殺す価値

 彼らが佇んでいたのはラインラント砦の中の2階に位置する領主執務室だった。

 領主という地位にある人物が政務に勤しむにふさわしいだけの広さがある。その部屋の中で二人は互いに睨み合いながら、両手に戦鎚を携えて攻撃のタイミングを推し量っている。

 無言のまま、睨み合っていたが先に手を出したのはハイラルドだ。

 その両手に防護用のガントレットをはめていたハイラルドは、ダルムと正面から対峙した状態で戦鎚を振りかぶり叩きつける。


――ブオンッ――


 正面上段から渾身の力で振り下ろされたその戦鎚をダルムはわずかに体軸をずらす動きでかわす。

 と、同時に自らが手にしている戦鎚を右肩上方へと振り上げて、ハイラルドの戦鎚が通り過ぎるのとほぼ同時に敵の体めがけて、自らの戦鎚を叩きつける。

 だがハイラルドも自らが振り回す戦鎚の重量に自らの腕力をフルに使って抵抗すると後方へと身を引いてダルムの攻撃をすんでのところでかわした。

 互いに大振りの一撃を繰り出し合うとさらなる攻撃を仕掛ける。それ先に手を出してきたのはまたもハイラルドだ。


 ハイラルドは戦鎚の棹を短めに握り直すと幾分小降りに振りかぶる。そして間髪おかずにダルムを攻撃した。

 ダルムは、敵からの攻撃のタイミングが早かったこともあり今度は躱すことはできなかった。自らが手にしている戦鎚の棹を横に掲げると、右手を打頭部に近い方に、左手を棹の端に近い方にとっさに移動させ、ハイラルドの打撃を戦鎚の棹で受け止める。


――ガアンッ!――


 だがここで攻める側と受ける側とで立場が固まった。状況はダルム不利へと傾き始める。

 自らの状況有利と理解したハイラルドは微かに笑みを浮かべながら、自らが握る戦鎚を再び振りかぶった。

 にぎりは短くしたままで素早い打撃を意識している。

 ハイラルドは上段からダルムを見据えたままこう告げた。


「砕けろ」


 その言葉を合図としてハイラルドの連撃が始まる。ダルムが手にしている彼の戦鎚ごと折らんばかりに。


――ガンッ!――


 短いストロークで振り下ろされる戦鎚をダルムは自らの戦鎚の棹で受け止めた。その反動でハイラルドの戦鎚が跳ね上がる。ハイラルドはその動きを生かして自らの腕力を加えることで再びダルムめがけて戦鎚を振り下ろした。

 そこからハイラルドの猛攻が始まった。


――ガンッ! ガンッ! ガンッ!――


 一見、二人の持つ戦鎚は同じものに見える。だが実際には微妙な違いがある。ハイラルドの戦鎚は攻撃の要となる打頭部が大きく重く、棹は頑丈な樫の木を金属の輪でかしめたものだ。頭を重く、棹を軽くすることで取り扱いを容易にしたものだ。


「どうした老いぼれ! 手も足も出んのか!」


 なおもハイラルドは攻め続ける。この戦いの構図がダルムが攻めあぐねて防戦一方になっていると見ているがゆえに。


「おとなしく諦めろ! もうお前はあの世に帰るべきなのだよ! 無様に死んだあの若造のようにな!」


 だがダルムは無言のまま答えない。必死にハイラルドの猛攻を受け続けていた。そして、その場に踏みとどまっていたがじりじりと後方へと下がり始めた。

 それを見たハイラルドは好機と捉えた。


「死ね!」


 にぎりを長めにとっさに取り、戦鎚を大振りに振りかぶる。それを勢いよく振り下ろすと、ダルムの戦鎚ごと叩き潰そうとする。

 だが――


「うるせえ馬鹿野郎」


 ダルムは吐き捨てる。

 振り下ろされたハイラルドの戦鎚の頭を、ダルムは自らの戦鎚の頭で受け止めた。

 その時、ダルムの右手は打頭部に近い方に握られていた。ダルムは右腕に力を込めてしっかりと支える。左手は棹の中ほどに添えるようにしている。

 ハイラルドの打撃で受けた力を、右の握りを支点として棹全体へと伝える。そして、打撃の力がカウンターとなりダルムの戦鎚の棹が勢いよく跳ね上がって、ハイラルドの胴体へと叩きつけられた。


――ダンッ!――


 その一撃は致命傷とはならなかったが、攻守のバランスを逆転させるには十分な一撃だ。


「ぐはっ!」


 ハイラルドが苦悶の声を漏らす。

 そこからはまさに〝鉄車輪〟と言う二つ名に相応しい攻撃の始まりだった。

 短い握りのままダルムは戦鎚をハイラルドへと叩きつける。攻める場所はハイラルドの右腕。


――ガンッ!――


 ハイラルドはその両手に防護用のガントレットをはめていたが、そんなもの打撃武器の前には意味をなさない。

 表面の打撃の力が内部へと浸透しハイラルドの手を痺れさせる。


「ぐうっ!」


 返す動きでダルムは戦鎚の棹の端をふるい、それをハイラルドの右脇腹へと叩きつける。

 ハイラルドがその攻撃を受けようと自らが構える戦鎚を体へと寄せるが、そうすればダルムの戦鎚がさらなる打撃を喰らわせようとする。

 棹が木製の戦鎚では打頭部で打ち返す以外にない。必死に抵抗するが、その防戦ではガラ空きとなった頭部周辺を敵にさらすだけだ。


――ブオッ――


 ダルムが再び棹を繰り出す。

 彼の戦槌は打頭部のみならず全体が金属拵えだ。その重量ゆえに取扱は困難だが、受けるも攻めるも部位を選ばない。金属製の棹の先端でハイラルドの頭部側面を襲った。


――ゴッ!――


 まるで頭蓋骨が砕けるかのような音を鳴らしてハイラルドを襲った。

 瞬間的に意識が飛びそうになるがまだ堪えられる範疇だろう。しかしたとえそうだったとしても、戦いの繊細なやり取りは無理だ。

 受けるも逃げるも、そのとっさの判断は間に合わなかった。


「喰らえ」


 重く響く声にハイラルドは目を見張る。

 わずかな隙を使って長めのストロークを引き絞り、ダルムは自らの戦鎚を繰り出す。そして、ハイラルドの胸元とそこに位置していた両腕めがけて振り抜いた。


――ゴッ!――


 鈍い音が響いてハイラルドの両腕の前腕が折れる。当然ながらもはや戦鎚は握れない。


――ガランッ――


 鈍い音を立ててハイラルドの戦鎚が床へと落ちるさなか、ダルムは宿敵のその眼を真正面から睨みつけた。


「もう1回言うぜ、鉄車輪の名は無念を抱えて死んでいった、俺のかつての主からの賜り物だ!」


――ブオッ!――


 その言葉とともにダルムは戦鎚を打ち込む。

 

――ゴオン!――


 ハイラルドの胸の骨が砕け散ると共にダルムは叫んだ。


「お前みてぇな外道が名乗れる名前じゃねえんだよ!」


――ゴキャッ!――


 戦鎚の打撃の衝撃を受けてハイラルドの体は弾き飛ばされた。両腕をへし折られ肋骨を砕かれ、その口からは汚れた血を溢れさせている。

 もはや勝負は決した。そして、敗北者の命運も。


――ドザッ――


 執務室の床の上にハイラルドは仰向けに倒れた。もはや助からない状況だ。肉体を砕かれて耐え難い苦痛に襲われながら、もはや死を待つしかない。

 その敗者たるハイラルドにダルムは歩み寄りながらこう問いかける。


「どうだ気分は?」


 その問いかけにハイラルドは懇願する。


「と、とどめを……」


 それほどまでに耐え難い苦痛だったに違いない。

 だがダルムは自らの戦鎚を軽々と自らの肩にかけて一瞥もせずに歩き出す。


「そいつは無理だな」


 執務室の扉へと向かいながらダルムは言った。


「お前なんか殺す価値もねえ」


 その言葉を残したきりダルムは執務室から歩き去る。後に残されたのは瀕死の裏切り者がただ一人だった。

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