悪党許さず

 互いに対峙しながら睨み合う。かたやガロウズは馬上から降りるとプロアを汚物でも見るような目で睨みつけている。


「襲撃者め!」


 そう告げると、右手の牙剣を左手に握り直しながらプロアへと突きつける。


「お前さえ排除してしまえばどうとでもなる!」


 プロアはガロウズが大人しく投降する気がないことを即座に悟った。


「後悔するぞ」

「黙れ!」


 ガロウズの視線はプロアの手元へと向いている。プロアが素手である事に気づいているのだ。

 プロアが吐いた言葉を意に介す事なく、ガロウズは牙剣を振りかぶりながらプロアへと襲いかかろうとする。


「消えろ!」


 そう叫んで、一気呵成にガロウズは踏み込んでくる。

 利き腕である右側を前にして、素早い踏み込みと同時に片手用牙剣を短いストロークで振り上げた。


「死ねぇ!」


 ガロウズとてそれなりに鍛錬はしているのだろう。鋭い踏み込みと素早い剣先で立ちすくむプロアを一撃のもとに切り伏せようとする。

 だが、それを許すプロアではない。


――ヒュンッ!――


 鋭い風切音が鳴り響き、プロアの右のつま先が蹴り上げられ、ガロウズが切りつけるよりも早く、ガロウズの右腕の付け根とカウンター気味に勢いよく蹴り込んだ。


――ゴキッ!――


 鎖骨が砕け右の肩関節が外れる音がする。

 それだけでガロウズの戦意は消え失せてしまった。


――ガラァン――


 牙剣を取りこぼし地面へ崩れ落ちる。左手で自らの右肩を抑えながらガロウズは無様な苦痛の叫びあげた。


「ぎゃあああ!」


 利き腕を一気に潰されなす術のなくなったガロウズはそのまま地面へと横たわりのた打ち回り始めた。

 それを冷ややかに眺めるプロアだったが、優しく介抱するような義理はあいにく持ち合わせてはいなかった。


「ギャーギャー喚くな。みっともねえ」


 そう吐き捨てながらガロウズの顔面を蹴り飛ばす。


「お前には聞きたいことがある。素直に洗いざらい吐くまできっちり可愛がってやるからな」


 意識の切れかかっているガロウズの右手首を捕まえると、プロアはそのままガロウズを引きずり始めた。向かった先には道端の巨木がある。


「や! やめろぉ! ぎゃぁあ!」


 ガロウズの悲鳴は当然だった。鎖骨を折られ肩関節を外されているのだ、それをそのまま強引に引っ張られれば激痛などという言葉では生易しいだろう。

 無論それをプロアは徹底して無視した。ガロウズの右手を引きずった後に道端の巨木近くへと引っ張り上げる。そして、木の幹へと押し付けると腰の後ろから一本のナイフを引き抜き、それでガロウズの右手を目掛けて一気に突き刺す。


――ドンッ!――


 手のひらに大穴が開きそこから鮮血が溢れ出てくる。ガロウズはその右手を木の幹にナイフで打ち付けられたのだ。


「ひぃやぁああああ!」


 裏返った声で更なる悲鳴が上がる。激痛などという言葉では到底生易しい。ガロウズの苦痛を煽り立てるようにプロアは言い放つ。


「どうだ? ちったぁ痛えか?」

「や、やめてくれ! た、頼む!」

「やめる? やめてどうする? やめる義理は俺には無えからな」

「頼む! なんでも言うことを聞く! 誓う!」

「ほう? なんでもねえ?」


 それはプロアが期待した言葉だった。さらなる追い討ちをかけるようにガロウズを問い詰めた。


「じゃあ聞かせてもらおうか」

「な、何をだ?」


 あまりの激痛と苦痛にすっかり顔を青褪めさせながらガロウズが問い返せば、プロアは冷酷に言い放った。


「だったら吐けよ。お前の後ろにいるやつの名前を」


 そう問われてガロウズは瞬時に沈黙する。プロアは言う。


「どうした? やめてほしいんだろう? だったらさっさと言えよ」


 そう吐き捨てながらガロウズの髪の毛をつかむと引きずり上げる。


「今まで散々おいしい思いしたんだろう? 今まで散々弱いものからむしり取ってきたんだろう! 今まで散々悪いやつの下でぬくぬくとしてきたんだろう?」


 プロアはガロウズの頭を木の幹えと打ち付ける。


「だったらその代金にお前の知っていること洗いざらい吐け!」


 言い放つと同時にガロウズの頭を木の幹から離すと再び打ち付ける。


「言っとくけどよ。俺、傭兵としての誇りもプライドも微塵も持ち合わせちゃねえからな? 何しろ、裏社会闇社会で人間がどれだけ醜いか、たっぷり見てきたからな」


 そう言い終えてガロウズの下腹に蹴りを入れることも忘れなかった。


「悪い奴が、弱い奴を食い物にするところを嫌というほど見てきた。深みにはまったやつを寄ってたかってむしり取るところも見てきた。人間の本性ってのはな、いざとなれば、いくらでも残酷にも醜くもなれるんだよ」


 そう語りかけながら恐ろしいまでの鋭い形相でプロアはガロウズを睨みつけた。彼の眼下でガロウズがすっかり怯えている。


「俺はそんな人間ってやつが大嫌いでな。とくに悪いヤツを絶対に許せねぇんだよ」


 そして、ガロウズから手を離すと少し距離を置いてためを作りながら両の拳を握りしめ始めた。


「死にたくなったらさっさと吐け。今死ぬのと、もう少しあとで死ぬの、どっちがいい?」


 そして握りしめた拳をガロウズの鼻先へと突きつける。


「三つ数える。その間に決めろ」


 それはまさに、悪しき性根の人間を一切許さない、プロアと言う男が突きつけた拒否できない選択だったのだ。

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