入る。

 メグエルと言う子がノリアさんに言う。


「爪は比較的お綺麗ですね」

「では塗る?」

「いえ、お時間がありませんので付け爪でやろうと思います」

「そちらは頼むわ」

「はい」

「体を一度綺麗にしてから、湯船でももう一度温まってもらって、その後香油を刷り込みましょう」

「わかりました」


 そんな会話をしながら作業が進められていたが、手足の後は体のお手入れ。まあそこから先は何をされたのかここでは言わない。

 うつ伏せになり背中の側も洗い終わってお湯がかけられる。泡立てた石鹸とともに諸々の汚れが洗い流されると体を起こすように促された。


「ん――」


 私はかなりの心地よさに半分眠りかけていた。


「さ、もう一度身体を温めましょう」


 私のそんな様子にノリアさんが静かに笑いながら語りかけてくる。

 体を起こし寝椅子から降りると湯船まで案内される。そして再び首まで浸かって体を温める。確かな技と丁寧な仕事が私の気持ちを開放的にさせてくれていた。自然に私の口から言葉が出る。


「みなさんお見事ね。素晴らしいわ」


 私の言葉にノリアさんが喜びながら言葉を返してくれた。


「お言葉ありがとうございます。そうおっしゃっていただけて何よりです」

「今までもアルセラにお手入れをしていたの?」

「ええ、もちろんです。今朝もお嬢様をお手入れして差し上げておりました」

「そうなの」

「はい。でもこの3人が揃ったのは一年ぶりなんです」


 それはこの村を襲ったあの事件が関係していた。


「アルガルドとの一件ね?」

「はい。領主邸宅への様々な嫌がらせや妨害で皆が疲弊してお暇請いとまごいをしてしまったんです。本当でしたらアルセラ様のことを考えるとそうすべきではなかったのですが、亡くなられた前領主様が『今は無理をしなくていい』とおっしゃってくださって」


 ノリアさんの言葉に他の二人が頷いていた。


「それで昨日までお二人の姿が見えなかったのね?」

「はい。ですが今はもうその必要はありません。ルスト様があのアルガルドを討ち取ってくださいましたから」


 その言葉には心からの感謝が滲み出ていた。


「これでまた、皆で揃って安心して仕事ができます」

「本当にありがとうございました」

「どんなに感謝の言葉を述べても言い尽くせないくらいです」


 それまでの言葉が出るということは、それほどまでにこの村を襲った妨害の数々が過酷であったことを匂わせていた。私はこの数日間で自分がしたことが間違いでなかったのを感じずにはいられなかったのだ。


「そう言ってもらえると私も戦った甲斐があるわ」


 そして私は3人に告げた。


「これから、アルセラをお世話して差し上げるのはあなたたちの役目よ」

「はい!」


 そう答える言葉には彼女の種の誇りのようなものが感じられたのだった。

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